5 で、今はこうなった
城に案内されて入ると、旦那様一人かと思っていたが人がいた。
「あらマルクス、お帰りなさい」
「ただいまポリシア」
マルクスが優しく抱き寄せて、ポリシアがその首筋に腕を回して熱烈なお帰りのチュゥをする。
姉弟揃って呆気にとられていると、紹介してくれた。
「私の妻、ポリシアだ」
結婚していたのか、と先程の熱烈な歓迎も合わせて驚いたが、紹介を受けて改めてポリシアを見ると、眩暈がしそうなほどの美女だった。
歳は30代半ばと言ったところで、円熟した女性の色気がムンムンと漂っている。金色の巻き髪は腰まで伸びて、そのたっぷりとした艶のある髪は今すぐ指に絡めたいほどだ。知的な額から延びる均整な鼻筋、榛色の大きな瞳、上品に輪郭を縁取る赤い唇。
その唇が小さく湾曲して、微笑んだと気付いた。
(ふわぁ! ふつくしいっ!)
同性にノックアウトされそうになっていると、ポリシアが自己紹介をした。
「マルクスからあなた達の話は聞いているわ。私はポリシアよ。これから私達の身の回りのお世話なんかをしてもらう事になるけれど、生活はちゃんと保障するわ。よろしくね」
「よ」
「よ」
「よろしくお願いしますぅ!!」
姉弟で声がハモッた。夫妻は可笑しかったようで笑われてしまった。
が、笑っていられたのはここまでだった。
それぞれ部屋を与えられて、仕事用の制服も渡された。荷物を置いたらまた降りてくるように言われた。言われたとおりに着替えて廊下に出ると、ルキアと鉢合わせした。
セルヴィは膝丈のメイド服、勿論無駄なフリフリなんかはついていないシンプルなもの。ルキアは黒いつなぎだ。
メイド服なんてこのご時世に、自分もつなぎの方が良かったと心底落胆した。
「いいなぁルキアつなぎ。似合ってるよ可愛い」
「うるさい可愛い言うなバカ姉」
「もう、どうしてそんな意地悪言うの? 可愛くない」
「可愛くなくて結構! ったく、おねーちゃんが変な男に引っかかるから!」
「そんな事言われたってぇ。私だって好きでこうなったんじゃないし、旦那様だって好きで化け物にしたんじゃないんだよ」
イラついた様子のルキアはガシガシと頭を掻く。
「ったくもー、おねーちゃんが旦那様店に連れてこなきゃこんな事にはならなかったのに!」
「もうゴメンってばぁ」
ご機嫌を取ろうと頭を撫でると、やっぱり手をはたかれた。
ルキアはセルヴィが生き返ってしばらくは大喜びしたものの、時と共に現状を把握してイライラして怒りっぱなしだ。おかげで近頃は常に態度と口が悪い。
居間に戻ると早速命令を仰せつかった。
「紅茶を淹れてちょうだい。バラのエッセンスを忘れずにね」
「近頃庭に猫が住みついている。殺すか追い出すかしておけ」
「それが終わったらお風呂を入れてもらえないかしら」
「あぁ、猫はお前達が食べても構わないぞ」
食べません、と脳内で反論して、セルヴィはお茶を淹れに行き、ルキアは猫を追い回す。
お金は貰える。おかげで買い物に出ても好きなものが買えるからホクホクだ。
食料も手に入る。どうやって入手しているかは考えたくないが、冷凍された血液や臓器がフリーザーに詰まっているので、それを解凍して食べる。
ルキアは未だに人間だし、たまに夫妻が人間の料理を食べたいというし、料理も毎日する。
ルキアには人間でいて欲しいような気がしたが、自分だけが先に死ぬのは嫌だというので、大人になったらマルクスにお願いしようという事になっている。今化け物にされたら、子供の姿のまま変わらないと言ったから。
「それまでは恋人を作るなよ。18か、20歳か。とにかく童貞を死守しろ」
「わかりましたよー」
その時は10歳だったのでそう軽く返事をしていたが、最近街に出て若いカップルなんかを見かけると羨ましそうにしているルキアがいる。大人の階段を上り始めたようだ。
が、とにかく城に来てからは使用人としての仕事が忙しい。掃除一つにとっても以前住んでいた家とは広さが比較にもならない。
掃除、洗濯、料理、給仕、庭いじり、その他細々した雑用や買い物。結局は忙しくて恋人なんか作っている暇はないというのが現状だ。
今日もまたDIY。釘を打ちながらルキアが溜息を吐く。
「っとにさ、おねーちゃん変な男に引っかかるから」
「別に引っかかったわけじゃ……」
「男見る目ないんだよ。おねーちゃん下手に男と関わらないでよ。禍を呼ぶから」
「何もそこまで……」
「昨日だって変なのにナンパされたじゃん」
「ん? 妬いてんの? もうルキアはシスコンなんだからぁ」
「ちげーよバカ! あーもうやってられっか!」
とうとうルキアはハンマーを放り投げて、屋根から降りてしまった。
仕方なく一人で作業を再開していると、サボって陰で喫煙中だったのを見つかったようで、ルキアはマルクスに怒られた。
※お酒や煙草は20歳になってから! ちなみにこの国は15歳からOKです。
登場人物紹介
ポリシア・クウィンタス
マルクスの嫁。マルクスの嫁なので、彼女も生前は貴族令嬢である。
マルクスとは政略結婚だったが、両親よりも本人たちの利害が一致して結婚した、いわば同志である。
今でこそただの仲良し夫婦だが、現役時代は政権闘争に首を突っ込む過激派だった。