表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/72

35 反汚職主義と失業率低下の対策


「さーて、余計なトラブルも片付いたことだし、今日の会議を始めよう」

 今日は政党の定例会議。政党の方針を決めるに当たり重要な会議だ。新党自由の賛歌は、出来たばかりの政党で、議員数も二十数名と少なく、国会での立場もまだまだ弱い。その為、国会内で地位を向上する必要がある。その為には議員数を増やす必要性があるが、議員はできることなら全てをトワイライトのメンバーで埋め尽くしたい。なので、議員の確保は来年度の小選挙区選挙に頑張るとして、目下の課題は、地位を高めるために手柄を立てることだ。

 この国で最も重大な問題と言えば、経済の破綻だ。それでもギリシャはGDPも決して低くはないし、所得も比較的高い。それでも経済が破綻しているのは、銀行などの金融の専門家の見積もりの甘さによるものだ。それは今の地位では解決できない。

 今手の届く問題と言えば、汚職問題と失業率問題だろう。自分達の選出された選挙区だけでも、この問題を解決に導くことが出来れば、モデルケースとして充分プレゼンできると考える。

 勿論、その為に手を打っていたからこそ、ルキアを実業家にしたという事もある。

 ルキアの経営する会社では、贈収賄・脱税・横領は即刻解雇で、即時刑事裁判として訴訟を起こすと社則にある。社内にも調査をする組織はあるが、その為の監査機関をわざわざ外部に作って、内部での裏取引が不可能なようにしてある。

 そうすると、叩けば埃と言うのは出てくるもので。出るわ出るわで、最初の内は解雇者の多さに頭を悩ませたものだ。だが、ギリシャ国内の汚職の現状に辟易していたのは、ギリシャ人にも勿論いた。ギリシャの失業率が高いのは、柔軟性で視野の広い若者に多いのだが、彼らが国内の社会体制に失望して、就職を拒んでいるというのも失業率の高さの原因だ。だが、ルキウスの企業の姿勢を知ると、そうした意志を持つ者達が面接に押し寄せてきた。

 ルキウスの会社は他の企業の類を見ないスピードで事業を拡大したが、それは意識の高い社員が貢献したからに他ならない。そう言う社員が集まる様な企業体制を作っているのだから当然だ。

 少なくともルキアの会社はそれで成功を収めているのだし、それでも十分にモデルケースとしては実例の一つになる。だが、国民数に対して実質的な数が少なすぎるし、正直な話ルキアが若いので、ナメられているというのもある。

 というわけで、オッサン達にも頑張って戴きましょう、というわけだ。

「ふぅむ、そもそも、この国の汚職と失業の問題の根幹は、なんじゃい?」

 ナハトコボルトの老人、ショーペン氏の質問に、セザリオが答える。

「まぁ、言っちゃえば教育から問題があるけどね。中には正義の為に賄賂を贈るっていう悪事を働く人もいるよ。問題は、悪事を働かなきゃ、正義を行えない社会制度自体だね」

 その回答にショーペン氏は唸る。先進国なのに、ここまで道徳の破綻している国も早々ない。

「道徳の問題なんじゃな」

「国民はそれを指摘されたらキレるけどね。でもそれが事実だよ」

「だけど、道徳を覆すのは容易じゃないっすよね」

 チンピラ風情のゴブリンの青年、イヴァン氏が眉を寄せる。

「そうだね。人の考えを変えるのは難しい。だけどそれは、中世までの話だよ」

 イヴァンの言葉にアルヴィンが、いつも通り微笑んで答えた。中世までなら無理な事を、今ならできる。そう言っているも同然だった。

「どういう事ですかな?」

 ショーペン氏の質問に、アルヴィンはにっこり笑った。

「この国には表現の自由がある。つまりはマスコミの力を利用する」

 確かにマスコミの力は絶大だ。人々はサブリミナル効果で色々な事を刷りこまれる。テレビや新聞で報道されたことは、真実だと鵜呑みにしてしまいがちだ。それには確かに情報操作も含まれるが、それには政治家や人民団体など裏の力が働いていて、必ずしも正義が通用するとは限らない。

 そう党員たちは主張したが、アルヴィンはやっぱり笑った。

「ならば、何を報道するのか、俺達が選択する立場になれば問題ない。そうだろ?」

「確かにそうっすけど、どうするんすか?」

 イヴァン氏の疑問に、やっぱりアルヴィンはにっこり笑う。

「決まってるじゃないか。テレビ局や新聞社を買収するんだよ」

「えぇっ!?」

 汚職問題の解決を公約に掲げているというのに、率先して汚職をしようというのは一体どういう事なのか。全員が詰め寄ったので、慌ててセルヴィがそれを制して落ち着かせた。

「ごめんごめん、俺の言い方が悪かった。賄賂を贈って言う事を聞いてもらおうって言うんじゃないよ。俺が言っているのはね」

「なるほど、企業買収か! 道理で最近アンタ、株価株価うるせーと思ってたんだよ」

 ルキアが気付いて回答し、アルヴィンは満足そうにうなずく。要するに、アルヴィンは賄賂を贈るのではなく、マスコミ各社をカネの力で乗っ取ろうと言っているのだ。

 それを聞いて、党員たちは鳥肌が立った。誰かが考えた事はあっただろうが、それを本気で実行に移そうという者など見た事もない。これが天才と呼ばれた帝国主義の始祖なのだと思うと、党員たちは戦慄が走る。

 この話を聞いて、ニコラスだけはクスクスと笑った。

「お話は分かりました。お金なら貸しますよ」

「ありがとう! ニコラスは本当に優しいな! 本当に頼りになるよ!」

「いいえ、マスコミを買収できるなら、これほど心強い事はありませんからね。私は世界の情報を操作するのが夢でしたから……!」

 どこか恍惚の表情でニコラスはウットリしている。彼にとって本望なら、それもまた美しきかな。

 結局発案者と出資者の利害が一致して、後はどのように買収を進めるかという話になる。

 以前アルヴィンの後援会会長のプロデューさんに聞いた話によると、今の報道業界上層部はどこもかしこも真っ黒。政治団体、右翼左翼に人権団体や外国など、どこかにパイプを持っていて、そっち寄り報道をするのがそれぞれの会社のお家芸らしい。

 ということは、その報道機関の大株主になったとしても、その厄介なパイプが切れるかというと、それは別問題となってくる。

「つーことは、株式を取得しつつ、直接経営陣を倒すしかねぇよな」

 そうなると、ただ単に株を保有すればいいという話ではなくなる。一番効果的なのは、M&Aだろう。

「じゃぁ決まりだね。俺たちで報道機関を作って、他のテレビ局や新聞社を吸収合併する。これで決まり!」

「決まりって、そう簡単にいくかなぁ」

 頬杖をついてぼやくセザリオに、アルヴィンはニヤリと笑う。

「出来るよ。なにせ俺は稀代のタラシだからね。お前もその血を受け継いでいるんだ。大丈夫大丈夫」

 確かにアルヴィンは、歴史に名を残すタラシである。そう言われると、出来る気がしてきた。


 実際にその活動を始めてみると、親子そろって泣き落としだったり、正義を訴えてみたり、甘えてみたり、恫喝してみたり、坦々と理論を解いてみたり。相手によって態度を使い分けて、セルヴィは「もうお前ら俳優かよ」と思いながら見ていた。

 勿論納得しない相手もいたが、そう言う相手には金の力で強硬手段に出た。そうしていくつかの報道機関を吸収合併して、テレビ番組では「汚職ダメ、カッコ悪い!」という旨の報道が多く叫ばれるようになる。

 この効果が表れるのには数年以上の時間を要するだろう。だが、マスコミによる刷り込みの効果は確実に現れる。それは若ければ若いほど、如実に表れるはずだ。

 現実に、汚職撤廃を求める若者による学生運動が各地で起き始め、殊に学閥の偏差値の高い大学でそれが顕著だった。有名大学の学生を確保したい企業は、その大学の学生を確保するために、自社がいかにクリーンな企業かをアピールする必要があったし、その実績も求められるようになる。最初はポーズだけだろうが、その実態が表面だけだと知れ渡ったら余計に問題が大きくなるから、時間はかかるが企業改革も少しずつ進められるだろう。

 とりあえず、汚職と失業率の解決に一歩進んだ。まだまだ道は長いが、アルヴィン達のしでかしたいくつもの報道機関の買収にいち早く気付いた政治家たちは、すぐに自由への賛歌に目を付け始めた。

「さぁて、ここからどうなるのかな? 楽しみだねぇ」

 多分ロクなことにならないと思う。ああいう狸オヤジたちは、絶対に邪魔してくる。誰よりもそれを理解していそうなアルヴィンは、誰よりも楽しそうだ。

 なんだかんだで、ルー・ガルーも結局は戦闘種族なのだ。血沸き肉躍るのは何も戦争だけではない。政争だって十分に男をたぎらせる。

 そして、こういうオッサンの骨肉の争いが大好きなセルヴィも、ワクワクしながら今後の展開を見守るのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ