24 誰が一番卑怯者 3
セザリオはセルヴィの様子を見て、やはり笑って優しく髪を撫でた。
「俺さぁ、確かに卑怯者だと思うけど、そんなに鬼じゃないよ。だけどね」
髪を撫でていた掌は移動して、セルヴィの頬を撫でる。
「父ちゃんの息子って、みーんな父ちゃんを裏切るんだよ」
「え……?」
意味が分からずそのままセザリオの目を見つめていると、アルヴィンと同じグレーの瞳が細まって、優しく微笑む。
「だって父ちゃんが言ったんだ。俺と父ちゃんは女の好みが一緒だってさぁ。ルキアがもう少し大人にならないと相手にされないとか言うからさぁ」
「え?」
いよいよ意味が分からないセルヴィに、セザリオは少し悪戯っぽく笑う。
「黙っててあげてもいいよ。その代り、俺の女になる事。これが条件」
想定範囲外の交渉に、思わず目を見開いた。
「YESかNOか。バラしていいの?」
「だ、ダメ!」
「じゃぁ俺の女になるしかないよね?」
「う、わ、わかった!」
コクコクと頷いて焦って返事を返すと、セザリオは満足そうに笑った。
「ヤッター。大丈夫大丈夫。俺あの父ちゃんの息子だしね。父ちゃんに惚れたなら俺にも惚れるから。アハハ」
「……」
確かにそうと言われればそうかもしれないが、予想外過ぎる事態に言葉も出ない。
そんなセルヴィにやっぱりセザリオは笑う。
「大丈夫、言わないよ。セルヴィが余計なことしなきゃね。父ちゃんにバレなきゃ問題ないし、チャンスで勝負に出れない男はデカくなれないって父ちゃんが言ったしねー」
セザリオにとってはチャンスだったらしい。セルヴィにとっての大ピンチは、全く予期しない方向に転んだ。
一応、恐る恐る聞いた。
「あの、私、気持ち悪くないの?」
尋ねるとやっぱり笑う。
「なんで? 可愛いよ」
(うきゃー! 強者!)
事ここに至って思う。セザリオがこの調子なら、案外アルヴィンも大丈夫だったんじゃないかと。それも今は昔の話。とっくに諦めのついた相手だ。思わず頭を抱えたセルヴィを見て、セザリオは内心ほくそ笑んだ。
アルヴィンの恋なんて失敗すればいいと思っていた。母の為に、自分の嫉妬心の為に。年下なんかうんざりだと思っていたけど、もう子供じゃない。チャンスだと思った。この機を逃すはずがない。ずっと憧れていた友人の姉。その女性を手に入れるチャンス。
そして、女ったらしのクソ親父への復讐。卑怯者だと罵られても、それでもよかった。それ以外に選択肢は、なかったから。
そもそもカフェの個室なんかを予約していたのは、あわよくば口説こうと目論んでいたわけだ。
フラれて嘆く父を慰めながら「ざまーみろバーカ(笑)」とか思っていた腹黒な息子は、ここにきて腹黒を全開にした。ちなみに腹黒さは母親譲りだ。
相変わらず項垂れるセルヴィに、セザリオが顔を覗き込む。笑顔も顔もよく似ていて、若いアルヴィンのようで、不覚にもドキッとしてしまう。
(なんかズルーい!)
と思わずにはいられないのだが、頑張って反骨精神むき出しにすべきなのか、大人しくしておいた方がいいのか……考えるまでもない。
「ねーねー」
「なに……」
「俺の事嫌い?」
「その聞き方は、ズルいよね」
「じゃぁ好き?」
「……嫌いじゃない」
「その答え方ズルいよね」
(アンタ程じゃないけどね!)
悔しい。自分の失態が情けない。
「じゃぁ2択ね。俺の事好きか嫌いかどっちか」
「ズルッ!」
「どっちか」
相変わらずニコニコと笑顔で迫られる。アルヴィンといいセザリオと言い、笑顔の脅迫は恫喝なんかよりも威力を持っている。
そもそも現時点でのパワーバランス。セルヴィ<セザリオ。
「……好き」
「ヤッター。これもう確約だな」
(くっそぉぉ! 喜ばれたぁぁぁぁ!)
悔しくて泣ける。相手は18歳だ。大人と言えば大人だが、子供と言えば子供。セルヴィよりも8歳も年下だ。少し前まで完璧子供だと思っていた相手に、ここまで振り回される。
百戦錬磨のアルヴィンでさえ、決定打を欠いていた為に攻略できなかった砦を難なく攻略する。脅迫という魔法の脅威を身を持って思い知る。
スィッと顔が近づいてくる。そしてぴたりと止まって、至近距離で微笑む。ギョッ(ドキッとも言う)とするセルヴィの頬を撫でて、セザリオが言った。
「キスしてい?」
何度も言うが
セルヴィ<セザリオ
「――っ!」
逡巡した末、頷くしかない。その反応に嬉しそうに笑ったセザリオは、ふと掌でセルヴィの目を隠す。何をされるかわからないという恐怖を突然与えられてハラハラしていると、先ほど脈を測られた首筋に生暖かい感触がして、チクリとした痛みが少しだけして、すぐに離れて目の前の掌もどかされた。
想像していた事と違う状況に戸惑っていると、
「いきなりアレコレしたら嫌われそうだし? 今日はこれで許してあげる」
との仰せだった。
(な、なんか本当にズルーい!)
いっそ嫌いになれたら気も楽なのだろうが、それすらもさせる気はないようだ。
セザリオは笑って、キスをした首筋を撫でながら耳元で囁いた。
「セルヴィは俺のだって言う証拠ね。消える前に、またつけるから」
声にぞくっとして、やたらと耳に着くその言葉にドギマギさせられる。首筋へのキスは「執着」という意味があるのだと、後で知った。
2日後に再びデートの約束をさせられた上に、「呼び出したの俺だから」と店の代金も割ったグラスの代金もスマートに支払い、肩を抱かれて紳士的にエスコートされて店の外に出る。
いつの間にか時間は15時を回っていて、それほど時間が経っていたのかと驚く。同時にカフェの個室で4時間近くも(半分は普通の会話だったはずだ)脅迫やら誘導尋問やらをされていたのかと思うと、血の気が引く思いがする。
「セルヴィは車だよね?」
「うっ? うん」
ちょっと現実から別世界にダイブしていたのを引き戻された。
「ていうかセルヴィの方がお金持ちだよね」
「あぁ、まぁセザリオはまだ大学生だし……」
セザリオは「これだから年下はヤなんだよなぁ」と言いながら小さく溜息を吐く。
「まぁいいや。俺が大学卒業して官僚になるまでは、素敵デートは我慢してね」
「や……別に……」
「"ハイ"は?」
「……"ハイ"」
脅迫されているのか何なのかだんだんわからなくなってくる。
(なんかもう本当ズルい! ていうか、あれ?)
違和感を覚えて顔を上げた。
「警察官になるんじゃなかったの?」
ルキアの話では警察官になろうと語っていたらしく、どうせなら大学に行ってエリート警官を目指すと聞いていた。
疑問に対してセザリオは笑って、それはそれは爽やかに笑って言う。
「官僚になって、ある程度なったら議員に立候補して、オッサンになったら首相になるから。で、セルヴィを囲ってファーストレディにしてあげる。で、化け物一族は俺の管理下に置くから、俺が生きている間は安泰だよ」
(何それ……ていうか内容が爽やかじゃない)
とはいえ、これだけ大胆な行動に出られることを思うと、アナスタシアの人を見る目は一級品なのだと思う。セザリオのような奴が議員になったりしたらと思うと末恐ろしい。
そのまま別れて、トホホと肩を落として城に帰宅。廊下でパッタリとアナスタシアに会った。
「あら、おかえり」
「ただ今戻りました……」
あからさまに影を落としていたせいか、アナスタシアが覗き込んできた。ふと視線が首筋にいった。そのまま無表情で視線をあげられてカチリと目が合う。
「今日はセザリオに会いに行ってたのよね?」
その一言で色々とフラッシュバックしてやるせない気分になる。
「……はい」
「やっぱりやるわねぇ、息子。アレは大物になるわよ」
「そのつもりみたいです」
溜息交じりに応えると、くくっと口元を抑えて笑われた。
「とりあえず、ルキアが帰ってくる前にコンシーラーか何かで隠しておいた方がいいわよ」
「え?」
首筋を人差し指で触れられた。
「キスマーク」
「えー!? もーやだ!」
「うふふ」
状況的には全く笑い事ではないが、アナスタシアは余程愉快だったようで、それは満悦と言った顔で立ち去ってしまった。
慌てて部屋に入り、コンシーラーは持っていなかったので、首にスカーフを巻きつける。しゅるっという衣擦れの音が耳について、思い出した。
「セルヴィは俺のだって言う証拠ね。消える前に、またつけるから」
その言葉が脳内でリフレインした。デートの約束も取り付けられてしまった。
なんだかもう、既に逃げられないような気がして、セルヴィは途方に暮れたのだった。




