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45 第68回国会 EMF資金横領問題


 第68回国会 EMF資金横領問題


 セルヴィに作らせた資料を引っ提げて、アルヴィンが壇上に登る。扇状に設置された議席には300人の議員。過半数は与党の党員で埋まっている。その中の一人、ツォラコグロウに視線を送る。

 きっと今日糾弾を受けるなどと知らない彼は、隣の席の議員と何やら談笑している。彼の顔がゆがむ瞬間をこれから目にするのだと思うと、アルヴィンも気合が入るという物だ。

 既に国会の期間は半分を過ぎた。時期は既に冬。この問題はしばらく尾を引くであろうから、その間に存分に知名度を上げてやる腹積もりだ。

 EU掌握の為に、まずはギリシャを手に入れる。その足がかりとなるのが、今日の国会だ。


 議長が静粛を求め、アルヴィンが壇上から口述した。


「ここにあるのは7年前の資料です。7年前、突然EMFからの融資が凍結されたことに、疑問を感じた方もいらっしゃるでしょう。私もその一人です」


 アルヴィンが見渡すと、ツォラコグロウは顔面蒼白になって、アルヴィンを見つめていた。幾人かの首脳も顔色を変えてアルヴィンを見ている。それを見渡しながら続けた。


「その原因となったのは、当時の首脳陣による、資金横領の隠蔽です」


 アルヴィンの提言の瞬間、議事堂は騒然とした。ウソだ、証拠はあるのか、どういうことだ、説明しろ。そんな野次が飛んできて、議長が木槌をガンガン鳴らして静粛を求める。

 中々静かにはならなかったが、アルヴィンは小さく微笑んで、話を続けた。


「7年前の2048年9月18日、ギリシャ中央銀行本店の銀行員、ディミトリス・コリアスが、資金の振り込まれた国庫から4000万ユーロを横領しました。この事件がすぐに発覚する事は、コリアスもわかっていたのでしょう。彼はすぐにそれぞれの資金を、当時の内閣の主たるメンバーに送金しました。私の調べた限りでは、総額900万ユーロ」


 アルヴィンが口述している間も、相変わらず野次は飛ぶ。証拠だなんだとうるさいので、当然アルヴィンは証拠も提示する。

 部屋を暗くしてもらい、パソコンを開いて、勝手に持ちこんだプロジェクターで、その資料を白い壁に映し出す。


「これはコリアスの口座の履歴を照会したものです。9月18日、まずは約4000万がコリアスの口座に入金され、その後すぐに振り込まれているのがお分かりだと思います」


 先程までの野次はどこへやら、議員たちはその資料に釘付けになっている。金額と共に記載されている氏名を見て、徐々にどよめきが大きくなってきた。

 一人の議員が立ち上がった。


「首相! あなたの名前がありますぞ! どういう事か説明してもらいたい!」

「大統領もだ!」

「外務大臣や軍務大臣も名前があるじゃないか!」

「説明しろ! この盗人どもめ!」


 割れんばかりの怒号は、最早裁判長の打ち鳴らす木槌の音すらも掻き消した。今にも暴動になりそうな議員たちの間に、アルヴィンの声が割って入った。


「ヤニス・ヘシオドス大統領、タキ・ミトロプーロス首相、グリゴリス・ツォラコグロウ政調会長、ヨルゴス・テオドラキス外務大臣、ニコス・カヴァフィス軍務大臣、マリオス・オンティベロス財務大臣。私が調べた限りでは、この6名の名が挙がっております。こちらには動かぬ証拠が揃っています。釈明がございますれば、どうぞ壇上へ、首相」


 本当は大統領を引きずり出したいところだが、基本大統領は国会に顔を出さない。特殊外交の決定権は持つが、多くの場合で象徴的な存在であって、実質的に政治は首相が行っているからだ。

 アルヴィンの言葉で、一斉に首相に視線が集中し、説明しろと迫られる。首相は目を白黒させながら、おずおずと立ち上がって壇上に登る。そしてアタフタとしながら震える声で言った。


「捏造だ」


 一斉に怒号がヒートアップしたのは、言うまでもない。だが、口座を照会したこと自体、不思議と言えば不思議。そう思った一部の議員たちは、捏造もあり得るのではと思いはじめる。

 それも予想できていたアルヴィンは、次の証拠を提示する。画面に映し出されたのは、首相が管理している台帳だった。それも、裏帳簿。グリヴァスが首相の気を引いている内に、姿を消せるなど侵入が得意な者に写し取ってもらったものだ。


 決定的な証拠を突きつけられて尚、首相は捏造だと言って逃げようとする。その反応は他の共犯者も同じだった。これは埒が明かないと議員たちは想いはじめて、今度はアルヴィンに説明を要求する。


 アルヴィンが再び壇上に登り、微笑んで告げた。


「元銀行員ディミトリス・コリアス。彼の証人喚問の許可を」


 首相たちが顔色を変える。彼はとうに国外に逃亡したはずだ。彼の逃亡には関与していないが、手の届かない土地へ逃げたに違いなかった。彼だって自分の身は可愛いのだから、きっとそうした。

 なのに何故彼が見つかって、しかも証言をしようというのか。そんなことはあり得ない。これこそきっと捏造だ。


「証人喚問など認めない! その男が本当にコリアスか、証拠もないではないか!」

「パスポートの写しでよければ、ございますよ」

「そのパスポートも偽造だろう!」

「では偽造した業者も調べて証言を取ってきますよ」


 一々反論してくるアルヴィンに、首相はついイライラして怒鳴り返した。


「無駄なことを! 奴は名前も顔も変えているんだ! どうやって同一人物だと証明する!」


 その発言が出た時、首相はしまったと思った。アルヴィンの微笑みが、一層深くなったからだ。


「確かにそのようですね。ですが、不思議ですね。一国の首相が、ただの銀行員の男の名前と容姿を知っているだなんて。その男が整形していることまで知っているなんて。私には不思議でなりません」


 響き渡る怒号。暴れまわる野党議員と、それを押さえつけようとする与党議員。それを眺めて悦に浸るアルヴィン。


 阿鼻叫喚の国会は、この日は中断された。  

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