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40 第14回国会 キプロス問題


「くそっ、次だ。次の手を考えるんだ」

 ゾタキスは頭をかきむしる。中継もされている場所で赤っ恥をかかされた。ゾタキスは悔しくて仕方がない。彼の部下や党員たちが同情的に彼を見る。確かにゾタキスは横暴なところがあるし、攻撃的な男だ。だが、セザリオの言った事は本当に失礼だと思った。彼らがゾタキスについてきているのは、ゾタキスが一度も贈収賄などの不正を働いたことが無いからだ。不正も働く事無く、副党首となっている彼を尊敬している。いくら腐った政治家が多いとはいえ、こうしたクリーンな意識を持つ議員だってたくさんいる。その議員が政敵なのは、自由への賛歌にとっても彼らにとっても、悲しいことだ。

 自由への賛歌の掲げる方針は、彼らにとっては看過できないものだ。ゾタキスは公共事業の許認可を司る部署の責任者でもある。自由への賛歌の政策は、そのゾタキスの地位を奪うと言っているのだ。それさえなければ味方になってもいい相手だった。

 ふと、党員の一人は考えた。確かに彼らは政敵だが、基本的に信じる方向性は似ている。彼らは民衆派であり、自分達は社会主義で、根本的には違うが、失業率問題など同じ方向を向いている部分もある。

 そう考えてゾタキスに提案した。彼らと手を組むことを考えても良いのではないかと。それを聞いてゾタキスも唸る。

「私もそれを考えないではない。だが、彼らと手を組めない最も大きな理由がある」

「何です?」

「奴らは近頃、官房長官に取り入っているようだ。与党と手を組もうとしている相手と手を組むことなど出来ん」

「それなら、尚更我々と手を組むよう仕向けた方が良いのでは? これ以上与党の力をつけてはいけません」

「ふぅむ……」

 アルヴィン達と手を組む、その事にゾタキスが少し前向きに考え始めた頃に、秘書が入室して来て告げた。

「副党首、自由への賛歌党首、ディシアス議員から予定の確認が来ております」

 渡りに船とはこの事だった。あちらから申し入れてきた。僅かに換気を覚えた、その表情を隠しながら尋ねた。

「何の要件だ?」

 秘書は言い難そうに視線を迷わせながら言った。

「社会平和党を離脱し、自由への賛歌党員として共闘しないかと」

「なんだと……!?」

 バカにされたものだ。こちらがすり寄ろうとした矢先に、自分に下につけと言っているのだ。しかもあんな若造のヒヨっこ政党の下に。

「断れ! バカバカしい!」

「かしこまりました」

 これにはさすがに党員たちもやれやれと息を吐く。そんなことをゾタキスに打診して来るなんて、一体何を考えているのだろう。折角歩み寄ろうとしていたのに、そんな物言いをされては敵意しか抱けない。

「やはり、奴らは潰す。次の国会に向けて準備しろ」

「はい」


 その頃、セルヴィはタブレットを見ていた。ゾタキスからの断りの返事をアルヴィンに伝えると、アルヴィンはやはりいつも通りに笑った。

「あーよかった。OKされたらどうしようかと思ったよ」

 勿論断られるだろうと思っていたが、なぜアルヴィンがわざわざそんな失礼な連絡をしたのかわからなかった。

「彼みたいな攻撃的な男には、敵でいてもらった方が都合がいいんだ。この期に及んで仲良しゴッコなんて希望されたらたまらないからね」

 経歴を見たが、ゾタキスは決して悪い議員ではない。むしろ優れた政治家に分類されるだろう。それを敵に回すことは惜しいと思うし、恐ろしいと思う。

「手を組まなくてよかったの? ゾタキスは優秀だよ?」

「世の中にはね、味方でいた方が利のある奴と、敵でいた方が利のある奴ってのがいるんだ。ゾタキスは後者」

 少し前のセルヴィにはわからなかったかもしれない。だが今ならわかる、アルヴィンの言っている意味。

「そっか、わかった。じゃぁ国会の準備をするね」

「ありがとう。頼んだよ」

 そうしてセルヴィは仕事に取り掛かった。


 第14回国会。議題「キプロス問題」。


 現在キプロスは北部をギリシャの領土、南部はキプロスという別の国だ。以前国連主導でキプロス返還の国民投票がなされたが、その時はギリシャ側にメリットの無い条件だったせいで、ギリシャの票が集まらず返還はされなかった。

 この問題に関して、自由への賛歌はぶっちゃけどうでもいいと思っているが、ギリシャにとっては大問題だった。

 またしても国連主導で投票を行うとの事で、その条件について公平な条件を決めようというのが今回の議題だ。

 キプロス返還に前向きな議員や、キプロスはギリシャの領土だと主張する議員たちが侃々諤々の議論を交わしている。その中で特に目立つのが、左翼連盟とギリシャ正統党だ。この2党はキプロス返還については大反対しているのだ。

 正直な話、アルヴィンとしてはキプロスなんかどうでもいい。だが、敵を潰す為に必要ならば、興味のない話題でもいつでも首を突っ込む準備は出来ている。

 キプロス問題について、返還に前向きなのはゾタキスの所属する社会平和党がその先陣だった。キプロス寄りの条件を多く提示している。そこでアルヴィンが挙手し、壇上に上がった。セルヴィのこさえた資料を手にして。

「キプロス返還に関しては、我が党は社会平和党と同じ意見であります。しかしながら、社会平和党のやり方には問題があります」

 そう言って資料を読み上げる。社会平和党党員のキプロス重鎮との癒着、贈収賄、宗教を介しての情報操作。そして裏帳簿がばら撒かれる。

 これに目を白黒させたのはゾタキスだった。

「なっ、なんだこれは! 一体どういう事だ!」

 ゾタキスは何も知らなかった。自分の知らないところで、誰かが不正に事を進めていたなんて思いもしなかった。国会は騒然とし、議員たちは口々に社会平和党への弁明を求め始める。ゾタキスと党首は今知ったばかりで釈明のしようがないと、ひたすらにそれだけを返す。だが、一部の党員がそれを認めてしまって、ゾタキスは椅子を引き倒す勢いで立ち上がった。そしてそしてその党員の元へ行くと、思い切りその党員を殴り飛ばした。

 なおも殴りかかろうとするゾタキスと、取り押さえようと必死に押さえつける周りの議員たち。乱闘騒ぎに発展したその日の国会の模様は、ニュースでも多く取りざたされた。


 結果、キプロス問題は先送りとなってしまった。そして、社会平和党からは贈収賄を行った議員が7名摘発されることになり、社会平和党への信頼は失墜し、空中分解。党内での投票によって、解散が宣言され、社会平和党は消え去った。

 ゾタキスと幾人かの議員は無所属議員として、今でも国会に顔を出している。国会が終わった後、ぱったりとゾタキスに遭遇した。

「お疲れ様です、ゾタキス議員」

 アルヴィンがにこやかに挨拶をすると、ゾタキスは憔悴しきった顔で言った。

「貴様は以前から知っていたのだな」

「ええ、勿論知っていましたよ」

「だから、吸収合併などとふざけた申し入れをして来たのか」

 もし本当に仲良しクラブになってしまったら、キプロス問題で火の粉を浴びるのは自由への賛歌も同じだった。だから敢えて決別の道を歩んだ。わざとゾタキスが自分達から遠ざかるように、ふざけた申し入れをして彼を怒らせて、そしてまんまと彼は党を失った。

「認める。私の負けだ。私も一からやり直そう」

「貴方は高潔で非常に優秀な政治家です。貴方が政界にもう一度返り咲く事を、私は望みます」

 そう言って微笑んで立ち去るアルヴィンの背中を見送りながら、ゾタキスは拳を固く握った。

「いつか必ず、貴様を倒す。首を洗って待っていろ」

 そうしてゾタキスも、一から政治家をやり直すと心に決め、議事堂を後にした。

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