44 弔い合戦 4
会議室でアルヴィンが事件の概要を説明した。党員たちはそれぞれ考え込むようにして話を聞いていた。
与党政調会長グリゴリス・ツォラコグロウ。彼の行ったことは犯罪であり、犯罪者として糾弾する事が正しい。だが、そうしてしまう事で、山姫一族の存在を明るみに出すことになる。彼女は組織の幹部であり、ギリシャだけでなく、日本やアメリカ、中国、EU諸国においても影響力が高い。彼女は裏社会から世界を牛耳る存在。そういう存在はトワイライトにとっても大変重要だ。
だからアルヴィン達が決めた事は、暗殺の事実は公表しないということだ。アレクシス達はどうするのかとルキアに尋ねられたが、その点も抜かりなかった。
ディーヴァの歌声が響く店内で、グリヴァスが一生懸命になって自由への賛歌、アルヴィンの素晴らしさを、アレクシス達に説いてくれていた。お陰様でアレクシスも今やアルヴィン信者だ。
「さすがは官房長官だよね。広報に関して、彼の右に出る者はないよ」
とアルヴィンは笑ったが、そうさせているのは一体誰だとセルヴィ達は思った。
とにかく、事件の黒幕がツォラコグロウという事はハッキリしたのだ。ツォラコグロウ本人、その周囲の不正を暴いて、国会で叩きつける。
これが今後の目標となった。
ゾタキスにも相談しながら調べていると、ゾタキスが教えてくれた。実はゾタキスの他にもう一人、アルヴィンの傀儡となっている与党政権の大御所がいたらしい。
その男は現在の外務大臣エフクリディス・ツィプラス。ツィプラスは当時国対委員長だった。なので当然、EMFには深くかかわっていた。
ツィプラスには身の安全を保障した上で、事件の概要を教えてもらえることになった。
彼によると、事の発端はギリシャ銀行本店に勤める、一人の銀行員だった。この銀行員が資金を横領した主犯だった。銀行員が口座から金を盗み出したことはすぐに発覚したが、その銀行員はすぐさま政府首脳の数人に対して、合せて数百万ユーロの資金を振り込んだという。
思いがけず資金を自分の口座に振り込まれてしまった首脳たちは、事件の発覚を恐れた。これが世間に知らされれば、自分達も共謀したと糾弾される可能性があるからだ。
莫大な現金を得たという事もあって、それから数か月経って首脳陣はEMFに対して、再び「返しませーん」をやらかすことで、EMFとの関連を切った。こうすれば資金運用についてEMFに報告せずに済むからだ。
ちなみに、ゾタキスもその資金は振り込まれていた。ゾタキスはその資金を放棄しようとしたが、当時の首相がこう迫った。
「君の美しい娘がどうなってもいいのか」
ゾタキスの娘は才色兼備と有名で、大学を卒業すると国営放送のアナウンサーになり、当時は非常に人気のあるアナウンサーだった。アナウンサーになることは、娘の子どもの頃からの夢だった。その夢がかなって、人生の春を謳歌している娘。
その娘が、自分の父親が不正をしたというニュースを読まなければならない。そして最悪の場合、彼女すらも政治の道具として利用される。そんな事は、ゾタキスには耐えられなかった。だからこの時、人生で初めて、ゾタキスは不正に対して屈した。
これがツィプラスの語った事件の全容だった。娘を人質に取られたような物だったのだ。だからゾタキスが屈したのも理解できた。
だが、ゾタキスを含め当時の首脳は、意図しようがしまいが、犯罪の片棒を担いだことは間違いない。
「背後関係を調査して、公表するよな?」
ルキアがそう迫ったが、アルヴィンは少し考え込んだ。公表すること自体は構わない。いずれはそうするつもりだ。だが、それをしてしまえば、EMFおよびEU、欧米諸国をはじめとした同盟国からの制裁は免れないだろう。
当然資金の返還は要求されるだろうし、各国からの資金援助はカットされてしまう可能性もある。そうなったらただでさえ崩壊寸前のギリシャ経済が、完全に破綻してしまう。
アルヴィンは思わず苦笑してしまった。
(成程ね。常にこう差し迫った状況じゃ、不正をしたくもなるか)
いつも問題だらけで、それを解決するために他人の迷惑を顧みないなら、不正をするのが最も手っ取り早い。この国が腐っている原因はそこだ。
ということは、この事を公表してしまう前に、ギリシャ経済が破綻しないように、どうにか手を打つ必要がある。
今から雇用や企業改革をしても遅い。どこかから新たに資金を貰って、破たんに備えておくか。勿論ニコラスの財産にも頼るが、他はどこに頼るべきか。いや、これ以上他国に借りを作るのは、本当にお笑いだ。いっそのこと……。
アルヴィンは決断すると、立ち上がった。
「うん、この事は確実に、正確に調査してから公表する。その後はギリシャ経済が破綻する事になるけど、そこからが俺達の本番だ」
アルヴィンの意図を察した党員たちが、真剣なまなざしでアルヴィンを見つめる。
「この国を潰す。潰して更地にして、俺達が立て直すんだ」
再建できないなら、いっそのこと壊してやる。そして自分達に頭を挿げ替えて、違う物を建ててしまえばいい。それには並ならぬ努力を要するだろうが、アルヴィンはそんな事は気にしなかった。
かつて、帝政の父と言われた男。帝政の基礎を築いたと言われる伝説の政治家が、世界に頭角を現し始めた瞬間だった。




