56 またもやドラクレスティ一族がやらかした 3
一先ず精神を落ち着かせてから、パーティ真っ最中で上機嫌のアルヴィンを呼んで、状況を説明した。
案の定アルヴィンは頭を抱えてしまった。
「ホンット、なんなんだよあの一族は! 会った事無いけど、もうすでに嫌いになりそうだよ!」
その意見にはルキアも同意である。
一緒についてきたセルヴィが慰めると、何とか落ち着いたのかアルヴィンは何事か考え始めて、ルキアに向いた。
「情報が足りない。彼らの事をもっと聞かせてくれないか」
「わかった」
そうしてルキアは、アンジェロから聞かされた、ドラクレスティ一族の話を語った。
一族は40年ほど前からインドで過ごしていた。15年ほど前にサイラスがその家にやってきた。サイラスは両親を事故で亡くした孤児で、その屋敷の主人に引き取られた。それから数年経って、二人の吸血鬼の間から、アレックスが生まれた。
サイラスは幼い頃から、ギフテッドと呼ばれた天才児だった。それ故に人には理解できない悩みを多く抱えていて、自殺未遂の常習犯だったらしい。アレックスは幼い頃から両親と不仲で、衝突が耐えなかった。誰にも理解されない悩みを抱えた二人は、幼馴染として、親友として、本当に親しかった。
サイラス19歳、アレックス15歳の時、つまり昨年、ヴィンセントと二人は初めて出会った。この時アレックスはヴァンパイアハンターに覚醒し、自身の父親を殺害し、そして母親も殺害しようとした時、誤ってサイラスの父親を殺した。
その後アレックスは逃亡し、復讐を誓ったサイラスはアレックスを追った。ついに二人が対峙した第10次十字軍。アレックスは聖釘を自分の心臓に打って、神の化け物になっていた。
その戦いはサイラス側の全面勝利に終わり、アレックスも捕えたが、サイラスは戦いで使用されたサリンの後遺症で、障害が残った。
サイラスを傷付けたことで改心したアレックスは大人しく収監された。サイラスも日常に戻って大学生として過ごしていたが、サイラスとメリッサの間には子どもが出来ていた。
メリッサの種族は出産すると死んでしまう。メリッサの死を回避するために、サイラスはヴィンセントの紹介で、マーリンに師事した。
マーリンから魔法を教えてもらい、メリッサを救う手段を探し当てた。そして世界最高の頭脳を持つ科学者と呼ばれる、現代医学の権威、ヴァルブラン博士の協力も得て、ナノマシンによる治療を施した。そうしてメリッサは死ぬ事無く、無事に子どもを出産した。
誰もが平和で幸福だったはず。なぜ変化が訪れたのか、誰にもわからなかった。
だがある日突然、サイラスに加護を与えていた神・オモヒカネが、ヴィンセントにこう言った。
「サイラスは絶望し、わしの加護から離れた。ガネーシャの加護も手放した。その意味が分かるか。サイラスは、全ての災厄を司る、修羅になったという事じゃ。あ奴は絶望し、わしの加護が暴走して、絶望に陥れた源を消し去った。知恵、勇気、節制、正義、信仰、希望、愛の7つの美徳は消滅し、悲壮や罪悪感さえも消えた。絶望したサイラスが望むのは、世界の破滅。奴を修羅にしたのは、吸血鬼ヴィンセント、おぬしじゃ。責任はおぬしにある。おぬしが責任を取るのじゃ。サイラスはアレックスと共に姿を消した。最早お前達が合う事は難しいじゃろう。サイラスを止めるのじゃ。それがおぬしの責任で、わしらの願いじゃ」
そう言った神は、二度と姿を現さなかった。そしてサイラスも、刑務所で服役していたはずのアレックスも姿を消し、その姿を捕捉できなくなった。
話を聞いたアルヴィンは、不穏な思いに囚われて、顔の前で手を組んだ。
(神の加護だと? これも創造神の意志か?)
吸血鬼や魔物の持つ魔力は、神の持つ神力とは毛色の違うものだ。神や創造神は世界中の全ての事象に干渉できるが、魔力を持つ者に対しては、その限りではない。
つまり、吸血鬼も魔物も、魔力を持って生まれた人間も、神にとってはイレギュラーでしかない。
だが人間は魔物などと違ってピュアな存在だから、神が干渉する領域はある。その証拠に、魔力を持って生まれたサイラスには、神の加護がついた。
サイラスに加護がついたのは、吸血鬼と親しい彼に対して、牽制や監視の意味を込めたものが在ったのかもしれない。
だが結果的には、神の加護は暴走し、サイラスを絶望に貶め、世界の破滅を望む、絶望の権化へとつくりかえた。
(まさか、創造神は今回の世界の破滅を、サイラスに託す気なのか?)
だとしたら、サイラスもヴィンセント達も、ただ神にいいように利用されただけだ。もしかしたらサイラスが絶望したのも、彼のギフテッドを利用した、神の誘導があったのではないか?
そう考えると、腸が煮えくり返る。誘夜の言う通り、創造神は打倒すべき存在だ。
だが、今更その点を言及しても、もう遅い。サイラスは変わってしまったし、アレックスは生まれながらの吸血鬼殺し。今更何かを言って、彼らを変えることなど不可能だ。
ならば手は一つしかない。アレックスもサイラスも無力化してしまうしか、方法がない。最悪殺すことも考える必要がある。
考えれば考えるほど、情報が足りない。まずは情報だ。
「アンジェロに連絡を。それからマルクスを呼んでくれないか。魔術師マーリンに話を聞きたい」
「わかった」
返事をしたセルヴィは、すぐにアンジェロに電話を掛けた。そのセルヴィの姿を眺めながら、やはりアルヴィンは深く溜息を吐いた。
全く、ドラクレスティ一族とは、厄介な一族だ。だが、この件に創造神が絡んでいるのだとしたら――。
神殺し。
その機会を手に入れられるのなら、戦いを避ける理由はない。




