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38 スキャンダル


 野犬と言えば、野良犬と同じようなイメージを持つ人が多いだろう。だが、実際は違う。野犬は群れで行動する。獲物を包囲し、追いつめ、徐々に弱らせてとどめを刺す。そのチームプレーは、人間の軍事にすら採用されるほどに卓越したものだ。そのチームプレーを取り仕切る野犬のトップがいる。その犬の事を「アルファ・ハウンド」と呼ぶ。


 最近、セルヴィは頭を悩ませている問題がある。週刊誌にスッパ抜かれた話題がそれだ。

「新党自由への賛歌党首、秘書と熱愛!」

 それ以前から問題はあったというのに、自分との関係が暴露されて、ワイドショーでは持ちきりだ。


 それ以前の問題と言うのは、自由への賛歌の党員たちが、全員移民だという問題だ。ニコラスの不正な情報操作のお陰で、全員が国籍を取得できている。だが、元外国人であるということが、この国では問題なのだ。

 ギリシャは人種差別の激しい国で、人種差別を受けたとどれだけ正当な論証をしたとしても、裁判でも勝てない程に差別が根付いている。移民問題に根幹を発しているので、仕方ない部分もあるのだが、この辺りも先進国としては悩ましい問題だ。セルヴィとルキアも外国人街育ちの移民で、白い目で見られるような事は嫌と言うほど味わってきた。


 さらに、アルヴィンの前歴についても、政治評論家になる前はただのコーヒーショップのオーナーで、その前は中小企業の社員で、決して華々しい経歴でないことまで曝露されている。

 アルヴィンの場合は元々が人気票だっただけに、アルヴィンの経歴がどんなものでも気にならないと思っている国民も多いが、人気者なだけに、さすがに熱愛スキャンダルは話題になった。案の定取材が押し寄せて、議事堂を出たところで報道陣に捕まってしまった。


「ディシアスさん! 熱愛は事実ですか!」

「お相手の秘書と言うのはそちらの女性ですね!」

「何か一言!」


 ぐいぐいと突きつけられるマイクとボイスレコーダー。セルヴィは心底ビビったが、アルヴィンはいつも通りにニッコリ笑って、セルヴィを抱き寄せた。そしてカメラの前で、セルヴィのこめかみにキスをした。どよめくマスコミ。


「事実ですよ。特に隠してもいません。彼女とは、私がコーヒーショップを経営していた頃からの仲です。執筆活動や政治活動、私の家族の事や私生活。公私にわたって彼女は私をサポートしてくれる、心強い味方です。彼女は私にとって一番の理解者であり、不可欠な存在です」


 アルヴィンは言い逃れもごまかしもせず、堂々とそう言い放った。そんな風に言われてしまうと、正直な話、マスコミの仕事は終わりである。欲しい情報は全部アルヴィンがさっさと開示してくれたので、今度はセルヴィにマイクが向いた。


「ディシアス氏のどのような所に惹かれましたか?」

「喧嘩をすることはありますか?」

「なぜ秘書につこうと思ったのですか?」


 内心非常に慌てたが、ここは自分の気持ちに素直に答えた方がいいだろうと思って、一度アルヴィンを見る。アルヴィンはセルヴィの視線に気付くと、元気づけるように優しく笑ってくれた。それでセルヴィは勇気が出たので、カメラに向かって自然と微笑んだ。


「意見が衝突する事も、勿論あります。そうしてお互いに意見を言い合って、あぁ彼はこういう風に考えるんだって、理解を深める良い機会にもなります。ディシアス先生は感情的に怒ったりしませんし、ケンカと言うよりは話し合いですね。先生は、優しく鷹揚で、頭がよく行動力がある。忍耐強くて、パワーがあって頼もしい。そして慎重で、時には大胆。ディシアス先生の傍にいると、毎日が刺激的です。でも、皆さんもそれは御存知だと思うんです。私は、ディシアス先生のファン第1号です。ですから、全国のディシアス先生を応援してくれる方達と同じです。先生の一番最初のファンとして、私はディシアス先生を応援する事を仕事にしました。それが秘書になった理由です」


 セルヴィとアルヴィンの回答から、マスコミにも、テレビの向こう側にもしっかり伝わった。二人の間にある「信頼と理解」。互いに深く理解しあって、信頼し合っている。そんな相手が秘書になったら、きっと阿吽の呼吸で仕事が進むだろう。そう考えると、恋人を秘書にするのも悪くないのかも、と思いはじめる。


 なんとなく、アルヴィンとセルヴィを素敵なカップルだと思い始めた報道陣たちは、その姿勢から下品さが薄れて行って、穏やかに質問が投げかけられるようになった。そして引き潮のようにマイクが引いていく。


「最後に二人の写真もらってもいいですかー?」


 そう言われて快諾すると、ついでとばかりにキス写真を強請られる。ここまで語ってしまったのだし、まぁいいか、と二人で肩をすくめて笑う。

 そして二人で向かい合っていざ、と思ったら、通りかかったトラックが水たまりの水をはねて、二人にバッシャーン。マスコミたちは硬直していたが、水浸しになった二人はクスクス笑って、釣られたマスコミも笑って、最終的には周りにいた人達も大笑いした。


 結局、お互いに汚れたのでキスは勘弁で、というとマスコミたちも納得してくれた。


 そしてその日の夕刊やテレビで早速、取材の一部始終が報道された。新聞の一面を飾っていたのは、水浸しになった二人が、お互いの水をふき取りながら笑いあう写真だった。

 翌日になると、今度は別方面からの取材が殺到した。ほとんどが女性誌やファッション誌だ。その取材に応じると、翌月号の表紙を飾った二人の見出しはこうだ。


「公私ともに最高のパートナー! 理想の恋人、ディシアス議員×セルヴィリアさん」


 セルヴィに対する取材が中心で、働く女性としての視点や、仕事中のファッションまでネタにされて、沢山服を着てたくさん写真を撮られた。二人は見た目もいいので、雑誌の格好の標的にされて、その時期の一大センセーションになった。


 その雑誌の表紙を見て、悔しげに叩きつける男がいた。野党社会平和党副党首、ゾタキス。リークした熱愛ネタで不興を買えるかと思っていたら、それを逆手にとって人気票がさらにうなぎ登り。完全に裏目に出た。

 勿論、今やテレビ局や新聞社の半数以上がニコラスの手中に収まっているので、ニコラスのボスであるアルヴィンに不利な報道は少ないだろうとは思っていた。だが雑誌など出版社には手を回していないようだったので、そちらが悪評を立てればネットでも拡散されると思っていたのに、まさか出版社まであちらに追い風を立てるとは思っていなかったのだ。

 この手はもう使えない。使ったところで意味はない。ならば別のからめ手を用意するしかないだろう。そう考えてゾタキスは電話を掛けた。

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