37 閑話 ブッ飛び深海魚
オネェのボードレール氏×党首ほのぼのコメディ+ちょっと本編
テレビで男が声高に叫んでいる。
アルヴィンの反汚職主義は夢想だ。汚職の無い国などどこにもない。彼は政治家の既得権益が度を越しているというが、その事業を民間に委託した場合、その民間企業が倒産してしまえば、その事業自体の存続が危うくなる。これは国が管理すべきだと結論が出ているからこそ、政治家での許認可が委託されているのだ。
テレビを見て人魚のボードレール氏が青筋を立てている。
「んまっ! またこのブス、ウチの党首の悪口言ってるワ。こいつ大っ嫌いヨ!」
ボードレール氏はアルヴィンの政策にも手口にも心酔しきっていて、最早信者と言うレベルで惚れ込んでいる。なので、アルヴィンの悪口を聞くと般若のようにキレる。
当然ムカついているのはボードレール氏だけではなく、党員全員キレ気味だ。
汚職についてのアルヴィンの主張を簡単に纏めるとこうなる。
「決定権が政治家に偏り過ぎ。少しくらい地方自治体や民間に委託したっていいじゃないか。実際他の国はそれで成立しているよ」
反対意見の政党や議員の意見を纏めるとこうなる。
「冗談じゃない。今まで自分達で上手くやって来たのに、民間になんか任せていられるか。大体、民間や地方に委託したら、自分達に賄賂が渡らなくなるじゃないか。美味い汁を吸えなくなるなんて、まっぴら御免だ」
ということだ。政治家がこのザマなので、国から汚職を失くすのは確かに夢物語。テレビの男の言う通り、汚職の無い国なんてどこにもない。
それは勿論、完全にクリーンになれば素晴らしいが、そもそもギリシャはそんな事を言っていられるレベルではない。汚職のレベルは世界でも最悪のレベル。せめて悪~普通くらいにはなりたい。他の先進国は普通~良レベルの国もあるのだし、他国に出来てギリシャに出来ないなんてことはないはずだ。
アルヴィン達はそう考えているのだが、既得権益に溺れた権力者は、自分さえよければ自国のレベルが最悪だと笑われてもいいらしい。
「嘆かわしいなぁオイ」
既に諦めモードのルキアが頭を抱える。そんなルキアを慰めるように、ボードレール氏が肩を叩き、ハンカチを咥えてクネクネと寄り添う。
「わかるワ、ルキアちゃん! 愛する党首をイジメられて、アタシも悔しいッ!」
「イヤそっちじゃねーよ」
半目でツッコんだルキアに、ボードレール氏は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をした。
国会が始まった。国会は5か月間にわたって行われる。議員にとっては、この時期こそが政治家として本領を発揮する時期だ。この時期になってアルヴィン叩きがすさまじくなっている。
というのも、ギリシャ議会は一院制で、議席数は300議席。その中で与党のギリシャ社会主義党は議席数が179議席、公共民主主義党19議席、社会平和党25議席、左翼連盟15議席、ギリシャ正統党16議席、ギリシャ人民党20議席となっており、ほとんど与党の単一政権と言ってもいい。それが今回の選挙で、いきなり出来た新党自由への賛歌が26議席も獲得しているので、与党はともかく野党は黙っていられない。国会と言うのは基本的に多数決で法案を決めるので、新党に与党が味方するなんてことになってしまったら、さぁ大変なのである。
なのに最近になって与党の官房長官がやたらと新党推しで、官房長官の子飼いの議員たちも新党の味方に付きはじめている。なので、野党は戦々恐々としている。
だからどうしても、何としてでもアルヴィンの信頼を失墜させて、間違っても新党の言う地方分権・民間委託なんかが決定されてしまわないように必死なのだ。
当のアルヴィンは伝説の政治家だっただけあり、文句を言われたくらいで一々へこたれたりはしない。暗殺までされたことがあるのだから、それに比べれば悪口位可愛いものだ。それにアルヴィン的には、ちょっとした癒しもある。
党の会議室に入ると、まずはボードレール氏が「党首~ん」とクネクネとすり寄ってくる。そしてアルヴィンの近くにいるセルヴィにわざとらしくぶつかる。
「アッラ~ん。ごぉめんなさぁい? 地味すぎて気付かなかったワぁん」
小指を立てて、セルヴィを全力で見下して笑うボードレール氏。大好きな党首にいつも引っ付いている秘書が気に入らないらしい。半年以上も毎日のようにコレなので、セルヴィもいい加減慣れた。お返しとばかりに、にっこり笑う。
「いいえ、構いませんよ。深海魚は視力が退化しているでしょうから、見えないのは仕方がありませんよね」
「んまっ! ちょっと聞いた!? 差別よ! 人魚差別よ!」
人種差別みたいに人魚差別と言っているが、周りも慣れた物で「イイから早く座りなさいよ」と手招きしている。
「なによなによーぅ! みんなしてアタシをイジメるのねーッ!」
キーッとハンカチを食いしばるボードレール氏の顔がツボで、アルヴィンはおかしくなって笑ってしまうのだが、ボードレール氏はいつも微笑まれたと勘違いする。それでちょっとご機嫌が回復するので、ついでにとどめを刺す。
「ごめんね。俺の顔に免じて、セルヴィを許してあげて」
「んもぅ、しょうがないわねぇん」
パチンとウィンクしたボードレール氏がクネクネと自分の席に戻り、大体これで一件落着する。まぁ毎回これなので疲れると言えば疲れるが、慣れてしまえば結構面白いと思っている。毎日ケンカを売られるセルヴィも、意外にもそう思っていて、ボードレール氏の事は嫌いではなかった。変な人だとは思っているが。
毎日殺伐とした政治の世界で、こういうブッ飛んだ人が1人いると、ある意味いい刺激なのだった。
ずっと殺伐とした話が続いたので、私がホッコリしたくて書いた閑話でした、、、w




