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58 ニューヨーク防衛戦


 1年後。


 イスラム新国家の進撃はすさまじく、次々にアラビアの国々を攻め落としていった。その為石油の価格が大暴騰し、経済は世界的に著しい打撃を受ける。その余波で世界各国の工業株は大暴落し、特に先進国を初めとした工業国の経済危機は、次々と国家の破綻に追い込まれた。

 これに国連が黙っているはずもなく、国連は軍を組織してイスラム新国家への進撃を開始。しかしイスラム新国家の戦力は圧倒的であり、国連連合軍の敗退のニュースだけが届いていた。


 そしてある日、アンジェロが相談があると言ってやってきた。アンジェロがやってくる1時間前には、イスラム新国家の勢力がアメリカに攻撃を仕掛けたという事が、アメリカ政府から届いていたから、アルヴィンはある程度事情を察していた。


「アメリカの加勢に行きたいんだね?」

「はい。何も軍を動かしていただきたいというわけではありません。せめて私とミナだけでも」


 アメリカには、アンジェロとミナにとっては大事なものが多すぎた。長官の頼みを引き受けたのも、鬱陶しいけど憎めない長官との長年の友情もあるし、我が子の様に愛してきた卒業生たちが多く生活しているからというのもあるし、50年近く住んでいた国に対する愛着もあるだろう。

 彼らは普段からよくやってくれている。彼らの頼みを無下に断るほど、アルヴィンは狭量ではない。


「構わないよ。君たちは長期休暇と言う事にしておいてあげる」


 そのアルヴィンの提案にアンジェロは察したらしく、いつも通りに営業スマイルを返した。


「条件はなんでしょうか?」

「察しがいいね」

「あなたは伝説の政治家ですので」


 アルヴィンは小さく苦笑して、アンジェロの問いに答えた。


「君たちがどのように戦おうが、それは君たちの自由だよ。ただ、君たちがギリシャの者だと、外部に悟られなければね」

「わかりました」

「バカンスを楽しんでおいで」

「ありがとうございます」


 アンジェロとミナの力は、人の常識では計り知れないほどに強力だ。それほどの力を、核に匹敵するほどの戦力をギリシャが有していると、まだ知られたくはない。下手にイスラム新国家を刺激して、わざわざギリシャに戦火を招きたくもない。

 アンジェロは素直にそれを引き受けて、アルヴィンの前から姿を消した。



 それを見届けて、アルヴィンは椅子に深く腰掛け思案した。ギリシャはイスラム新国家とは、海を挟んですぐそばの国だ。いつ戦争が起きるかわからない。その為の準備もしているつもりだ。

 だが、いささかあの国はおかしい。原油の事にしてもそうだ。あの辺りの諸国は、ほとんどが産油国として経済を築いている。あの国は現在石油の輸出の一切を絶っている。それは石油輸入国からしてみれば、大打撃。現に世界的にオイルショックに陥っている。

 だが、石油を輸出できないという事は、産油国にも収入が入らないという事だ。それは産油国にとっても大打撃となる。流通こそが繁栄だというのに、その流通を絶ったのだ。

 現にイスラム新国家も、自分で交易を絶っているくせに、オイルショックのあおりを受けている。そのはずなのに、経済情勢はいっこうに悪くなっていない。それどころか、別方向からの需要で賄っている。


(あの国家のトップにいる人間は、どうやら経済に精通しているようだ。それに軍事にも)


 あの国の軍が強いのは、保有している兵器が強いというだけではない。戦士一人一人の戦いへの姿勢は、国連軍を心底震え上がらせたと聞いた。その戦略や戦術も、アルヴィンも思わず唸ったほどだ。あの国のトップに立つ人間の能力は、只者ではない。

 あの国が力を付け始めたのは、比較的最近だったはずだ。それは一体いつの事だったか。


 考えて、アルヴィンはハッとする。あの国が力を付け始めたのは、アレックスとサイラスの話を聞いてしばらくしてからだ。あの二人は強い力を有し、そしてサイラスは天才だった。

 それに気付いてアルヴィンは思わず冷や汗を流した。


(冗談じゃないぞ。あの二人が国を動かし始めただって? アンジェロ達は、それに気付いているのか!?)


 

 アルヴィンが思わず戦慄を感じていたその頃、アメリカはニューヨーク。アンジェロとミナはそれぞれ金髪碧眼のアメリカ人の少年少女の姿に変身して、芸術劇場の前に滞空していた。

 二人に対峙するのは、栗毛色に緑色の瞳をした、シナモン色の肌をした美しい青年と、茶髪にヘイゼルの瞳をした少女。

 アンジェロが町全体を守れるように防御壁を張る。ミナが攻撃用の電撃を纏う。

 対してサイラスの周囲には夥しい数の魔方陣が浮かび上がり、少女の姿をしたアレックス―エクセラ―からはギシギシと葡萄の蔓が体から伸びて周囲を埋め尽くす。


「サイラス、もうやめろ」


 サイラスの背後で、血まみれになっているアメリカの市民たちを見つめながら、アンジェロが言った。それに対してサイラスは、無表情で言葉を返す。


「レオさんを攻撃した俺を恨んでいるはずなのに、この期に及んで説得だなんて、本当にアンジェロさんは優しいな」

「いたずらしたガキを叱るのは、大人の役目だからな」

「流石はきょうだいだね。同じことをアンジェラさんにも言われたよ」

「きょうだい揃って同じことを言われるって事は、お前は成長してねぇって事だ。クソガキ」 


 アンジェロとサイラスが睨みあう。そこにミナがサイラスに訴えた。


「ねぇ、もう、以前のサイラスには戻れないの? どうして優しかったあなたが、こんなひどいことをするの」


 訴えながらも攻撃用の能力を展開するミナは、苦しそうに顔を歪めた。サイラスはそのミナの様子を見ながらも、一切表情を変えない。


「ミナさんはいつもそうだね。感情的で、頭が悪くて。理屈が通らなくて非論理的で、何を考えているかわからない。俺はミナさんの事は苦手だったよ」 

「私の事なんかどうだっていいのよ! あなたはどうして変わってしまったの!」

「俺のことだってどうでもいいだろ。ミナさんには関係ないよ」


 そう言いながらサイラスは、展開された魔方陣に魔力を込める。すると、魔方陣が強く虹色に発光した。


「ミナさんは苦手だったけど、料理上手だしいつもニコニコしてて、そう言うところはすごいなって思ってた。アンジェロさんは家族思いで仕事もデキて、いつもカッコよくて、憧れてた。だけど、俺の邪魔をするなら、容赦しない」


 アンジェロが防御に力を注いで、ミナは電流を広範囲に広げる。警戒する二人に向かって、サイラスの魔法が発動し、ニューヨークは業火に包まれた。



 この日の夜。ニューヨークが壊滅状態に陥ったというニュースが、世界中を駆け巡った。

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