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21 成就してはいけない恋がある


 その後も一人だったりルキアと一緒だったり、足しげくアルヴィンのお店に通って、かなり仲良くなった。初めてデートに誘ってもらえた時は嬉しかったし、デートも楽しかったし、アレハンドロが言う様にホテルに誘われるなんてこともない。やっぱりあれは周りの思い過ごしなんじゃないかと思う。

 ポリシアにはちょっと話していたが、実はアルヴィンに交際を申し込まれていた。それも一度や二度ではない。最初に言われた時は断った。家の事情があって、自分は恋人を作るわけにはいかないと言って断ったのだ。そうしたらアルヴィンが言った。

「俺のことが嫌いなわけじゃないんだよね。じゃぁ家の事情が解決するまで待つよ」

 そう言って、何かっちゃぁ口説いてくるようになった。最初は困っていたが、自分がそれに喜んでいることに気付いてしまった今日この頃。

 アルヴィンとの恋の行く末、ルキアとアナスタシアの恋。これからの生活。色々悩みは尽きないが、新たな火種が生まれたのが目下の悩みだ。


 マルクスと二人、庭を散歩するポリシアを見つけた。ようやく見つけられたことに安堵して、二人を捕まえた。

「セルヴィから相談という事は、ルキアの事かしら?」

 庭に設置したガーデンテーブルに座ってもらい、紅茶を用意して二人に相談を切り出した。

「いえ、アナスタシア様と……」

「あぁ、彼女とルキアか? ケンカでもしたのか?」

 二人の仲は既に公認だ。反対する理由もない。

「いえ、そうじゃなくて、アナスタシア様とディシアスさんが……」

「え?」

「ん?」

 実は先日、ルキアはセザリオにアナスタシアを恋人だと紹介した。大学進学を機にプリペイド携帯電話をルキアとアナスタシアに買ってあげて、勿論自分でも所有したし、マルクスとポリシアにも渡した。これでいつでもどこでも連絡が取れると、現代科学にみんな感謝したものだった。

 弟カップルが紹介に使ったのはアルヴィンの店だった。ルキアがセザリオのケータイに連絡すると、今アルヴィンの店にいるから来いとのことで、そうなったわけだ。その時たまたまセルヴィも店にいて、その場面に鉢合わせることになった。

 セザリオとアルヴィンは、ルキアが好きなのは、てっきりセルヴィだと思っていた。それが同名の異人であると知って酷く安心して、二人を祝福した。ここまでは良かった。

「問題はその後で……」

「何があったの?」

「狐が……」

「狐?」

 首を傾げる二人に、紹介後の顛末を語った。


 セザリオはしきりにアナスタシアを覗き込んでいた。

「なんっか君、どっかで見たよーな?」

 その疑問にルキアが答えた。

「ほら、15ン時海でナンパした」

「あーハイハイ! ルキアがフラれた! あの!」

「……フラれたとか言わないでくれる」

 セザリオは笑ったが、ルキアをフッた女の子と結局くっついてしまったので、その事は大いに喜んでくれた。

「俺セザリオ! ルキアとは12ン時からの友達。よろしく」

「よろしく」

 笑顔で握手を交わすセザリオとアナスタシア。それを嫉妬交じりに見るルキア。

「アナスタシア……オレには冷たかったのに」

「過去形なら問題ないわ。今は優しいでしょ?」

「……そーだね」

 思い出し落ち込みをしたルキアは、目の前のコーヒーに視線を落とした。アナスタシアはそれを覗き込んでにっこりと笑う。

「そんな顔しないの。ルキアは私の事好きでしょ?」

「うっ、ん」

「私もよ」

 そして悩殺スマイルにヤラれたルキアは照れた様子になって、まんまとご機嫌を回復した。

(わぁ、完全に転がされてる)

 一同は一様にそう思ったが黙っていた。気を取り直したセザリオがアルヴィンを紹介した。

「このマスターは俺の父ちゃん!」

「アルヴィンです。初めまして」

「初めまして。随分若いお父様ね?」

「若気の至りだよ」

「そのようね」

 臆面もなくアルヴィンは語り、アナスタシアも同様に返した。当然セザリオは複雑そうにして、ニコニコと営業スマイルを絶やさない父に文句を垂れる。

「アナちゃん聞いてよ。父ちゃんてばマジ見境ないんだよ」

 それには当然ルキアも便乗する。

「だよね。歳の割にチャラッチャラしてるしね」

 二人の文句を聞いて、アルヴィンはあからさまな作り笑いを浮かべているが、それに対してアナスタシアは女狐スマイルを浮かべた。

「そうみたいね。見てわかるもの」

 その言葉に「えっ?」と全員で振り向いた。

「雰囲気よ、雰囲気。いかにもモテますっていうオーラ? しかもそれを自覚して悪用しているタイプね」

 そう言ってセルヴィにも女狐スマイルを向けてきた。

「セルヴィ、気を付けなさいよ。この人釣った魚に餌をやらないから、絶対浮気するわよ」

「そんなことないよ!」

 勢いよく反論してきたアルヴィンは、慌ててセルヴィのご機嫌取りに回る。

「いや俺本当そう言うんじゃないよ? なんて言うかこう、違うよ?」

 お家にもお邪魔したことはあったし、何度もデートしたことはあった。付き合ってくれと言うのは既に何度か言われていたが、断っていた。とても気になる相手ではあるのだが、ルキアの友達の父親だと思うと、ルキアとセザリオにまで影響しそうで、どうしても踏み込む気になれない。

 それに彼は人間で、自分は人狼だ。きっと化物だと知られたら、嫌われてしまう。それで断り続けている。

 そう言う背景があったので、アルヴィンも一生懸命汚名を返上しようと言い訳をした。


 さすがに見かねたのか(言い出しっぺだったはずだが)セザリオがアルヴィンの応援に回った。

「この際だから教えとくけど、父ちゃんはセルヴィさんの為に、今まで付き合ってた人全員別れたんだよ」

 そのフォローにアルヴィンは、カクカクと頷いて息子のフォローに感動したようだった。しかしオーバー100歳の女狐が頭角を現す。

「それは普通じゃないの。フォローになってないわ。それに"全員"という事は複数いたのね。やっぱり信用に足る人物じゃないという証拠よ」

(確かにー!)

 この時点ですでにアルヴィンの敗北は確定したようなものだ。ここで更に女狐に転がされる弟が参戦してくる。

「大体オレ、セザリオ父が本気だとか抜かしても絶対認めないし。友達の身内に手出してさ、そんなのセザリオのが気の毒だっての。あちこち気ィ遣わされんだからさ」

 勿論セルヴィが渋っていたのもそこにある。どうせならルキアが認める相手がいいし、ちゃんと祝福してほしい。ルキアがアルヴィンを嫌がっているのはわかっていたし、セルヴィとアルヴィンがこじれてルキアとセザリオの友情に亀裂を入れる様な事になるのは御免こうむる。

 このカップルの言い分には、早々にセザリオが白旗を上げた。

「ゴメン父ちゃん、俺もう無理だわ。一人で頑張れ」

「えー……」

 

 一人で頑張る羽目になったアルヴィンはしばらく落ち込んでいたが、途中で元気を取り戻したらしく、セルヴィの前までやって来た。

「付き合って!」

「……さっきの話聞いた後だと、ウンて言いにくいんだけど」

「昔の事だし! セルヴィは別! 俺本当運命だと思ったんだから!」

 更に女狐が口を挟む。

「気をつけてね。そんなの誰にでも言ってるわよ」

「ちょっと君黙っててよ!」

「本当のことを言っただけじゃない」

 睨みあうアルヴィンと女狐。

(この二人相性悪いな……)

 別方面で気を揉む羽目になる。対照的にルキアは、

(アナスタシアって味方だとスゲェ心強い)

 惚れ直していた。

 

 一方で早々に蚊帳の外を決め込んだセザリオは、コーヒーにミルクを入れてクルクルと掻き回していた。

 それで、一番の問題はこのセザリオであるはずだと思って、直で聞いてみることにした。

「本当のところ、息子さんとしてはどう思ってるの?」

 その問いにセザリオはコーヒーからスプーンを上げて一口飲んで、小さく溜息を零した。

「正直な話、俺が母ちゃんの腹から生まれた以上は、父ちゃんの奔放さには呆れるばかりだね」

 それを聞いてしまってはやはりウンと言うわけにはいかない。それ以上に質問をするべきじゃなかったと後悔したが、してしまったものは仕方がない。フォローを入れておくことにした。

「そこはまぁ、アレじゃないでしょうか。新しいお母様に相応しい方を厳選していたんですよ。まぁ私の場合は坊ちゃんの事がありますから、除外していただいた方がいいのですけど。勿論お父様の事は、友人として敬愛しておりますよ」

「セルヴィさん、本当いい人だな……」

 何とかフォローは成功したようだったが、女狐がここでも口を挟んでくる。

「セルヴィの悪いところはそこよ。誰にでもいい顔をするから、勘違いする人が出てくるのよ」

「え、私のせいですか」

「そうよ。無自覚って怖いわね」

(あなたの方が恐いです。誰の味方なのこの人)

 セルヴィも多少はイラっときたが、それ以上にやはりアルヴィンがイラついたようだ。

 珍しくイライラした様子で腕組みをしたアルヴィンが、不機嫌丸出しでアナスタシアに向いた。

「君さ、さっきからなんなの。初対面にしちゃ失礼じゃない?」

「そうかしら。私は大好きな恋人が大事にしている姉を、一緒に守ってあげたいだけよ」

 その言葉に感動するルキア。反してアルヴィンは余計に怒りに火が付いたようだ。

「別に俺そう言うつもりでセルヴィと付き合いたいんじゃないよ。ちゃんと好きだって何度も言ったし! 大体君にどうこう言う権利ないだろ!?」

「あるわよ。セルヴィは私の姉同然なのだし。それに、なぁに? いい大人がこんな子供にムキになって。落ち着きなさいよ」

(さすがに最年長、スゴイ落着きだわ)

 見た目は子供、中身は100歳以上。コナン状態のアナスタシアにあらぬ感動をさせられる。それ以上に、「私の姉同然」という言葉がとても嬉しかった。それはちゃんとルキアとの将来を考えていて、セルヴィの事も家族として見てくれているという、紛れもない証明だった。


 更に癪に触ったようだが、何とか大きな溜息で怒りを鎮めたアルヴィンは、今度はセルヴィに振り向いた。

「ねぇ、俺迷惑だった?」

「まさか、誘ってくれたりとか、そう言うのは嬉しかったよ。楽しいし優しいし、そう言う友達はアルしかいないから、友達じゃなくなるのは勿体ないと思って」

 そう言うとアルヴィンは苦笑した。

「セルヴィはズルいね。そんな言い方をして」

「自分でもそう思う」

「だけど俺も同罪かな。女々しい事に、二度と会いたくないとか、そう言う事は言えない。思ってもいないし」

「友達じゃダメなの?」

 そう尋ねた時の、アルヴィンの傷ついたような表情が、セルヴィの胸に刺さった。

「いいよ。それで。ていうか、それ以外にないんだろ?」

「うん。アル……」

「謝らないでよ。余計辛いから」

「うん、ありがとう」


 何とか丸く収まったものの、雰囲気は最悪だ。アルヴィンもさすがにわかっていたのか、当然セザリオも逃げるように帰り支度を始めるセルヴィを止めはしなかった。

 同時にルキアとアナスタシアも一緒に店を出ることになった。それにはさすがに反応があった。

 店先まで見送りをしてくれたディシアス親子だったが、店の前から立ち去ろうとすると、ドアに手をかけたアルヴィンが、

「あぁ、君らは二度と来ないでいいから」

 と言って、バタンと激しく扉を閉めてしまった。

 思わず3人で顔を見合わせたが、弟カップルはクスクス笑った。

「笑い事じゃ……」

「笑えるわよ」

「笑える」

 そんなバカな、と溜息を吐く。そもそもこんな事態になったのはこの二人のせいだ。

「余計にセザリオくんが気を遣いそう」

「いんだよ。アイツだってたまには落ち着きのある親父見たいだろ」

「そうよ。それに正直」

 言葉を切ったアナスタシアが、ルキアの腕を組んだままセルヴィに振り向いた。

「私としては、父親よりも息子の方が見込みがあるわ。父親は人としてはいい人間だけど、女性関係が派手だからダメよ。アレはもう病気だから治らないわ。息子の方はその点まだマシだから、父親の血を継いでいる以上は立派になるわよ」

「いやそれはちょっと」

 ルキアよりも年下、8歳も下の子なんて範疇外だ。さすがにルキアも苦笑する。

「まぁセザリオならオレでも許すけどさ。アイツ今彼女いるし」

「あらそうなの。つまらないわね」

 本当につまらなそうに首を振って、それで二人はこの話をさっさと切り上げて帰ってしまった。


「というわけで、友達としても非常に付き合いにくい状態に陥る羽目になってるんです。この状態は正解なんでしょうか?」

 問うと、マルクスもポリシアも頭を悩ませる。

「うーん、私としては彼が本当にセルヴィを大事にするというのなら文句はないが」

「そうねぇ。でもアナスタシアの言う通り、そう言う性格って治らないものなのよ」

「やっぱりそうなんですか」

「そうだな。昔の知人にもそう言うタイプの男がいたが、死ぬまで愛人を囲っていたし」

「えぇ……」

「そう言う人って熱しやすく冷めやすくってね。その時は本気でも、すぐに目移りしてしまうのよ」

「釣ることに全霊をかけても、釣った後の魚に興味はない。釣り人と同じだ」

「それはヤですねぇ。私が目指すのは旦那様と奥様みたいなおしどりですもの」

 魚になるのは願い下げだ。結局ルキアとアナスタシアの判断は正しかったのだという結論に至り、セルヴィを手放そうとはしなかったものの、一応引き下がってくれた大人なアルヴィンにも感謝した。



 その頃のディシアス家。


「マジあり得ない。セザリオのせいだ。お前があんな話切り出すから。予定外にも程がある」

「そりゃ悪かったけどさぁ、父ちゃんもうフラれてたんじゃん。どーせすぐ彼女作るんだから元気出せよ」

「すぐ作るわけないだろ!」

「いつもすぐ作るじゃん」

「作れないよもー! 失恋とか超久しぶりにした!」

「……大人の恋愛は成功確率の方が低いって、昔付き合った人が言ってたよ。父ちゃんは恵まれすぎ」

「そーかもしんないけどさぁ。うぅ、慰めろ」

 父親の失恋を慰める羽目になるセザリオ。とりあえず、板挟みで苦しむという妙な悩みからは解放されたので、結局セザリオもこの結果には満足してしまった。

 そしてセザリオは、セルヴィからされた質問を思い出して、少し気持ちが沈んだ後、やがて父を蔑むように視線を投げかける。

 遊びならまだしも、父の本気の恋なんて、絶対に許さない。運命なんて認めない。


 卑怯者だと罵られても、それでもよかった。それ以外に選択肢はなかったから。


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