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31 選挙活動 2


 というわけで、マルクスに聞いてギリシャから一番近い所に住んでいる化け物一族の元へやって来た。

「こんばんは! 今を時めく政治評論家、アルヴィン・ディシアスと秘書のセルヴィです!」

 ここはブルガリア。やって来たのは大きな病院だった。驚いたことにその化け物は医師で、病院の院長らしい。

 あらかじめ予約を入れていたので、院長室に通されて挨拶をすると、白衣を着てメガネをかけた、黒髪のエンプーサの青年が出迎えてくれた。

「初めまして、ニコラス・グレイです」

「アルヴィン・ディシアスです」

 二人はにこやかに握手して挨拶を交わすと、それぞれソファに腰かけた。少し世間話をした後、アルヴィンの考える「ゾクゾク☆化け物ランド」計画の全容を語った。

 話を聞いたニコラスは、この計画に食いついてきた。

「いいでしょう。はは、それは実に、楽しそうですね」

 ニコラスの返事に満足したらしいアルヴィンが、追加で説明をした。

「でね、まずはカルテルを何とかしてほしいんだ。というのも、全人口の10%も公務員がいるんだよ。おかしいでしょ、ウチの国。公務員と犯罪カルテルとの癒着も問題なんだ。あ、勿論見返りは用意するよ。カルテルは主に南部、それと北部に根付いてるんだけど。勢力のデカイ組織を叩いて、カルテルの安住の地はここにはないって牽制すれば、小さいところは台頭しにくいんじゃないかと思うんだけど、どうかな?」

「うーん、そうですね。ただ殺すというのは勿体ない。仮に組織を潰したところで、他の所の台頭を抑えられるとは思えない」

「ならば?」

「要するに問題は、公務員や政治家との癒着と、カルテルの収入源でしょう? 廃業に追い込んでしまえばいい」

「どうやって?」

 アルヴィンの疑問にニコラスは愉快そうに笑う。

「カルテルと同じ方法を取ればいいですよ。詐欺・恫喝・地上げ・人身売買。カルテルを撲滅することが目的じゃなく、その後に目的があるなら、そっちの方が後々有効だと思います」

 そう言って笑ったニコラスに、アルヴィンは嬉しそうに笑った。

「あはは! いいね君、すごいね。よく気付いたね」

「それはどうも。まぁこの件は私に任せてください。後はこちらで何とかしましょう。人手も多いですし、我々は人海戦術と頭を使うのが得意なので」

「ありがとう。助かるよ」

 セルヴィにはサッパリ意味が解らなかったが、二人の間では何か通じ合うものがあったようだ。

 結局具体的にどうするのかは最後まで教えてもらえず、「お楽しみ」とはぐらかされてしまった。

 帰り際、ニコラスの秘書が言った。

「私もわからないんですけど。完全犯罪にかけては、先生はプロだから何とかなるんじゃないでしょうか」

「完全犯罪にプロとかあるんですか」

「ありますよ。だって先生は、自分では何にもしないで家族のの仇を、一族郎党全員死に追いやりました。それも事件にすらなっていないですし」

「……それはすごいですね」

 ニコラスの座右の銘らしい。

「犯罪は発覚した時点から犯罪になる。発覚しなきゃそれは犯罪じゃない」

(すごい発想だわ。さすが化物ね)

 それだけ頭が良ければ、自らの手を汚さずとも邪魔者を抹殺するくらいは出来そうだ。

 そう言った実績があるので、余計に仲間内では「チキン野郎」呼ばわりされているとの事だが、セルヴィも人の事は言えないのでニコラスを応援することにした。



 その結果が現れたのは選挙活動開始後だった。選挙戦が始まった頃、カルテル同士の抗争が勃発した。警官たちも鎮圧に介入して、それで収まるかと思いきやさらに再燃。激化する抗争にニュースの話題はそれに持ちきりになる。

 事の発端は、組織Aの構成員が組織Bのボスの孫を射殺したことだった。その孫はまだ6歳だった。孫を溺愛していたBのボスは当然Aに戦争を仕掛ける。

 通常そう言った抗争は1日か2日でカタが付くか、冷戦状態が長期にわたって続くものだが、今回は戦争状態が1か月以上の長期に渡った。

 沈静化しては再燃、それが繰り返されて、そもそも銃火器などには大金が必要となる。どちらも経済的に苦しくなってくると、それぞれAとBに協力を表明する別の組織が現れる。そうして援軍を得た両陣営は再び戦端を開き……。

 そう言った状態がしばらく続き、名だたるカルテルも、自分たちの都合にかこつけて参戦し、入り乱れの抗争が展開した。

 そして主要なカルテルの資金が底を突きはじめた頃に、彼らはなけなしの金をはたき腕利きの暗殺者を雇った。それでそれぞれのボスを暗殺させた。

 カルテルはその時になってようやく事態の深刻さに気付く。ボスを失った。金もない。構成員も大部分を失い、抵抗力のなくなったカルテルは後は警察に捕縛されるのみ。

 動揺の広がるカルテルの前に、ある日サラリーマンが姿を現す。そのサラリーマンは大型トラックいっぱいの金塊を指さして言った。

「土地、産業、動産不動産、あらゆる資産を買い取らせていただきたい。金さえあれば、どこでだって台頭できる」

 構成員の一人が反論しようとした刹那、更にサラリーマンは言った。

「別に、あなた方でなくても構わないのですよ。こちらはただ、土地が欲しいだけですから。金が要らないというのなら、他を当たります」

 そうして、全ての組織がその甘言に籠絡された。

 土地、産業、財産を無償で譲渡する。そう記された契約書を握ったサラリーマンは金塊の乗ったトラックを置いて立ち去る。カルテルは期限日までに引き上げて行き、彼らの所有していた土地、風俗店などの産業の一切を手放し、金塊の乗ったトラックと共に別の土地に移った。その際にサラリーマンが進言していた。

「準備も色々と必要でしょうから、住むなら島をおススメしますよ」

 そうしていくつかはクレタ島に移った。その後クレタ島に住む一般人達が何人もバルカン半島に避難して来た。カルテルの犯罪者に襲われたのだと言って。クレタ島は領海封鎖された。


 絶海の孤島と化したクレタ島の中で起きていたこと。グールと化した構成員たちが、人間を喰っていた。

 その頃カルテルから買い上げた土地は着々と開発されて、産業はカルテルへのマージンを必要としなくなったため自由競争の波に乗り、産業革命と言わんばかりの勢いで事業展開が計画された。

 そのタイミングで新たに買い入れを申し入れたのはルキア。ルキアがいくつかの企業と土地を買い入れたのは、アルヴィンの指示だ。

 そんな時、クレタ島に渡らなかったマフィアの一部が、サラリーマンの元へ押し寄せた。サラリーマンが渡した金塊が、金メッキを施しただけの鉄の塊だったからだ。しかし契約書にある住所地は小さな教会が建つのみで、何もない。連絡も取れない。

 錯乱状態に陥ったカルテルは、以前自分達が所有していた地域に現れ、ボスを出せと喚きたてる。その構成員は待機していた警官隊に悉く捕縛された。

 捕縛された構成員たちは警察に訴えた。

 自分達は騙された。金塊は偽物だった。詐欺だ。土地を奪われた。このサラリーマンは行方をくらましている。

 そう言って警察に提示した契約書。警察官はそれを見て鼻で笑った。

「土地、産業、財産。“無償”で譲渡する、って書いてあるぞ。ちゃんとお前のサインもある。プロのくせに、こんな詐欺に騙されてバカだな。仮にこの契約書が無効だったとしても、金メッキの鉄の塊、それも売れば金塊ほどじゃなくても少しは金になるだろう。そもそもその金を使ってまた抗争しようとしてたんだろ。仮に詐欺で訴えても、棄却されるのは目に見えてる。上とつながりがあったのはお前らのボスであって、お前らじゃない。資産を持たないお前らには、最早こっちだって用はないんだよ」

 マフィアの孫の射殺、抗争の勃発、長期化、他の組織の参入、クレタ島の領海封鎖と吸血鬼化、謎のサラリーマン、暗殺者、残党の一斉検挙。

 すべてが、ニコラスの計画通り。


 事の顛末を見届けて大いに感動した様子のアルヴィンは、すぐにブルガリアにお礼をしに行ったが、現金などはいらないと断られた。

「なんで?」

「カルテルからほとんどの財産を没収しましたから」

 抗争が激化しているさなか、彼らの資金が減少したのは抗争のせいだけではない。

 ニコラスの才能の一つ、情報操作。その知恵を持って銀行口座にハッキングし、有価証券や口座の残高を操作して財産を自分たちの口座に移してしまっていた。

「お陰で私達の資産はその辺の国家予算より多いですよ」

 見せられた丸の数を数えるのに時間がかかった。何度も見直してようやく声に出した。

「は、は、800兆!?」

「まぁ、12個程の組織から頂戴したので。そのくらいになるでしょう。ですから」

 ニコニコと笑ったニコラスがビラを差し出した。

「折角土地が手に入ったので、そこで我々とトワイライトの有志、一丸となって頑張りますよ」

 その提案にアルヴィンは一層喜んで手を叩いた。

「君は本当にスゴイ! よくわかってるね! 是非一緒に戦おう!」

 こうして目立ったカルテルは警官に捕まり、使える構成員はクレタ島に幽閉。土地も産業も財産も、何もかもがトワイライトの手中に収まった。

「でも、いいの? 彼らの私有財産になって」

 そうなってしまうとあまり意味を感じない気がした。

「だーいじょうぶ。ニコラス達は現金には興味あるけど土地には興味ないみたいだからね。政治に関与できるようになったら、土地は国が買う。勿論クレタ島もね」

「で、どうするの?」

「んん? お楽しみ」

「もう、いつも内緒にするんだから」

「後に取っておいた方が、より美味しくなるよ」

 風が吹いて新聞がめくれた。新聞が喚きたてている。表紙を飾っているのは、アルヴィン。


 反カルテル主義・反汚職主義を唱えながら、その抗争に巻き込まれて死んだ市民、クレタ島の住人、死んだ構成員たちを追悼する姿。

 見出しにはこうあった。

「命の重さは同じではないが、命の尊さは同じである」

 化け物にとって人間は、善人だろうが悪人だろうが、血の詰まった袋でしかない。その紙面で語るアルヴィンの理想国家。

 戦いのない国、抗争のない国、経済的な正義。真の意味での自由への賛歌の実現。今回の抗争は、人々にその平和の重要性を再確認させた。カルテルの死は価値のある物であった。

 彼らがかつて占有していた物は、そこで働く人民により自由に運営されるべきである。自由競争こそが経済の発展に貢献する。そして、正義こそが経済成長を促すファクターである。私がカルテルなくなった世界で望むこと、それは人々の自由と正義の中にある。


 人々は正義と言うお題目が大好きだ。汚職に関わる者が討伐されたことを正義だと、有名人が謳うのを見て市民がどう反応するのか。決まっている。これがマスコミによる刷り込みなのだ。

 新聞を見て笑うアルヴィン。それを見てやっぱりセルヴィは、なにもかもアルヴィンの思い通りに行く気がした。



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