57 暴力と権力の力
国の運営や関係各所との関わりだけで既にイッパイイッパイだが、サイラスとアレックスに対する対策も怠るわけにはいかない。アルヴィンは大変忙しいので、代わりにセルヴィとポリシアに、マーリンの元に話を聞きに行ってもらっている。
アンジェロはしばらく電話がつながらなくて、後からミナに聞いた話だと、千里眼を持つアンジェロの友人がサイラスに襲撃されて、重傷を負った。それでアンジェロ達はブチ切れて、誰がなんと言おうが仇を討つ姿勢になったらしい。
それでアンジェロは孤児院を卒業生に託し、幾人かの超能力者も一緒に、さっさとギリシャに移ってきていた。
そして、徴兵制だったこの国の軍を徐々に改変し、職業軍人の育成をする予定だったので、その足がかりとして、アンジェロやミナ達には軍人として入ってもらい、とりあえず人外による特殊部隊を作った。
徴兵制度の廃止には国民も賛成が多かった。急に徴兵制度を辞めてしまっては軍人の数が大幅に減少してしまうので、いきなり廃止にすることは出来ないが、大々的に募集をかけて、軍人を募った。
そうすると、失業若年層からかなりの応募がきた。誰でも採用できるというわけではないが、失業率対策にも功を奏した。
アンジェロを大佐、ミナを大尉とし、指揮官として配備したその部隊は、国防軍の特殊部隊として設置された。ギリシャに何者かが戦闘行動を起こした時、最前線で戦う人外部隊。
アンジェロが率いる超能力者小隊と、ミナが率いる人外小隊からなる。最初の内は人間人外入り乱れで、お互いに牽制し合っていた。
「人間のくせに」
「化け物のくせに」
と最初は衝突する事も多かったが、お互いの能力を知り、また、人間代表と化け物代表の二人が夫婦だったこともあって、今は割とまとまってきた。
アンジェロは長年教育に携わって来ただけあって、部下の教育には余念がないし、ミナが細かく気配りをしてフォローするので、中々上手くいっているようだ。
一度アルヴィンが訓練の様子を視察に行ったのだが、アンジェロが部隊まるごと空間転移で連れてきたのは、誰が何と言っても訓練場ではなかった。そこはテロの激化する紛争地域の最前線で、国連軍すらも手を出せないような場所だった。
あちこちで爆音が鳴り響くその地域にいきなり現れた、黒い軍服を着た部隊達は、一斉に散開して周囲を包囲する。そしてミナとアンジェロが囮になり、テロリストたちの前に姿を現す。
ミナとアンジェロが一斉に攻撃を受ける。だが、攻撃する方はどうしても姿を現してしまうため、隙が生じる。その隙を突いた隊員たちが強襲し、一人残さず殺していく。
「ヒィヤッハァァ!」
「良い泣き声だ!」
などの香ばしいせりふが飛び交っているが、アルヴィンはなるべく気にしないように努力した。
そうしてある程度戦闘が落ち着いてくると、仕上げとばかりにミナとアンジェロが広域殲滅を始める。
ミナは超音波による超振動で、土壌の分子構造ごと建物を崩壊させ、アンジェロはパイロキネシスで業火を呼んで焼き尽くす。
「いい眺めだなぁオイ」
「やっぱり火っていいよねぇ」
荒廃した戦場にウットリして寄り添う夫婦に、あの隊員たちの香ばしい言動も、なんとなく察しが付く。
(アンジェロ、どんな教育したんだろ……)
とアルヴィンは思ったが、考えたくないので胸の中にしまっておくことにした。
結果はどうあれ、成果は十分なヒャッハー部隊が形になってきた。この二人がいるなら、世界滅ぼしコンビに対抗できるだろう。
そんな矢先の事だった。中東のテロ国家が、最近なんだか勢いづいていて、周辺の地域を襲撃し、どんどん領土を拡大しているというニュースが、世間をにぎわせている。
また、朝鮮半島で戦争が勃発し、他の地域でも同時多発的に紛争や反乱が激化し始めた。
誘夜によると、日本は米軍の拠点として朝鮮戦争に関わるが、直接戦争行動に介入する事はないはず、とのことだ。それでも日本がどさくさで攻撃されたら、当然戦争に入るわけで、その時はギリシャとして何かしらの支援を行うと約束した。
ギリシャは今の所戦火を免れているが、ギリシャは地中海を挟んですぐに中東に渡れるため、いつ戦争に巻き込まれるかわからない。東ヨーロッパや西アジアは戦争状態に入っている。他の地域でも群発的に戦争が起きている。これらの戦争に、大国が介入する事態になったら、確実に第3次世界大戦が引き起こされる。
これも創造神の意志なのだろうか。だとしたら、確実に大戦は起きる。以前、世界一の天才と呼ばれた科学者が、インタビューでこう言っていた。
「第3次世界大戦で使われる兵器? さぁ、私にはわからないが、第4次世界大戦で使われる武器は、剣や石斧になるだろうね」
その科学者が言っているのは、第3次世界大戦でほとんどの文明が破壊される様な兵器が使用されるという事だ。
当然それは核攻撃を指して言っているのだろう。そして現代の科学では、核だけでなく、地震発生装置や電磁パルス装置、生物兵器など様々な兵器が開発されている。
もし、第3次世界大戦が起きれば、それだけで世界は破滅へ向かってしまう。
アルヴィンが執務室でそう考えていた時、電話が鳴った。電話の相手は、今日はオフで、ボードレール氏と買い物中だったはずのセルヴィからだった。電話口のセルヴィは酷く焦った様子で、そして泣きそうな声で、アルヴィンに言った。
「アル、助けて! ボードレール先生が!」
ショッピングの後、地下駐車場で何者かに襲撃された。セルヴィがボードレールの手を引いて逃げようとしたが、元々人魚で地上で走ることの苦手なボードレールは逃げ遅れ、銃で撃たれた。
その話を聞いて、アルヴィンはすぐにセルヴィの待つ病院へ向かった。6時間に及ぶ手術も施されたが、努力の甲斐もなく、ボードレール氏は帰らぬ人となった。
セルヴィとボードレール氏を襲ったのは、間違いなくギリシャ人だった。ということは、テロ国家や世界滅ぼしコンビと別件の可能性もある。
そうなると、これは国内での反大統領派、反与党派の何者かの仕業なのかもしれない。アルヴィンが追い落とした人間もそれなりにいるし、反抗勢力が現れてもおかしくはない。
だが、許せない。
芝生の茂った石の庭。黒い服を着て、ボードレールの墓の前で、涙を流すセルヴィを抱きしめながら、アルヴィンは拳を握った。
結党から、ずっと支えてくれた。いつだって自分を慕ってくれた。オカマだったけど、彼の忠誠は本物だった。本当に大事な、家族の様に思っていた仲間だった。
そのボードレールを、奪われた。
絶対に許さない。だけどそれは、反抗勢力を抑えられない、自分にも責任がある。アルヴィンの影響力が、力が弱いから、大事な仲間が脅かされたのだ。
もっと力を。絶大な権力を。
人も国も全てを手に入れ、そして守れるような力を。
セルヴィも同じように考えていた。あの時、自分にもっと力があれば、ボードレールを守れた。
自分は人狼で、強大な力を持っているのに、甘えてその能力を出し惜しみしている。自分が化け物じみていくのが恐いという甘えが、彼の死を招いた。
もう、迷ってはいられない。逃げることは許されない。
大事なものを守るためには、強くなるしか、力を手にするしかない。
弱者でいるのには、もううんざりだ。弱者であることは、他者に害を及ぼす罪悪だ。
もう誰にも、何も奪わせはしない。
二人はそう固く誓って、涙を拭った。




