3 2年前 2
近所のおばさん達が井戸端会議をしていた。
「まぁ、チャーリーの甥っこも?」
「そうなのよ」
「怖いわね。新種の病気かしら」
「だけど若い人ばかりが罹る病気ってあるのかしら?」
「子供の病気があるのだから、あるかもしれないじゃない」
「あぁ、そうねぇ」
最近隣町や近隣で若い男女が死亡するという話を聞く。他殺や自殺などの形跡もなく事故でもない。原因は不明で、大概は急性ナントカ不全で片付けられているらしい。もっぱら王道なのは病気という説で、あるいはドラッグの過剰摂取だとかそう言う噂が出ている。
おばさん達の話を小耳に挟みながら、店のドアを開けた。
あれからはマルクスが店にやってくることはなかった。最初は気にしていたが、時間と共に忘れてしまった。
そんな日の夜、月は中天から少し沈んで、草木も眠る宵闇の夜。
寝ていたセルヴィは体に圧迫感を感じて目を覚ました。ぼうっとした頭で目を開ける。最初は寝起きの為に頭が働かなくて、それが何かを気付く事が出来なかった。
が、ややもすると冴えて来た脳と目は、それを捉える。
目の前にある赤く輝く二つの目と、体を押さえつける男。恐怖で小さく声を漏らしそうになると、冷たい掌で口を塞がれた。
「静かに。すぐに終わる」
何を言っているのかわからない。これから自分の身に何が起きるのか、今何が起きているのかもわからない。
ガタガタと体が戦慄く。逃げようともがくが、抑えつけられた手足はびくともしない。恐ろしくて涙まで零れ始めた。
それを見て笑う息遣いが聞こえる。どこかで聞き覚えがあった。
涙で視界がかすんで見えなかった。ギュッと瞼を閉じて涙を払い、意を決して相手を見た。
恐怖の内に見た、月に照らされたその顔は、マルクス。
「んっ! んん!」
驚いて一層暴れたもののやはり身動きは取れない。それを見たマルクスはやはり愉快そうに笑う。
「やあセルヴィ、お前が招待してくれたから、約束通りやって来た」
なぜ、どうやって。そう問いかけようとも塞がれた口から洩れるのは呻き声だけ。察したようでマルクスが言う。
「お前は少し痩せすぎだが、まぁ貧しいのならば致し方ない。その分余計なものを口にはしていないし、化粧も香水も付けていない自然の体だ」
何を言っているのか、余計に意味が解らなかった。混乱するセルヴィに続けて言った。
「私は美食家でな。健康な若い女が好物なのだ。私が生きるために必要なことだ、許せ」
言葉と共に口を塞いだ手で顔を逸らされた。何が起きるのかと硬直していると、頸動脈のあたりに息がかかり、赤い髪が頬を撫でた。
「ふっ! んん! んー!」
「すまないな、まだ若いというのに。せめてもの侘びに、弟の方は手を出さないでおいてやろう」
耳元でぶつり、と皮膚を突き破る音がした。それと共にズキリと首筋に痛みが走った。
(刺された! 一体何が、どうして!?)
恐くて涙が溢れる。しかし混乱した思考すらも遮る、感覚。痛みが走った後、零れ出るものを啜り舐め取り、マルクスが喉を鳴らして何かを飲む音。
(そんな、バカな)
ごく、ごく、と血液を飲む音が部屋に響き、その回数も量も多い。次第に意識が薄れていく。浅い意識の中で、おばさん達の井戸端会議を思い出した。
(嘘、こんな非常識なことがあっていいはずがない。私血を抜かれて死んじゃうの。ルキアを置いて……ルキア!)
朦朧とする頭に浮かぶのは、一人取り残してしまうルキア。まだ子供のルキアが、これから一人でどうやって生きて行けばいいのか。
考えると悲しくて涙が零れる。それも意識が薄れて、思考は曖昧になってくる。
(ルキア、ルキア……ごめんね)
そこでセルヴィの意識は途切れた。
再び目を覚ました時、目を疑った。セルヴィは白い服を着て、木の箱の中に閉じ込められていた。周りは花で埋め尽くされている。彼岸花と蒲公英が好きだと言っていたから、時期的にも(安いし)彼岸花がたくさん入っていて、悟る。
(これって棺の中!?)
棺の蓋に手をやると、開かない。既に釘を打たれているようだ。頭の中で必死に状況を把握する。
なぜか棺桶の中にいる+花を添えられて既に釘を打たれている=これから火葬されます。
(ぎゃぁぁ! ヤダァァァ! 私まだ生きてる!)
慌てて棺桶の蓋を力一杯押すと、釘が抜けて蓋が開いた。なんとか蓋をどかすとボウッと音が聞こえる。周囲の噴出口にガスが行き渡り、後方から一気に点火した。
「うわー!!」
半ば半狂乱状態になりながら、必死に棺から這い出て、四つん這いになりながら棺を乗せたワゴンの取っ手をくぐり、ようやくドアに辿り着く。
「あち、あち!」
鋼鉄製のドアは既に熱いし容赦なく高温の炎が攻撃してくる。一度に骨まで焼く為に、火葬場の火葬炉の温度は信じられないほど高く、既に体中火傷している。じりじりと髪が燃える音がして、焦げ臭い匂いが充満してくる。それで一層焦りながらドアを蹴った。
「あっつーい!」
叫びながら渾身の力を込めて鋼鉄のドアを蹴り続けると、ガコン、とドアが開いた。
「ふひ、熱い、焦げ臭い」
何とか這い出てリノリウムの床にべしゃりと着地し、はぁはぁと肩で息をする。少し落ち着いて顔を上げると、先頭に立っていた神父様がポカーンとしている。その少し後ろで目を真っ赤にしたルキアが駆け寄ってきて、抱き着いた。
「おねーちゃん!」
「ルキア……よかった。なにコレ悪い冗談」
「こっちのセリフだよバカァ!」
周りはしばらく呆気にとられていたが、泣きながら抱き着くルキアと死装束を着ているものの一応生きているらしいセルヴィを見て我に返った。
「セルヴィ?」
近所のよく気を付けてくれていたおじさんが覗き込んできた。
「えーっと私死んでました?」
「心停止してたからね」
「マジですか!」
マジでとおじさんは頷く。
脳死はともかく心停止した人間を死んでいないと判断する医者はいない。そりゃ火葬されて当然だ。
「なんでしょうね? 仮死状態? とかだったのかな? アハハ、迷惑かけてごめんなさい」
神父様をチラリと見やって適当なことを言ってみる。不安だった。今火葬してこれほど人が集まっているという事は、今は昼間だ。
例のマルクスの様な化物だとしたら、映画なんかを参考にする限りは夜しか起きられないはず。だけど生き返るなんて非常識極まりない。化け物だと怪しんだ神父様に討伐されたくはない。
「ここのところやたら冷え込んだし」
「こういうこともあるのか、な?」
人々は首を傾げてざわついているが、
「でも良かったじゃないの。わけわかんないけどルキアスくん独りぼっちにならずに済んでぇ」
と言った近所のおばちゃんの言葉に、みんな一様にそうだそうだと頷いて納得してくれた。
腕の中のルキアはまだ泣いていた。
茶色の髪を撫でる。ルキアがこんなに泣くのを見たのは一体いつ振りだろう。
(あ、そうだ。おばあちゃんが死んでから、ルキア一度も泣いてない。今まで色々、我慢してたんだなぁ)
そう思うと胸がいっぱいになって、未だ泣き止まずしがみ付くルキアを抱きしめた。