42 弔い合戦 2
話を聞いたグリヴァスは立派に蓄えられた顎鬚を撫で、唸りながら宙を仰いだ。
「うぅーん、その頃私は農務大臣だったからなぁ。直接EMFには関わっておらんのだ」
「噂でも構いません、なにか聞きませんでしたか?」
「ふぅーむ」
アルヴィンが重ねて質問し、しばらくグリヴァスは唸っていたが、思い出したように膝を叩いた。
「そう言えば、噂があったぞ」
「どのような?」
「誰かは知らんが、資金を横領したという話だ」
「横領……」
アレクシスが口の中で呟くようにしている間にも、グリヴァスは話を続けた。
「国の銀行に振り込まれたカネを操作できるんだからな、ギリシャ銀行の者か、財務関係の担当者か。犯人はわからん。ただ、横領だかなんだかの不正をもみ消すために、国は資金の返還を断って、結局融資自体が無くなったという噂だ。まぁ、あくまで噂だ」
ギリシャなので、正直な話その手の噂はゴマンとある。だが、火のないところに煙は立たない。
アルヴィンはしばらく考えて、新たに質問をした。
「ゾタキス議員の自殺について、どう考えますか?」
その質問にグリヴァスは鼻で笑った。
「奴が自殺するようなタマか。ありゃ暗殺だ」
言い切ったことにアレクシス達は驚いて尋ねた。
「なぜ、そう言いきれるのですか? 証拠など何もありません」
その質問に、グリヴァスはアレクシスを少し小ばかにするように笑った。
「お前のような底辺議員は知らんだろうがな、支配者階級には色々な「御用達」がある」
「御用達、ですか」
「政府要人御用達の凄腕暗殺者。奴らが証拠など残すものか。私も世話になったわい」
そんな組織と裏で繋がっているなんて、これは重大な問題だとアレクシス達は考えた。
だが、今はそんな事を追及している場合ではないと、アルヴィンが宥めた。
「官房長官もお世話になったと言いましたね。その暗殺者から真犯人に辿り着く事は可能ですか?」
「そりゃ無理だな。私達も奴らの素性を知らんし、奴らにもこちらの素性は明かさない。まぁ、わかっているだろうがな、その辺は互いに干渉しないのが暗黙の了解だ。そして、ああいう業界では秘密厳守が最低限のルールだ」
「その暗殺者と連絡を取ることは可能ですか?」
「出来るが、暗殺以外の仕事は受け付けんぞ。インタヴューなどしてみろ、殺されるぞ」
暗殺者から犯人に辿り着くのは難しそうだが、とりあえず最後に聞いておいた。
「その暗殺者の名前は?」
「オボロヅキだ」
オボロヅキ。名前の響きがどうもアジアの、日本皇国の者のように思える。残念ながらアルヴィンには日本人の知り合いはいない。だが、党員の中にはもしかすると日本人がいるかもしれない。
そう考えて、アルヴィンはグリヴァスににっこりと笑った。
「貴重なお話をありがとうございます。どうぞゆっくりしてください」
「わはは、いつも悪いな」
グリヴァスは満足げにして、いつものようにホステスとお喋りを始めた。
そしてアルヴィンが席を立とうとすると、アレクシス達に呼び止められた。グリヴァスと取り残されてもどうしたらよいのかわからないのだろう。だがここは高級クラブ。男が愉しめるものはたくさん用意されている。
「皆様もどうぞごゆっくり。このクラブの歌姫の歌は特にお勧めですよ」
アルヴィンはアレクシス達を放って、さっさと席を立った。
アルヴィンはバックヤードに入って、ママと話をしていた。
「最近顔を出す議員は何人位かな?」
「今の所45人よ」
グリヴァスがクラブを気に入り、子飼いの議員を連れてくる。その議員も気に入り、更に下の若手を連れてくる。そうしていずれもディーヴァの歌声に魅了されて、ネズミ算式に手下が増える。
「うん、いい調子だね。来年の選挙に間に合うかもね」
「うふふ、楽しみね!」
今回の選挙は内閣が解散したから、緊急で行われたような物だった。本来の選挙は来年7月に行われる。
本当は連立政権を築いてから地位を確立しようと思っていた。だが、7年前の問題で、そんなに重大な不正があったのだとしたら、連立政権では共倒れしてしまう。
だからアルヴィンは考え直した。
与党を打倒し、自由への賛歌が第一政党に上り詰める。
その為には人員の確保は必要不可欠。操り人形にしてしまえば、人間でも自由への賛歌に入れても問題はない。
選挙は約半年後。その為にもう一つ手を打っておいた。後は時期を待つだけだ。
それも大切だが、今はEMF横領問題の解決が先決だ。
「オボロヅキか……聞き覚えがあるかい?」
ママは首を横に振る。ママは日本人にも知り合いはいないらしい。ママはフィンランドの森の精なので仕方がないだろう。
アルヴィンはさっさと頭を切り替えて、オボロヅキの正体を突き止める旨をセルヴィに電話で伝えた。
電話を聞いたセルヴィは、すぐにマルクスに連絡を取った。
「旦那様、かくかくしかじかで、オボロヅキという、多分日本人の暗殺者を探しているのですが、ご存知ありませんか?」
「オボロヅキ? 知らないが、日本人には知り合いがいるので、聞いてみるとしよう」
マルクスがその知人に聞いてみると言ってくれた、その翌日。すぐに連絡が来た。しかもその日本人が直接話したいというので、セルヴィはアルヴィンに確認を取って、二人でネットを繋いだ。
画面の向こう側にいたのは、日本の民族衣装である着物を着た、儚い感じのする和風美女。鴉の濡れ羽色の黒髪に、白い肌に黒い瞳、小さな紅い唇。まさに日本の美を体現したような女性が、アルヴィンとセルヴィに挨拶をした。
「初めてお目にかかる。わらわは山姫一族が統領、六条誘夜じゃ。朧月を探しておるそうじゃのう」
そう言って誘夜は愉快そうに笑う。そして続けた。
「朧月は人の名ではない」
「知っているのですか?」
「知っているも何も、朧月はわらわの作った組織じゃ」
「なんですって?」
驚いて目を丸くするアルヴィンが面白かったようで、誘夜は袖口で口元を隠しながら、クスクスと笑った。
「暗殺部隊朧月、わらわが手塩にかけて育てた、暗殺者集団じゃ」




