62 人財こそがこの国の力
ミナとアンジェロが肩を落としながら帰宅する。家には灯りがともっていた。妹のアンジェラと、その夫でアンジェロの親友であるクリスティアーノ、二人の息子たちと孫たちも、ギリシャに避難してきた。
避難してきた当日で、まだ家の手配なども出来ていなかったので、大人数ではあったが、とりあえずアンジェロ達の家に一泊してもらう事にしたのだ。
それで家に明かりがともっていることに不思議はなかったが、やたらとうるさい。一気に10人近い人数が増えたので当然ではあるが、それにしてもうるさすぎる。
一体何なんだと思っていたら、更に人員が増えていた。
一緒にギリシャに渡って来た、友人のレオナルド、孤児院の副院長だったジョヴァンニと妻のステファニー。その夫婦の息子と孫が3人。
さらに、予定していなかった客までいて、アンジェロとミナは驚いて、総勢16人で大盛り上がりの宴会の輪に入った。
「レミ! 無事だったか!」
「いやもう、ギリギリセーフ」
そこにいたのは、60代の金髪の男、レミ・ヴァルブラン。ミナとアンジェロが必死にニューヨークを守ろうとしたのは、レミがニューヨーク在住だったからだ。ギリシャに渡航する時にレミにも声を掛けたのだが、彼は仕事が忙しいと言ってギリシャ息を断っていた。
だからニューヨーク戦の時にレミが巻き込まれて死んでしまうと思って、二人はニューヨークを守りに行ったのだ。
だがニューヨークは崩壊し、レミがどうなったのかもわからなかった。連絡も取れなくて、死んでしまったのかもしれないと思っていた。
レミにどうして無事だったのかを尋ねると、親友のクリスティアーノが上機嫌でアンジェロの肩を組んだ。
「おま、酒くさっ。人んちの酒、勝手に飲むなよ」
「まぁいいじゃねーか。レミはニューヨーク戦の事は、前から知ってたらしーぞ」
「まぁね」
短く返事をして酒に口をつけるレミを見て、アンジェロは嘆息した。
「予知夢か」
「そうだね。まぁあれがいつの事かはわからなかったから、余裕こいてたら、危うく巻き込まれるところだった」
レミは予知夢で未来を見ることができる。それは断片的なもので、いつの事かはわからない。だが、レミが見た破壊された都市がニューヨークだという事はわかっていたようだ。
なんとか仕事にケリをつけて、大急ぎでニューヨークを離脱。レミが飛行機で空を飛んでいる間にニューヨーク攻撃が始まり、本当にギリギリセーフだった。
話を聞いてやはりアンジェロは溜息を吐いた。
「どーりで電話にでねぇはずだよ」
「飛行機の中だったからね。どうでもいいけど、アンジェロの家のリビング狭いな」
「お前らが大勢で押しかけ過ぎなんだよ! つーか今それ関係ねぇ!」
「あはは」
笑いながらレミは酒を一口飲んで、アンジェロに振り向いた。その顔はもう、笑っていなかった。
「なんだ」
「もう一つ見た」
「何をだ」
「エッフェル塔が破壊されるのを見た」
「なるほど、次はフランスか」
「わからないよ。僕には時期まではわからないからね。僕よりもアンジェラの方が詳しいはずだよ」
そう言ってレミがアンジェラに視線を注ぐ。アンジェロと同じ、金髪に琥珀色の瞳をした、60代の妹。やっぱりアンジェロは溜息を吐く。
「忘れてた……そーか、お前知ってたはずだよな……」
「兄さん達はギリシャに渡ったから、伝えるのは迷っていたのよ。でも、私がいた国も南米も襲撃される未来が見えたから、兄さん達についてきたのよ」
妹のアンジェラは、精神感応型の超能力者の中では最強だ。彼女の未来視も、レミの予知夢のように、自分で意識的にみられるような物ではない。ふとした瞬間に見える物だが、彼女の場合は、ほとんど神の啓示と言ってもいい予知だった。
「南米が襲撃されるのを見たって言ったな。それを見たのはいつだ?」
「一昨日よ」
「じゃぁ、襲撃が起きるのは」
「1週間後ね」
アンジェラには意識的に未来を見ることはできない。だが、見えた未来は必ずと言っていいほど、9日後に起きる。
アンジェラはまだフランス襲撃は見ていないらしい。ならばサイラスたちは南米攻略を優先するのだろう。
しばらくアンジェロは考えて、妹を見た。
「お前、大統領に謁見しろ」
そう言われてアンジェラは、思い切り顔を顰めた。
「えぇっ、嫌よ! 政治家なんて性格悪そうな人。私の精神衛生に悪影響じゃない」
一応アンジェロにもわかっている。アンジェラの能力は精神感応。周りの人間の思考が勝手に流れてくる。政治家なんて権謀術策ばっかり考えていそうな人間の思考は、アンジェラ的にはゲロゲロである。
「わかってるけどよ、頼む」
「妹を利用しようとするなんて、酷い兄だわ! レミでいいじゃない!」
「僕が? うーん、僕の研究に国が出資してくれるなら、僕はいいけれど」
「なんで引き受けちゃうのよ! この研究バカ! だからアンタは結婚できないのよ!」
「余計なお世話だよ!」
コロンビア大学教授、レミ・ヴァルブラン60歳、独身。仕事と研究に熱中するあまり、婚期を逃した独身貴族である。
アンジェラとレミがケンカをするのを見て、クリスティアーノはやっぱり愉快そうに笑って、今度は隣のレオナルドの肩を組んだ。
「でもよぉ、レミの研究は大事だよな。レミの研究が実を結んだら、お前の眼だって治るかもしれないもんな」
「そうだなぁ、サイラスの魔法がかかった生体修復のナノマシン……あれ本気で欲しい……」
「あれも盗まれちまったんだろ。じゃぁレミが作るしかねぇもんな」
レミは現在、世界最高の頭脳を持つ科学者と呼ばれている、医学、工学の世界的権威であり、レオナルド・ダ・ヴィンチの再来と呼ばれる科学者。
レミは世界中の大学を回って研究に明け暮れ、博識でユーモアがありイケメンでモテモテなのに、結婚もせず研究にばかり没頭して60代を過ごす変人だ。そんな変人が、技術力の日本、開発力のドイツ、再現力のアメリカと提携して、偉大なる医療機器を発明した。
その発明品は、製造は不可能と考えられていた奇跡の工学、ナノマシンである。しかもレミの開発したナノマシンは高高度のAIが搭載されており、全身に血液循環に乗って分布する細胞型と、血液循環に乗って特定の臓器に作用するホルモン型の2つが既に開発されている。
サイラスはその細胞型ナノマシンに、生体修復の魔法をかけたものをレミにプレゼントしていた。だが、一年前にレミの研究所は襲撃されて、それも含めたすべてのナノマシンのストックが、サイラスに盗まれてしまっていた。
それを手に入れたいと思うのは、千里眼を持っていたレオナルドの眼を、サイラスによって潰されてしまったからだ。今まで世界中の隅々まで見渡すことが出来ていたレオナルドは、あれ以来真っ暗闇の、何も見えない世界で過ごすことを余儀なくされていた。
昨年度のノーベル賞を、当然のようにかっさらったレミの研究成果、ナノマシン。あの技術と魔法の融合は、まさに夢のような存在だ。その研究は、敵に対処する上でも、自分達の発展の為にも、必ず実を結ぶ必要がある。
「そうだな。レミの研究は続けるべきだ。何とか大統領に交渉してみる」
「僕も行くよ。カエサルと話してみたいからね」
「わかった。とりあえず秘書に確認取ってみるわ」
携帯電話が鳴って、セルヴィが電話を見るとアンジェロからだった。アンジェロが友人を紹介したいという。
「御友人とは?」
「レミ・ヴァルブランという名前を聞いたことはありますか?」
「ええ、勿論存じていますよ。御友人なのですか? いえ、大佐の友人と言う事は、超能力者なのですか?」
「かつての軍人仲間です。それで是非、大統領に紹介したいのですが」
「ええ、もちろんセッティングさせていただきます! 予定はまた改めてお伝えします!」
「ありがとうございます」
電話を切って、セルヴィは興奮して携帯電話を握りしめた。
(すごい、世界最高の頭脳までも、手に入るなんて!)
1年前までは、ギリシャは確かに破たんしていた。だが、今はどうだろう。政治の天才、経済の天才、戦争の天才、そして科学の天才までもが手に入った。これほど人材に恵まれた国もないだろう。
秘密結社トワイライト。この組織が本気を出したら、きっと全てを手に入れることができる。力も、権力も、何もかも。
そうしたらきっと、もう無闇に大事なものを奪われる脅威からも遠ざかる。
ふと、セルヴィは耳に触れた。パールのあしらわれたピアスがゆらりと揺れる。
「アンタのそれ、ダサイのよ! こっちの方が似合うじゃない」
買い物をしていた時、ボードレールに押し付けられたピアス。プレゼントされたわけでもなし、買えと言われて渋々買ったのだ。
買い物をしていた時の事、毎朝の会議前のケンカのこと。思い出して、ほろりと涙がこぼれた。
(ボードレール先生……あなたの時のような事は、もう二度と起こさないから)
真珠は、人魚の涙と言われている。人魚の涙が、セルヴィの耳元で高貴な光を反射する。
もう、人魚を泣かせたりしない。もう、誰も悲しませたくない。
その為には、この国に強い力が必要だ。アルヴィンに権威と権力の集中が必要だ。
元々アルヴィンは求心力の高い男だ。その長所を更に活かすのが、セルヴィの仕事だ。
この国とアルヴィンに必要な人材をかき集めるために、セルヴィが舞台を用意する。
そうして、ギリシャは有能な人材を集め、急速な発展を遂げていく。




