41 弔い合戦 1
それから数日後、ゾタキスが自殺したという報道が流れた。ニュースでは、政党を失い、部下から裏切られたゾタキスが悲観しての事ではないか、という憶測が流れていた。
そのニュースを見ながらマルクスが唸る。
「私にはあの男が自殺するようには思えないが」
ルキアも同調する。
「俺もそう思います。きっと誰かの陰謀だ。暗殺されたのかもしれません」
ゾタキスは元々副党首だったし、かつては与党に所属していて内閣にも名を連ねたほどの政治家だ。今無所属議員になって、ある意味自由の身になった彼の発言に、恐怖を覚えた誰かがいたのかもしれない。
きっとゾタキスを知る人間は、彼が自殺したなどとは信じない。キプロス問題に関しての秘密があったのか、それともまた別の問題なのか。
アルヴィンが唸っているので、セルヴィはスッとタブレットをアルヴィンに差し出した。
「ゾタキス議員と関わりがあったとされる議員のリストです」
「うん」
アルヴィンはそのリストを眺めはじめると、少ししてから顔を上げ、立ち上がった。
数人が集まって話し合っていた。かつてゾタキスの子飼いだった議員たちだ。彼らもゾタキスが自殺したなどとは思っていない。だが、警察にいくら訴えても、他殺の証拠が一切ないと言われてしまった。自分達は警察ではないから、それ以上無理に動く事など出来ない。ただ行き場のない憤りだけが渦巻いた。
「殺されたんだ!」
「なんで先生が……」
「立派な人だったのに、先生が一体何をしたって言うんだ!」
そう言って嘆いていると、コンコンとノックの音が響く。その音の方向に向いた時、男達は憎々しげにその相手を見やった。ドアの所には、解党に追いやった元凶であるアルヴィンが微笑んでいた。
一人が立ち上がって、アルヴィンの胸倉を掴んだ。
「お前のせいだ! お前のせいで私達は党も先生も失ったんだ!」
「私が告発しなくても、他の誰かが告発しましたよ。そもそも不正を働いたのは、あなた達の同僚です。私を責めるのはお門違いでしょう」
そんな事はわかっている。だがこの怒りをぶつける相手がアルヴィンしかいなかった。アルヴィンはそれも一応わかっていて、その男の手をやんわりと引き離した。
「ゾタキス先生は、私にとっては好敵手でした。彼のような優れた政治家を失うのは、この国にとっては損失です。私も真実を知りたいのです。何故彼が殺害されなければならなかったのかを」
男は驚いたようにアルヴィンを見た。
「殺されたと、思っているのか?」
「彼は私に再起を約束しました。そんな人が死ぬとは思えません。彼は恐らく、知ってはいけない何かを知っていたのです」
アルヴィンは男の肩を両手でしっかりとつかみ、真っ直ぐに目を見据えて言った。
「私は真実を知りたい。あなた達もそうでしょう。仇を討つのです、弔いに。穢された彼の名誉を雪ぐのです」
男は最初アルヴィンの気迫に気圧されていたが、やがてその瞳に強い意志が宿ったのを見て取って、アルヴィンは手を離し微笑む。
そしてセルヴィに渡された資料を取り出した。
「ここに一つの情報があります。私はこれに関連した者ではないかと考えているのですが、皆様にも目を通していただきたいと思って参りました」
EMF。ヨーロッパの資金援助機構だ。あんまりにもギリシャがお笑い国家なので、可哀想なギリシャの経済を救うために、EU諸国がお金を出し合って融資してあげようという、素晴らしい機構である。
EMFからの援助の打診があったのは、今から約7年前だ。この話が持ち上がった時、ギリシャはすぐに食らいつくだろうと誰もが思った。だが、意外にもギリシャは乗り気ではなく、与党にも野党にも難癖をつける人がいて、受け取りを渋っているという、経済的にドMな謎姿勢を見せている。
EMF側も当初は貸し渋りしていた。こちら側が渋るのは理解できる。貸したところで返ってくるか怪しいからだ。
だが、ギリシャ側が借りるのを渋っているのも、同じ理由だ。借りたところで返す当てがなく、返せたとしても何年かかるかわからない。返す為の経済的な環境を整備するのにも骨が折れる。しかも一度「返しませーん」をやらかしている。
EMF側はギリシャに約束を守らせるために色々な条件を付けてきたが、その条件もギリシャ的には厳しいもので、「人の足元見やがって」というのが反対派の心証だ。
7年前は融資を受けることになったのだが、結局は途中で打ち切りになった。やっぱりギリシャが約束を破ったからだ。借りたお金は焦げ付いて、貸し倒れの不良債権になってしまった。
そしてこの時ゾタキスは与党にいて、幹事長を務めていた。党の上層部なのだから、当然この問題にも取り組んでいたはずだ。この後与党への不信が募って内閣は解散。解散総選挙後ゾタキスは与党を離党し、同志と共に社会平和党を作ったのだった。
「こうしてみると、なにかあったのかもしれないな」
ゾタキスの秘蔵っ子だったアレクシスが呟いた。ゾタキスは不正を嫌っていた。だから与党内で不正が起きた事で見切りをつけて、離党したとも考えられる。
だが、ゾタキスの性格なら、それを告発していない方が不自然だった。なぜ彼は告発しなかったのだろうか。
アレクシスがそう疑問を投げかけると、ゾタキスの第一秘書だったディミトリスが言った。
「確かにこの頃の先生は、少し様子が違いました。毎日何かに悩んでいらっしゃるご様子で……もしかすると、先生も加担させられたのかもしれません」
「先生が!? そんなバカな!」
アレクシスが興奮したのを、他の議員たちが宥める。勤めて穏やかにアルヴィンが続けた。
「今回の事もゾタキス先生はご存じありませんでした。当時彼は幹事長でしたし、どこかで責任を取らざるを得なかったのでしょう」
不幸にも巻き込まれてしまったのか、はたまた誰かを守るために泥を被ろうとしたのか、それは今はわからない。だが恐らくゾタキスは関与しているのだ。
まず考えることは、この時期に一体何が起きていたのかという事だ。当時の資料を総ざらいし、この時期に内閣だった人間に話を聞く必要があるだろう。
「誰が話すって言うんだ。誰も喋りやしない」
アレクシスはそう言ったが、アルヴィンはいつも通りに笑って電話をかけ始める。
「意外と、そうでもありませんよ」
電話を掛けると、アルヴィンはセルヴィにセッティングを依頼して、アレクシスとディミトリス、他の議員を立たせる。
「なんだ、どこへ行く?」
「与党の人間と話が付きました。そこでゆっくりお話を聞こうではありませんか」
渋々と言った感じでアレクシス達はアルヴィンについていく。
そこは「クラブ・トワイライト」。美しい女性が侍る高級クラブ。席に案内されたアレクシス達は驚いて言葉を失う。アルヴィンがにこやかに挨拶して握手を交わす相手、その相手は目下の最大の政敵と言ってもいい男、与党官房長官、グリヴァスだった。
「何故……」
「彼は私達の同志なのですよ。さぁどうぞ座って」
「スパイ、なのか」
アレクシスの問いかけに、アルヴィンは口の前で人差し指を立て、「しー」っとジェスチャーをし、笑った。
それを見たアレクシス達は背中に冷や汗が流れた。自分達はとんでもない男を敵に回していた。官房長官をスパイに仕立て上げるなどと、並の政治家ではない。いや、最早人間のやることではない。
彼らはアルヴィンに底知れぬ恐怖を感じつつも、促されるままにソファに腰かけた。




