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34 化物の脅威

 そうはいくかとドアが開いた。

「オイィィィ、色ボケ党首何やってんだ」

 ルキアとマルクス、セザリオと秘書のエヴァが入ってきた。

 慌てて服を整えて離れるセルヴィ。いくらなんでも弟に目撃されるのは恥ずかしい。アルヴィンはつまらなそうに口を尖らせた。

「邪魔するなよー」

「そりゃするよ! ここどこだと思ってんだ!」

「元老院議事堂」

「わかってんなら少しは慎めよ! アンタ仮にも元老院議員だろ!」

 ルキアの叱責に、アルヴィンはいつも通りに爽やかスマイルを返した。

「仮にも元老院議員が感情的に怒鳴るもんじゃないよ」

 もっともらしい意見にルキアは喉を詰まらせたが、誰のせいだとセルヴィは思った。

 どうやら一緒に昼飯をというお誘いのようで、話しに乗ってすぐに食堂に入った。一番奥の席を取って、6人で腰かけた。

 食事をとりながら他愛もない話を始めると、少ししてアルヴィンがセザリオに向いた。

「秘書のエヴァってお前の彼女?」

 セザリオは違うと言った。どうやら大学で出会ったらしく、吸血鬼や人狼ではないが、彼女も人間ではなかったようで、セザリオの話を聞いて面白そうだ、という理由でついてきているらしい。

 エヴァ・ストレーガ。彼女は悪魔と契約して呪いを受けた魔女。男から精気を吸い取るリリスと言う色魔。

「ふーん、じゃぁお前エヴァにお世話になったんだ」

「なるわけないだろ。俺はまだ死にたくない」

 パスタをフォークに絡めながら言うセザリオの隣で、エヴァは口を尖らせた。

「セザリオったら、何回誘っても全然乗ってこないから、アタシつまんなーい」

「うるさいよ。君その為に俺についてきたんだろ」

 エヴァはペロリと舌を出す。どうやら狙いは元老院に詰めるオッサン達のようだ。元々その為のエヴァでもある。政敵またはアルヴィンを骨抜きにして過労死でもしたら万々歳、というわけだ。

 つくづくセザリオの腹黒さに感心を覚えたが、アルヴィンは溜息を吐いた。

「お前さ、俺への復讐ちょっと待っててほしいんだよね。あと20年くらい」

 ちょっとじゃないんだけど、と誰もが思ったが黙る。

「情勢が安定したら受けて立つけど、少し懸念すべきことがあってね」

 笑顔だったが真剣そのものでそう言うので、「懸念すべきこと」が気になった。

「なにかございましたか?」

 一応ここでは秘書と先生と言う建前があるので、人がいる時には秘書らしくする。

「ほら、こないだのネット会談だよ」

 そう言われて思い出す。マルクスの所にメールで会談の申込みがあったが、忙しかったのでアナスタシアに名代として出席してもらったのだ。

 その会談で議題に上がったのは、ヴァンパイア族が吸血鬼殺しの化け物を誕生させてしまって、それ故に吸血鬼の種族が狙われるかもしれない、という話だった。

 アレハンドロなんかはその話に乗って戦いを仕掛けるとの事だが、概要だけ聞いてアルヴィンは「無理」と一言で切って捨てた。

 正直な話、そんなつまらない戦いよりも、この国を再生する事の方が忙しいのだ。何よりも化物が安心して暮らせる地域を作る為に行っているのだから、明らかにアルヴィンの活動の方が重要度が高かった。


 だが、その吸血鬼殺しの少年、アレックス・パーカーの存在を軽視しているわけではない。

 今ギリシャにはトワイライトのメンバーで議員になっている者が20名以上、その家族や血族の物を合わせると200名を超える人数が住んでいる。クレタ島の化け物島への改造は計画に移したばかりで、まだまだ完成には遠い。

 非戦闘種族から順に移住していっているが、色々とお掃除や後始末、腐った政治家との折衝などやることは多い。

 まだ十分に運営できていないこの段階で、吸血鬼殺しの化け物なんて厄介な者に襲撃されてはたまらない。

「ダンピールとかストリゴイとか言ったかな。昔会ったことあるの、覚えてるか?」

「あー……うん」

 苦々しい顔をして、セザリオが頷く。何百年前か忘れたが、似たような化物に遭遇したことがあったらしい。

 その吸血鬼殺しの化け物は、吸血鬼を前にしたら、とにかく殺さなければ気が済まない、完全なるバーサーカーと化す。そんな相手が街中に現れては堪らない。

「現時点では政治路線を頼りにするのは無理だろ。だから俺達でどうにか対策を練るしかない」

 アルヴィンの言葉に、マルクスも溜息を吐きながら頷く。

「えぇそうですね。ヴィンセント達が討ち取ってくれるのが、一番有難いのですが」

 それにアルヴィンはマルクスを見やった。

「ヴィンセントって言うと、あの不死王か? 最強って名高い奴」

「そうです。彼もトワイライトのメンバーです」

「ふーん、なんで選挙に参加しなかったんだ?」

「ヴィンセントは昔から厭世的な男で、あまり身内以外に関わろうとしないのです」

「なるほどね。しかもそんなトラブル抱えてるんじゃ、選挙なんて無理か」

 アルヴィンがヴィンセントに興味を持っている様子を見て、マルクスが尋ねた。

「彼に何か?」

「別に? 強い奴は使えるなって思っただけだよ。まぁ今はそれどころじゃないみたいだけど、その内勧誘したいな。ノリそうな奴ではなさそうだけどね」

 その提案にマルクスは渋い顔をする。

「そうですね……彼は何というか……戦争屋なので。戦争が起きた際に助けを求めれば、喜んで駆けつけてくれるとは思います」

「頭おかしいんじゃないのソイツ」

 餌が戦争とはどういうことだ。セルヴィもアルヴィンと一緒になって首をひねる。

「俺は戦争ってあんまり好きじゃないんだよね。金もかかるし人も死ぬし、効率が悪いったらないよ」

 平和などではなくて、効率で考えるあたりがアルヴィンらしいと言えばらしい。というよりも、この国は経済的にマジでヤバいので、本当に戦争などしている場合ではないのだ。

 とりあえず、吸血鬼殺しの化け物アレックス・パーカーについては、トワイライトのメンバーの中から、戦闘に特化した種族が自警団を作って、吸血鬼の種族を守るという事で方向性が決まった。ちなみに人狼は、身体能力では吸血鬼の中でも断トツで秀でているので、警護など必要ない。

 セルヴィも戦った事などないが、とりあえずアルヴィンの傍にずっといるのだから、その点では安心だろう。何しろアルヴィンはルー・ガルーの真祖だし、この一族の中では最も強いのだから。

 結局、2週間ほどしてから、アレックス・パーカーは捕まえたからもう安心です、という報告がヴァンパイア側からあったので、トワイライトのメンバーは一様に胸を撫で下ろしたのだった。

 皮肉にもセルヴィは吸血鬼殺しの化け物によって、化物と言うのがどんな脅威なのかを、改めて認識する事になったのだった。

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