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30 選挙活動 1

 それから10年後。

 この10年で3者を取り囲む状況も大きく変化した。

 ルキアはギリシャ北部の中央マケドニア、ギリシャにおける第2の都市で、第1次産業・不動産の投資を足掛かりに、マルクスとアナスタシアの手を借りながら着々とその会社の規模を拡大した。

 孤児院、養護施設、学校、障碍者支援などの福祉施設の経営をメインに、前述の産業と不動産投資による地域振興・産業発達・社会福祉信託をスローガンに掲げる新進気鋭の大企業“ツァーリ・イルミナンテ”の若き社長としてその名を馳せている。更には現ロマノフ皇家(アナスタシアの叔父の嫡流)との接触を図っているとの噂だ。

 セザリオは首都アテネの法務省でエリート官僚としての地位を築き、既に現在はローマ市議として活動している。イケメン若手議員としてローマ内での知名度は高く、今後元老院議員選に出馬して来るのも時間の問題だ。元々法務省出身という事もあり、政界にはこの3人の中で一番顔が利く。

 そして当のアルヴィンは、まずは文筆家としてスタートを切った。その原稿を新聞社や出版社に送り付け、その書評が広まると一気に知名度が上がり、著書“自由への賛歌”は痛烈な批判、的確な評価、斬新な提案、簡潔で読みやすい文体が若年層にも支持され、人々の政治的好奇心を煽りベストセラーとなった。

「政界進出しないんですか」

 なんてインタビューは既に何度も受けているし、現在は連載なども書いている、大人気の政治・軍事評論家としてメディアにも引っ張りだこだ。

 北からは資金力と実業家手腕を元に勢力を拡大するルキア、首都では実績と人脈を武器に確実に階段を上るセザリオ、全国的に高い知名度による人気票を狙うアルヴィン。

 こうして、戦いの構図は整いつつあった。



 セルヴィはこの間アルヴィンの秘書的な事をしていただけで、特に何もしていないと言われれば、否定はしない。校了と聞けば編集担当に原稿を取りに来てもらったり、取材の電話をかけたり受けたり。

 それでもそれなりに忙しかった。何と言ってもアルヴィンが執筆とそれに関する仕事をする時間と量は、余りにも膨大だったのだ。

「政治家になったら多分もーっと忙しくなるよ」

 と言われて、完全にナメていた事を後悔している。


 そしていよいよ来年は選挙だ、という時が迫ってきた。当然3人とも出馬を表明。このあたりのタイミングは、一応セルヴィやアナスタシアが仲介になって示し合わせていた。

 ここにきて二人で話し合う時間が出来た。

「ねぇ、事実上この選挙が最初の戦いになるわけだよね?」

「そーだねぇ。ま、俺は当選すると思うけどね」

 自信満々だ。当然その自信に根拠はあるし、セルヴィも認めるところだ。

「でもさぁ、もしルキアとセザリオが落選したらどうする? その後の本番が展開しないよ。ルキアはまだしもセザリオはアテネの選挙区からだし、競争率高いから大変そうじゃない?」

 議員枠の定数には当然地域によって違いはあるが、ローマは首都だけにその枠も多い分、競争率も高い。

 セルヴィの心配にアルヴィンはいつも通りに笑う。

「こんな所で躓くようじゃ、俺を超えるのは不可能だね。けどま、ちょっと追い風立ててやるか」

「うん」

 恐らくセザリオが知ったら、即怒りの電話がかかってくるだろうが。



 しばらく経って案の定、激怒したセザリオから電話がかかってきた。

「余計なことするな! 次こんな真似したらセルヴィ寝取るからな!」

 そう言って乱暴に電話を切ってしまったので、やれやれと息を吐いてアルヴィンはやっぱり笑った。

「そりゃ怒るよ……」

「アッハッハ、まぁいーさ」

 先日アルヴィンはテレビ番組に出た際、こんなことを言った。

「立候補されるそうですが、他の候補者についてはどう思われますか?」

 番組内でその質問をされて、アルヴィンはやっぱり笑顔で言う。

「俺としてはセザリオ・ディシアスには是非とも当選してほしいですね」

「はぁ。確か元法務省の市議……ですよね、なぜ?」

「アイツ、俺の家族なんですよぉ」

「そうなんですか! それはそれは……」

 おかげでセザリオは一気に知名度が上がり、今まで大してなかった取材が押し寄せたらしい。

「いーの? 敵に大量に塩贈っちゃって」

「いーのいーの。塩でも砂糖でも、いくらだって贈ってやる」

「自信満々」

「まーねぇ」

「お陰でウチは借金だらけだよ、この借金王」

「まーねぇ」

「褒めてないし!」

 原稿料や出演料、収入のほとんどはアルヴィンがパーッと使ってしまって、しかもかなりの借金をしている。借りる先はほとんどがルキアだが、貸し倒れの不良債権になったら企業の存続が危ういというほどの金額だ。

 その金の使い道、返すあて、それを把握しているのはアルヴィンだけ。

(なんだかんだ、結局アルの思惑通りに動いてる気がする……)

 そう思わずにはいられない、セルヴィなのであった。



 いよいよ選挙戦を始める、という時期が近づいてきた。気合を入れた様子のアルヴィンがセルヴィに指示を出した。

「よし、セルヴィ。ルキアから金借りてきて!」

 選挙は金がかかるのだ。それもわかっていたし、借金と言いだすこともわかっていたので、二つ返事で頷いてルキアの元へ行った。

「というわけで、お金チョーダイ!」

 言いながらジュラルミンケースを突きつける。それにルキアは半目になって溜息を吐き、渋々受け取る。

「そんなこったろーと思ったよ。で、いくら?」

「50万ユーロ!(約5000万)」

 金額を提示すると、ルキアはこれでもかと目をひんむいた。

「ふざけんな! 多すぎだし! 何に使ってんだよ! そんなにいらねーだろ!」

 二度目になるが、選挙には金がかかるのだ。かといって50万ユーロも必要ない。平均して10万から20万程度だ。

 ガミガミ言いだしたルキアにアルヴィンの債務を尋ねられたが、残念ながらセルヴィは把握していない。

「え? わかんない。1億くらい?」

「そろそろ10億いくっつーの! どんだけ使ってんだ! 金は自然発生するもんじゃないんだけど!? 俺が寝る間も惜しんでメッチャ頑張って稼いでんだけど!? つーか印税とかテレビの出演料とかで、かなり儲かってるはずだろーが!」

「イイから早くお金チョーダイ」

「やらねーよ!」

 しばらくガミガミ怒られたが、結局お金を工面してくれた。

(多分アルは、この為にルキアを実業家にしたわね……)

 その読みは、アタリだ。


 ルキアから借りたお金を持って、法務局に登録。その際国債などの供託をしなければならない。元老院議員選では候補者一人につき3万ユーロ(300万)と義務付けられている。また、比例代表選は政党の名簿に登記する一人当たり7万ユーロ(700万)必要だが、化け物政党を結党する予定なので無所属からの立候補となり、その分は支払う必要はない。それに比例して、当選確率は減るのだが。

 勿論選挙にかかる金はこれだけでは済まない。ビラやポスターなどの宣伝広告費、講演会の会場費、後援会の運営費、事務所にかかる人件費などの諸経費。金に余裕のある立候補者は、これらの法定外費用で10万ユーロ(1000万)は使う。が、アルヴィンはその更に上を行く。

 上を行った結果は、街頭演説の際に目に見える形で現れる。


 やって来たのは山岳地帯の町役場の広場前。集まった町民はほぼ老人で、その老人たちがアルヴィンに黄色い声援を送る。

 それを不思議に思ったのか、後援会会長を務めてくれている、アルヴィンの芸能界友達が尋ねてきた。

「なんでもうこんなに人気なんでしょうね? 確かに有名人ですけど」

「あぁ、アルはしょっちゅうここ来てましたから。ここの温泉が気に入ったって言って、倒産寸前の温泉を買い上げてテレビとか雑誌で宣伝してから、この町温泉地で有名になったんです」

「なるほど……」

 ただ単に温泉が湧き出ていた、というだけの寂れた寒村は、アルヴィンのネームバリューが付いたことで、観光地としての町おこしに成功し、その経済効果は前年比の10倍以上となったらしい。

「この町の票はもう、アルのものですよ」

「ですねぇ……」

 驚嘆したのか感心したのか、そう言って後援会長は頷く。

「驚くのはまだ早いですよ。多分今後、そう言った光景を沢山見ますから。プロデューさんにも刺激になりますよ」

「でしょうね。ていうかプロデューさんって……」

 後援会長は番組プロデューサーなので「プロデューさん」だ。


 そして別の地域では、応援演説に赤十字のアテネ支部長が駆けつけてくれた。

「なんでっ!?」

 それを聞いて驚いたプロデューさんに教えてあげた。

「アル、収入が入るたびに全額赤十字に寄付してましたから。おかげでウチは素寒貧ですよ」

「どんだけ……」

 その豪胆さに後援会長は驚いて、言葉を失ってしまった。その向こうでは赤十字の支部長がアルヴィンに対する感謝と、アルヴィンの福祉への熱意を語っている。

「彼が当選したら、きっとこの国は美しい国になるでしょう。彼の言う献血の推進、各種依存症患者の救済、これまで問題になってはいたものの二の足を踏んでいた問題。彼はきっとそれに真摯に取り組んでくれることでしょう」

 献血の推進、血液の正常化、人間の健康と言うのは、化け物にとっても大変メリットがある。どうせ食べるなら美味い物を食べたい。 医療自体は最先端だが、病床数に対する医師不足は悩ましいところ。人間たちには是非とも、正常で清浄で健康な状態を保っていただきたい、化け物の切なる願いだ。


 それがこの国では中々普及していなかった。そこに立ちはだかるのは、「怠慢」という大きな壁。

 ギリシャは民主主義かつ先進国であり、先進的な高所得経済、高度なクオリティ・オブ・ライフ、高度な生活水準を有する。一方で、数多くの資格や許認可が政治家に委ねられている構造を背景に、賄賂や汚職、脱税が横行しており、汚職指数はヨーロッパの国家の中でもイタリアと並び高いレベルにある。

 そこで掲げているアルヴィンの公約の一つ。

「俺は絶対汚職を許さない! 汚職撲滅!」


 反汚職主義。この国の汚職の問題は根深い。ギリシャショックが有名だが、ギリシャの経済はほとんど破綻していると言っても過言ではない。若年層の失業率は50%にも上り、一般市民から政治家まで、みんな賄賂と脱税を行う堕落っぷり。

 毎年ストライキが起きて、それに30%もの国民が参加するのだから、本当にこの国の経済情勢は異常だ。

 それを問題視する人間も多いが、そもそも企業連合や政治家が一丸となって不正を働くため、個人ではどうしようもない。それは政治が体系的に解決しなければならない問題だ。


 勿論抜け目のないアルヴィンは、その点にも対策を打っている。

 ある時アルヴィンが呟いた。

「うーん、どうしたら汚職が悪いことだって、みんなが分かってくれるかなー」

 それを聞いて、セルヴィは閃いた。

「できるかも! トワイライトなら!」

「なにそれ?」

「化け物のコミュニティだよ」

「そんなのがあんの!? そりゃ手伝ってもらうしかないね!」

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