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43 弔い合戦 3


 誘夜の言葉に衝撃を受けたが、妖怪が育て上げた暗殺者ならば、証拠も残さず暗殺を成し遂げるのは容易だろう。そう考えて彼女から情報を聞き出そうとしたが、少し考えた。

 ただ情報を渡すだけならば、わざわざ直接話す必要はないはずだ。マルクスへの伝言でも十分なのに、アルヴィンと話をしたいと希望したという事は、何かしら理由があるのだろう。

 そう考えて、彼女に要求する前に、その条件について尋ねた。

「私がその情報を求めていることに対して、貴女の要求する事はなんでしょう?」

 アルヴィンの問いかけに、誘夜はやはり愉快そうに笑った。

「おぬしは頭の回転が速いのう。話が早くて助かるぞえ。童が求めるのはたった一つじゃ」

「なんでしょう?」

 尋ねたアルヴィンに、誘夜はクスクスと袖口で笑みを隠しながら、答えを言った。

「EU諸国を掌握せよ」

「なんですって?」

「聞こえなかったか? EU諸国を掌握せよと言ったのじゃ」

 またとんでもない条件が突きつけられたものだ。ギリシャだってまだ手に入っていないのに、EU諸国を手に入れろと言われたのだから、流石のアルヴィンでも驚いた。

「なぜそのような条件を?」

「わらわは日本皇国の政権には関与しておらんが、実質的には政府に干渉する事が可能じゃ。そうして少なからず政府を扇動したこともある。ギリシャは国内の事で手一杯じゃろうが、世界情勢位は把握しておろう?」

「ええ、もちろん」

 ここ数年、世界の情勢はかなり緊迫していると言っていい。東アジアではとある半島の国家が一触即発、日本は革命によって生まれ変わり、イスラム教圏はテロ組織による新国家樹立、EU諸国では移民や難民によるテロの頻発、紛争地域では更なる紛争の激化。

 正直な話、この時代の世界情勢は、緊張した一本の糸の上にいるようなもので、誰かがキッカケさえ作れば、すぐにでも第3次世界大戦が起きそうな状態だ。

 世界のリーダーたるG7も例外ではなく、アメリカも度重なるテロの被害に遭っており、政府は混乱状態に陥っていて、対応に窮する政府の在り方に、国民からは反感が募っている。それはどの先進国でも似たような事が起こっていた。

 色々な歴史的・経済的背景があって、日本はテロの脅威からは免れているが、東アジアの戦争となると、日本も間違いなくその戦火を浴びることになる。だから今の日本皇国は集団的自衛権を行使し、日本の軍事力の底上げに力を注いでいるし、同盟国との協力関係を相互に強めている。

 当然そうしたいのは他の国も同じだが、内憂外患ばかりで、一体誰を信じたらいいのかわからない、というのが現状だった。昨今のニュースでは、同盟国だと思っていた相手国が、実はテロ支援国家だった、なんてニュースもあったからだ。

「つまり貴女は、EU諸国と強固な同盟関係を築きたいというわけですね?」

「その通りじゃ。ギリシャやイタリアには、過去に裏切られたこともあるでのう。誠実な相手でなければ、助けてやるには値せん。そうじゃろう?」

 彼女の言う事は正しい。きっとアルヴィンの正体も知っているから、EUを掌握する事も可能だと踏んでいるのだろう。だが、信用に必要なのは実績だけではないはずだ。それでも誘夜は、アルヴィンと同盟を組むことが有益だと考えている。

「仰ることはわかります。貴女が欲しいのは、私の知る情報ですね」

 口元は相変わらず隠されていたが、誘夜の視線がキラリと好奇を帯びたのが見て取れた。

「何を知りたいのですか?」

 その問いに誘夜は笑う事をやめ、至って真摯な態度で答えた。

「この世界の真理じゃ。そなたは知っているはず」

 彼女がそう言った瞬間、アルヴィンは血の気が引いて、慌てて通信を切った。アルヴィンらしくもない出来事に、セルヴィは心配していたが、久しぶりにアルヴィンは心の底から驚いた。

(まさか世界を追究しようとする人がいるなんてね……関わるなと言っても、無駄なのだろうけれど)

 小さく溜息を吐いて、改めて回線を開いた。聊か誘夜は不機嫌そうだったが、彼女が何かを言う前に遮った。

「その事に関して、この場でお伝えする事は不可能です」

「なぜじゃ?」

「聞かれているかもしれないからです」

「何にじゃ?」

「世界です」

 誘夜はしばし黙り込んで、「わかった」と返事をした。とりあえず誘夜と予定を合わせて会う約束をした後、話を本題に戻した。


 ゾタキス暗殺の概要を話した後、依頼を受けたか、誰に依頼を受けたかを尋ねた。本来は絶対に教えてくれないらしいが、アルヴィンだって絶対に口に出せないような情報を漏らすわけで、今回は特別という事だ。彼女はすぐに部下に指示をして、仕事の詳細を調べてくれた。

「自殺に見せかけて欲しいという依頼じゃったから、殺害方法は絞殺じゃな。依頼人は、与党政調会長グリゴリス・ツォラコグロウ」

 概ね予想に該当した相手だったことで、アルヴィンとセルヴィは小さく溜息を吐く。何しろツォラコグロウは、当時の財務大臣だったのだ。絶対に真っ黒なはずだと思っていた。

「それと、ついでに土産を送っておいたぞえ。後で確認するがよい」

 そう言うと誘夜は通信を切った。彼女から届いたメールには音声データが添付されていて、ツォラコグロウが電話で暗殺を依頼する声が収められていた。わざわざこんな証拠を残しているのは、こういう時の為に、自分達は依頼されただけで、真犯人はこいつだという逃げ道を残しておくためなのだろう。


 セルヴィが礼を言う為にマルクスに電話を掛けると、電話口でマルクスが苦笑していた。

「中々食えない女性だっただろう?」

「えぇ、もう……アルがタジタジになっている所なんか、初めて見ました」

「彼女も私たち程ではないが、相当な年長者だからな。私達と違って、切った張ったを続けて幾星霜だ。したたかにもなる」

「なるほど……ともあれ、味方になってくれそうですし、紹介していただいてありがとうございました」

「彼女も結社の幹部だからな。いざという時は助け合いだ」

 化け物の為の相互扶助結社、それがトワイライトである。存外に、人間の造る組織よりも、組織運営は上手くいっているんだよなぁと、セルヴィはなんだか感慨にふけるのだった。


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