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32 選挙活動 3


 事務所だ。テレビ局の取材もきている。セルヴィもアルヴィンの傍に待機して、プロデューさんをはじめとした後援会の面々も緊張の面持ちでテレビにかじりついている。

 テレビの液晶の中では、アナウンサーが次々に渡される資料に目を通し、その画面も次から次へと変わっていく。


 比例代表制元老院議員選挙の開票速報だ。


 報道が始まって約10分、ようやくアテネが映し出された。開票率は現時点で20%、議員の定数は47名、対して候補者は65名。

「あぁ、じゃぁまだ全然わかんないかなぁ」

 だが、この国、特に南部は政治や選挙に関する関心が高く、投票率は毎回80%を上回っている。

 新たに書類を受け取ったアナウンサーが声を張った。

「速報です! 当確! 当確が出ました! えっと……アルヴィン、アルヴィン・ディシアス氏の当選が確実となりました!」

 まさしく速報に、アルヴィン以外の全員が声をそろえて叫んだ。

「速えぇぇぇぇぇ!」

「速報だけにねー」

 本人以外は全員腰を抜かしそうになったが、ややもすると事務所は歓喜に包まれて、みんなが大喜びで抱き合って、取材に来ていたアナウンサーたちにまでビールやスパークリングワインをぶっ掛ける始末だ。

 他の候補者は軒並み元々議員だったり二世だったりが多かったのだが、何と言ってもアルヴィンはこの10年間やることがとにかく派手だった。

 テレビ出演とベストセラーで有名人になり、金に糸目を付けない大盤振る舞いで、寄付・救済なんて日常茶飯事。老人ホーム、保育園、大学などの講演でオールラウンドにモテモテだ。

 たまに町に飲みに出かけたりして、市民がアルヴィンだと気付くと

「じゃぁ今日は全員俺のオゴリ!」

 と、店中の勘定を(借金で)支払ったりもして、市民からは「あの人超いい人」と大人気。芸能界でも同じことをやっている。

 他の候補者たちも当然強敵だったのだが、アルヴィンの派手さの前には霞んでしまったらしい。

 お陰様で借金は天文学的な数字になってしまったわけだが、これも結果オーライだ。目的が分かっている以上は、セルヴィもその事で責めたりはしなかった。


 ちなみにルキアからの借金は返した。借金をして返した。クウィンタス城に行き10億ユーロ持ってお返しすると、ルキアは目を白黒させた。

「待て待て、どうやって用意したんだよ」

「ん? 借りたんだ」

 アルヴィンが悪びれる様子もなくそう言うと、ルキアはずっこけた。

「またかよ! それただの多重債務だぞ!」

「ヘーキヘーキ。これ貸してくれた人、異常に金持ちだからポーンと出してくれた」

 貸してくれたのはニコラスだ。資産が800兆を超える彼らはイイ金づるだ。10億貸してくれと強請ると二つ返事で了承してくれて、翌日には秘書のメアリが届けてくれた。

「なんかもう金銭感覚おかしくなりそうです」

「借金も10億ともなると、逆に借りてる気が失せそうですね」

 と言いながらメアリも10億ユーロ入ったケースをぞんざいに扱う物だから、やはり感覚の狂いは否めないようだ。


 そうしてみんなで喜びながらも、落ち着き払ったアルヴィンはテレビから視線を外さない。周りは放っておいて、セルヴィもテレビに見入った。

 そしてテッサロニキ。議席数は30名、対して候補者は58名で、結構な激戦区だ。

 農業と海運業で栄えるテッサロニキは、他の候補者は実績モリモリの年寄りばかり。地元が輩出した大富豪、青年実業家ルキアはビジネス雑誌にも取り上げられたりしていたので、ものすごく目立つ。会社も第一次産業支援も福祉も、今日という日の為に頑張って来たのだ。お陰様で福祉関係の支援が強く、ルキアの投資を受けて開業した農業団体などは勿論ルキアをバックアップしている。

 それでもこう言ったことは初めてなので、ルキアを筆頭にしてアナスタシア、マルクス、ポリシアも緊張の面持ちでテレビを見つめる。

 テレビの中では同県の他の候補者が次々と当確を決めていく。後援会のメンバーも祈りながら手を組んだ、その時。

「えーただいま新たに当確が出ました。ルキウス・クウィンタス氏が当選確実です」

「ぃやったぁぁぁぁ!」

 喜んだはずみにアナスタシアを目一杯抱きしめて、アナスタシアは痛がって腕の中で悶えた。

「痛いじゃない! バカ力!」

「やったよー! アナスタシア! やったー!」

「ちょっと!」

「うわー! 頑張った甲斐があったー!」

「聞いてるの!? 離してったら!」

 聞いていない。仕舞にはアナスタシアが諦めてしまって、周りは喜びながらその様子に笑った。


 そんな中、アテネの選挙戦の模様に切り替わった。ようやく落ち着きを取り戻したルキアも、その様子を見つめた。

 開票速報が始まって、既に1時間経過している。首都なので他よりも開票には人員を割いているらしく、アルヴィンを初め既に10人以上の当確が出ている。

 セザリオのかねてよりの後援会会長は法務省時代の上司だ。元同僚たちも応援にやってきて、セザリオの応援演説には法務副大臣が街頭演説に立ってくれた。

 セザリオは議員なのだがファッションリーダー的存在で、20代~30代男性の支持が厚く、イケメン議員として女性からも人気があったセザリオだが、テレビの中のセザリオは緊張の面持ちだ。

 現地に赴いたアナウンサーがセザリオに質問をしながら事務所の外に視線を送る。カメラの視線も窓の外に行くと、事務所の外では若い女性が黄色い声援を送っている。

 振り返ったアナウンサーが若干敬遠気味にセザリオに尋ねた。

「……まるでアイドルですね?」

「……そうですね。支援と声援に応えられることを祈っています」

「この分なら大丈夫っぽい気もしますけど。あっ!? スタジオにお返しします!」

 突然アナウンサーが慌てた様子でそう言うと画面が切り替わり、報道スタジオが映される。

「新たに当確が出ました。セザリオ・ディシアス氏の当選が確実です」

 本人はもちろん、ルキア達もセルヴィ達も万歳をして喜んだ。

「よかった! 3人とも当選したね!」

 喜んでアルヴィンの肩をバシバシと叩くと苦笑された。

「そうだね。でもまだ終わってないよ」

「え?」

 言われて改めて視線が注がれる、テレビの中。

「速報です。ニコラス・グレイ氏の当選が確実となりました」

「……え?」

「メアリ・フェゼス氏の当選が確実となりました」

「……は?」

 ルキア達も同様にテレビにかじりつく。その後報道される幾人かに、マルクスが

「トワイライトのメンバーが何人もいる……」

 と呆然とした。得票グラフと音声だけだったのだが、有名な候補者でない限り現地の様子を報道したりはしないので、さして不思議でもない。

 慌ててセルヴィが電話をかけると、電話に出たのはメアリだった。

「どういう事ですか!?」

「面白そうじゃありませんか」

「いつの間に選挙活動してたんですか!?」

「特に何もしていませんよ。ポスターとビラを作って1回演説した位でしょうか」

「よくそんなので当選しましたね?」

 当然の疑問にメアリは電話口で笑って応えた。

「そりゃ当選しますよ。こちらには先生と言う天才ハッカーがいますしね」

 どうも侵入して得票数を記録したデータを改竄したらしい。聞くところによるとニコラスの発案で呼びかけ、トワイライトのメンバーがこの国に大勢引っ越してきた。そして同様の手法で当選したメンバーは20名を超えている。

「ず、ズルい!」

「うふふ。アタマはこうやって使うんですよ」

 メアリは上機嫌で電話を切ってしまった。


 報道を見ながらアルヴィンは満足そうに笑う。

「ニコラス、彼はよくわかってるね。助かるよ本当。これだけいれば政党の運営も何とかなりそうだ」

 ご満悦だ。結局何もかもアルヴィンの思惑通りに行ってしまって、セルヴィは溜息を零すしかなかった。



 スーツに身を固めて、初登院。見上げるのは元老院議事堂。

「政治家やんのも2000年ぶりだなぁ」

 私設秘書として就くことになったセルヴィも隣に立つ。

「こっからが本番かぁ。頑張ろうね」

 アルヴィンを見上げて笑うと、アルヴィンも笑い返した。

「勿論だよ。なんならまた王政復古させてやろうかな」

 この国は現在共和政だ。

「また王政復古?」

「俺は共和制を倒壊させる運命らしいよ。ねーマルクス」

 いつの間にか背後には、ルキアと私設秘書としてマルクスが立っていた。

「……そうですね。これからまた、ユリウス様と仕事をすることになるとは、夢にも思いませんでした」

「ハハハ、俺も。ルキアを頼んだよ」

「はい」

 歩を進める先、元老院議事堂の周りは報道陣が詰めかけ目が眩むほどのフラッシュが焚かれている。

 政治に化け物が参入する。この国は化け物により、生まれ変わる。

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