27 モテる男はここが違う
リビングではマルクスとポリシア、ルキアとアナスタシアも一緒にテレビを見ていた。そこにアルヴィンが突然踏み込んできたら、当然全員驚く。
「こーんばーんはぁ」
緊張感のない間延びした挨拶にも、全員が驚いて視線を注ぐ。アルヴィンの後ろにいるセルヴィに逸早く気付いたルキアが怒号を上げた。
「ねーちゃん! 何考えてんだこのバカ!」
「え! あっ、いや」
ルキアがセザリオの訪問を打診した際、セルヴィから言いだしてマルクスに断りを入れさせたという前例があるだけに、よりによってアルヴィンの訪問が歓迎されるはずがない。
セルヴィ自身が余り状況についていけないだけに、あたふたとしていると、アルヴィンが進み出てマルクスとポリシアの前に立った。
「やーすいません急に押しかけて。実は重大なお話がありまして、協力して貰えないかなーと、セルヴィの許可もとらずに勝手に押しかけた次第なんです」
そう言ってにっこりだ。さすがにマルクスも気圧されてしまったようだが、突然の来客と言っても仮にも客だ。アナスタシアが付き人の双子に合図をしてアルヴィンを席に着け、お茶を用意しだした。
それでセルヴィもアルヴィンの隣に腰かけると、ようやく落ち着きを取り戻したマルクスが尋ねた。
「重大なお話とは?」
「実はですね、ウチのバカ息子がセルヴィを脅迫して関係を求めたらしくて」
「ハァッ!?」
やはり反応したのはルキアだった。それもそうだろう、ルキアが聞いていた話とは違う。興奮してアルヴィンに文句を言いだしたので、アナスタシアが止めてくれた。
「ルキアがセザリオの話をまんまと信じて喜ぶから、セルヴィも言いだせなかったのよ。よく考えてごらんなさいよ、アルヴィンを断ったのに、ルキアの親友であるセザリオの申し出を嬉々として受け入れて、しかも自分から正体を明かすと思う? いくらセルヴィでもそこまでとぼけちゃいないわよ」
微妙に癇に障る言い方だが、それを聞いてルキアも納得してくれたようだ。結果オーライとはこのことだ。
しかしその話で疑問に思ったらしく、マルクスが口を挟んできた。
「いや、ディシアスさん、あなたは……」
「あー言ってませんでしたけど、俺とセザリオも人狼なので。だから余計にセザリオが腹立つんですよ!」
「あぁ……」
疑問は解決したようだが、その剣幕に気圧されたようだ。
「全くあのバカ息子! 俺がフラれたと聞いて内心ほくそ笑んでたんだと思うと腸が煮えくり返る!」
「……それで、協力というのは……」
やや敬遠気味に尋ねたポリシアのお陰で、若干興奮が収まったようだ。アルヴィンはいつものように営業スマイルを取り繕って、セルヴィの肩を抱いた。
「まぁ色々誤解は解けたので、セルヴィと付き合う許可を下さい。人狼の女の子なんて出会えるものじゃないし、絶対、一生大事にするって月に誓いますから」
化物の癖に「なんなら神に誓ってもいい」とまで言い出すので、恥ずかしくなって俯き加減でマルクスとポーラの様子を窺うと、二人は顔を見合わせている。何かを視線で示し合せると、同時に視線をルキアに注いだ。
「ルキアは、どう思うの?」
ポリシアの問いにルキアは深く溜息を吐く。
「人間じゃなかったんだ」
いつになく低い声で、少し怒気を含んだ声でアルヴィンに言った。それにアルヴィンは笑顔で「そうだよ、黙っててごめんね」と返す。
「結婚したいとか言いださないよな?」
「いやそれは言いだすと思うけど」
「チッ! 色ボケ親父が」
ルキアらしくもなく舌打ちをして、口汚く罵るので少し驚いた。それにも笑顔を崩さない、さすがの強者アルヴィン。
「そりゃ言いだすよ。だって運命だと思ったし、本当に本気で愛してるから。ルキアだっていつかはアナスタシアと結婚して子供欲しいとか思うだろ?」
その問いにルキアは悔しそうな顔をして、視線を泳がせる。
「そりゃ思うけど」
「同じだよ。何なら賭けをしてもいいよ」
その申し出にルキアが顔を向けた。
「なに」
「これから向こう500年、絶対浮気しないって約束する。それ守れたら結婚許してくれる?」
その宣誓にルキアは鼻で笑った。
「バカ言わないでくれる。一生って約束できなきゃ絶対許さない」
「勿論そのつもり。もし俺が約束破ったら、ルキアが俺の心臓に杭を刺して殺してくれていいから」
「当たり前だろ。言ったからな!」
ビシッと人差し指を突きつけるルキアに、アルヴィンはやっぱり笑顔で頷いた。
それを見届けてマルクスは小さく溜息を吐いた。
「まぁ、ルキアがいいというのなら、私達は反対しないが」
「そうね、だけど、セザリオはどうするの?」
ポリシアの言葉でルキアはもう一つの、本来の重大な問題を思い出した。
「っ! そーだよアイツ! どうしようアイツ! ビックリだよもう!」
「だろ? だろ? ちょっと懲らしめてやろうかと思って」
便乗したアルヴィンに、ルキアは掌を返したように態度を変えてコクコクと頷く。
その様子が可笑しかったのか、アナスタシアはクスクス笑った。
「それで、私達の協力というのは、その事かしら?」
アナスタシアの問いかけにアルヴィンは笑って言った。
「そう。アイツの目的は多分、セルヴィだけじゃない。この城にやってくること、マルクスとポリシアに接触する事。俺への復讐も兼ねてね」
その言葉に弾かれたように目を瞠ったマルクスに気付いて、アルヴィンは笑って見据える。
「アイツは母親の事で俺を恨んでる。だとしたら当然マルクスも恨むだろうね。まぁそこは逆恨みに近いけどさ」
「えっ? どういう……?」
ついて行けずに尋ねると、アルヴィンが立ち上がった。
「仕方がない。この姿で会うのは実に2000年ぶりだ。頼むから、次は俺を殺さないでくれよ。そう何度も殺されたくはないんだ」
立ち上がったアルヴィンは姿を変える。栗色の髪、線の細めだった体型はがっしりとした筋肉質の体型に、背も伸びている。その顔は優しげな表情は脱ぎ捨て、きつく結ばれた口元は威厳を感じる。変わらず瞳の色はグレーだけども、その目は意志の強さをはっきりとあらわして、その顔に刻まれた皺は、彼の人生を物語った――――壮年の。
野性的で質実剛健の、壮年の男性。
いつもと違う低い声、少し高圧的な笑顔を浮かべたアルヴィンが、マルクスとポリシアに語りかける。
「久しぶりだな。おれを忘れたとは、言わせぬぞ」
その姿に変身を遂げたアルヴィンを見て、マルクスとポリシアは目を瞠り息を呑んだ。そしてマルクスが消え入りそうな声で、囁いた。
「そんな……バカな……ユリウス様……!」
シェイクスピアは
「あの男はただ一人、正義の為にシーザーを打ち倒した、男の中の男」
そう評し、彼の著書“ジュリアス・シーザー”の主人公として讃えた。
反してダンテは
「ローマ帝国創始者を裏切り暗殺した大罪人」
として、彼の著書“神曲”の中で地獄の最下層で悪魔大王に処罰させた。
古代ローマ共和制の象徴であるブルータス家の末裔、マルクス・ユニウス・ブルータス。
共和制を廃し帝政の基礎を築いた偉大なる帝王、ガイウス・ユリウス・カエサル。
本当の、彼らの姿は。
「誰だこのオッサン!」
雰囲気をぶち壊すルキアの叫びに、ユリウスの姿をしたアルヴィンがやっぱり笑顔で応える。
「ガイウス・ユリウス・カエサル、だけど?」
「ウソつけぇぇぇ!」
興奮して全く信用しないルキアの隣で、アナスタシアも訝しげに眉を寄せた。
「そうよ、おかしいわ。だってカエサルは“ハゲの女ったらし”だったはずよ」
言われて見て見ると、普通に髪は生えている。気を悪くしたのかアルヴィンはむくれて髪を撫でている。
「折角変身できるんだから、髪の事言わないでくれる? ここで月桂冠被ってたら余計おかしいだろ」
「あぁ、それもそうね。ということは、あの反応からして、マルクス様とポリシア様は……」
夫妻に視線を注いだアナスタシアの様子に、すかさずアルヴィンが頷く。
「そうそう。おれを暗殺した首謀者夫妻。ブルータスと唯一の女性参加者でブルータスの嫁」
「あらぁ、私達すごい人と暮らしてたのねー」
アナスタシアは暢気にそう呟いて、感心したように頷く。
当の本人たちはあんぐりと口を開けてアルヴィンを見上げていた。それにアルヴィンはやっぱり笑う。
「お前は否定していたがブルータス。わかっただろう? お前が俺の息子だとな」
「えぇっ!?」
更に驚かされて見上げると、アルヴィンはようやくセルヴィに振り返って隣に腰かけた。
「ビックリした?」
声にならずに、とにかくコクコクと頷く。
「マルクス、アイツは俺が15歳の時の子供で。まぁアイツの母親とは不倫だったんだけど。だからさぁ、生前俺は散々可愛がってやったし、そりゃもう色々と目をかけてやったわけよ。領地もやったし、法務官にまで引き立ててやって、総督や元老院議員にまでしてやったのに。マルクスときたらクソ真面目で俺が王政復古を目論んでると知って、共和制の正義の為とか言って俺を暗殺したんだよ。ヒッドイ話だよねー」
「……」
普段通りチャラけた喋り方をする厳めしいオッサンに対し、どうリアクションしたらいいかが全く分からない。
マルクスとアルヴィン、実は親子らしい。しかも暗殺した犯人と被害者のようだ。
(なんだこの状況。どうしたらいいのコレ)
戸惑っている間も独白じみた愚痴は続いている。
「まぁポリシアはわかるけどね。おれ彼女の父親殺したしね。だからすごいのはむしろポリシアだよ。唯一女性で暗殺に加わったんだから、大したもんだ。やぁ、でもさすがにマルクスはショックだったよ。おれアイツの母親大好きだったしさぁ、アイツ今あんなナリしてるけどね、本当は俺と髪と目の色一緒なんだよ。もうその時点で俺の子じゃん。なのにずっと否定してさぁ。まぁこうして人狼として生きている時点で、おれの血族ってのは丸わかりなんだけどね。2000年前からマルクスとポリシアが人狼化してここに住んでるってのは知ってたしね」
それを聞いて、思い出した。セルヴィが目覚めてマルクスが迎えに来た時に言ったのだ。自分の配下の人狼の存在はわかるのだと。マルクスはセルヴィであることと、その場所まではわからなかったようだ。だが、力を得るために人間を食べ続けてきた彼には、筒抜けらしい。
ようやくそれに気づいたらしいマルクスが口を開いた。
「ユリウス様……未だに信じたくはないのですが、私は父殺しの大悪人ですか」
「加えて弑逆罪だ。その可能性をわかっておったから、彼女はお前とポリシアの結婚を反対したのだぞ。結果、お前はおれの後継に敗戦し自害、ポリシアも後追い自殺。ロンギヌスに唆されたために、シェイクスピアの言う調和は崩れた。悲惨な末路とはこの事よ」
「そう……ですね。ですが、後悔はしておりません」
そう言ってしっかりとアルヴィンを見据えるマルクスに、やはりアルヴィンはいつも通りに笑った。
「大義か。まぁよかろう。2000年も昔の事だ。少なくともおれは、今更復讐をしようなどとは思わぬ。今になってお前に感謝すらしているのでな」
「は……?」
意外だったようで、マルクスは気の抜けたような声を上げてアルヴィンを見つめる。
「セルヴィ。名前を聞いて驚いたぞ。道理でお前、ルキアもセルヴィも可愛がるはずだな」
「え?」
自分とルキアがここで登場するとは思わず、思わず見上げた。
アルヴィンはセルヴィを見下ろして微笑む。
「本名は?」
「セルヴィリア・ケフィオン」
続いてルキアに向いて同じように尋ねた。
「ルキウス・ケフィオン……それが、なに?」
セルヴィリアとルキウス。移民だったから、いじめられないようにと、両親がギリシャ風につけてくれた名前。ルキアの問いにアルヴィンは笑ってセルヴィの髪を撫でた。
「ルキウスと言うのはブルータス家の祖先、伝説的な人物だ。セルヴィリア、それはマルクスの母の名前で、おれが生涯で最も愛した女だ」
「えぇぇ!?」
姉弟揃って声を上げマルクスとポリシアに振り返ると、どこか所在無さげに視線を泳がせていた。
「生前からマルクスとポリシアには、幸か不幸か子はなかった。人狼化しても子は出来ずにいた所を見ると、そう言う体質なのだろう。だからお前達との出会いはさぞ運命的であった。違うか?」
問いかけにマルクスとポリシアは顔を合わせて、観念したかのように小さく頷いた。それはまるで親に叱られる子供のように見えて、少し滑稽に思った。
いつになく弱腰に見えるマルクスが、おずおずと口を開く。
「ユリウス様……」
「なんだ?」
「……申し訳ありませんでした」
突然の謝罪を聞いたアルヴィンは爆笑しだした。城内に響き渡らんばかりに、その大きな笑い声は居間の空気を割る。
「はっはっは! あぁ、可笑しい! あまり笑わせるな……はは、腹が痛い……!」
それはもう大笑いで、腹を抱えて悶え打ち、しまいには目尻に涙を浮かべている。
しばらくその様子を全員で呆然と眺めていたが、ようやく笑いが引いてきたようで、同時に「ユリウス」から普段のアルヴィンの姿に変身した。
「あー可笑しい。もーやめてよそういうの。俺今更怒ってないしね? 俺そんな小っちゃい男じゃないしね? お前がセルヴィを人狼にしてくれなきゃ、多分出会わなかったしさぁ。その辺はマジ感謝してるんだよ、本当」
「……相変わらず、寛容でいらっしゃいますね」
「まぁね。俺それも取り柄の一つだしね」
ルキアの中学時代の歴史の教科書にはこう言った記述がある。
「指導者に求められる資質は、次の五つである。知性。説得力。肉体上の耐久力。自己制御の能力。持続する意志。カエサルだけが、この全てを持っていた」
またカエサルの評判と言えば、「借金王」「ハゲの女ったらし」と並行して「寛大」「寛容」「識者」「鷹揚」という評価がついて回る。
政治家、軍人、文筆家としても卓越した才能を持つ、創造的天才。それがガイウス・ユリウス・カエサルと言う男。
(なるほど、そりゃモテるわ)
若い世代の3人は同時に納得した。




