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2 2年前 1

 2年前。ある貧しい外国人街の一角。


 買い物の帰り道だった。外は日が暮れて気温は下がり、昼間温かくて油断してしまったことを後悔した。どう考えても半袖の薄手のワンピースでは寒さが肌を刺す。

 通りかかった橋の下、川沿いには赤い彼岸花が咲いている。それを見ると祖母が言っていたことを思い出す。

「彼岸花はね、毒があるから食べちゃいけないよ。オリヴィアとドゥシャンのところに行くには、まだ早いからね」

 彼岸花の花言葉は、"悲しい思い出"、"また会う日を楽しみに"。今此岸にいるセルヴィが彼岸にいる両親に会いに行くには、早すぎる。2年前はまだ18歳で、ルキアも10歳だったし、結婚どころか弟やお店のことだって心残りはたくさんあるのだ。

 それでも買い物バッグを見て溜息が出る。買ってきたのはパン――の耳と魚のアラ。

(どーにかして彼岸花食べられないのかな。見た目茎とかチャイブに似てるし、こんだけ生えてるならお腹いっぱいなりそう)

 切実な眼差しで彼岸花を見つめる。彼岸花に毒があるのは茎と球根だ。川沿いに咲く彼岸花は見事なもので、その燃え上がる炎のような形状の花弁と紅さについ時間を忘れて見惚れていた。

 ぶるり、と寒さで体が震えた。

(おっと、ルキアがお腹空かしてるんだ。帰らなきゃ)

 彼岸花から視線を外して道に戻ろうと振り返ると、背後に人が立っていた。

 人の存在など全く気付かなかったので、思わず硬直していると、クスッと笑われた。

「すまない。驚かせてしまったようで」

「いえ、失礼しました」

 愛想笑いを浮かべてその人の顔を見た。見た所40代後半くらいの男の人だった。短く整えられた赤毛の髪、赤色の目、雪の様に真っ白な肌、顎髭をたくわえた知的な顔立ち、そしてその美しい容姿に息を呑んだ。

(わぁ、すごく素敵なおじ様! ていうか赤目って、アルビノ?)

 美しい相貌と、神秘的な双眸。

 それを気づいてか気づかずか、男性は微笑む。

「道を聞きたいんだが、ケフィオン薬草店を知らないか?」

 質問を受けてようやく我に返った。

「あ、それウチです。今から帰るところなので、一緒にどうぞ」

 まさかたまたま声をかけた相手が目的地の人間だとは思わなかったらしく、男性は少し驚いて愉快そうに笑う。

「そうか。それはよかった。では」

 セルヴィが歩き出すと、男性もついてきた。


 マホガニー色の店のドアを開ける。ベルがカランと小気味良い音を立てた。男性を促して中に入ると、ベルの音を聞きつけたのかルキアが走ってくる足音が響く。裏口もあるのだがそこは鍵をかけて締切り、普段から出入りにはセルヴィ達も店の玄関を使っている。

(人が来たときベルが鳴るから安心なのよね)

 店の中には少しのテーブルや椅子がある。ハーブティを嗜むお客様の為だ。店内には天井からいくつもドライハーブがかけられて、カウンターの奥の棚にはラベルの張られた小箱が整然と並ぶ。カウンターの外にも棚が置いてあり、そこには包装されたハーブやお茶などがお客様が手にとって見れるように配置してある。

「おねーちゃん遅いよ!」

「しっ、お客様だよ」

 窘めるとルキアは男性に気づいて口を閉じ、少しばつが悪そうにした。

「あ、ごめんなさいいらっしゃいませ」

「いやこちらこそ遅くに申し訳ない」

 男性の反応に安心したらしいルキアに買い物バッグを預けると、中身を漁って溜息を吐きつつ家の中に引っ込んでいく。

 ルキアにつられて男性に気づかれないよう小さく溜息を吐き、振り返って道中で聞いたお買い求めの品を棚から取り出した。

「えっと、バラとイチョウとソウパルメット、ルート、ネトル、チェストツリー……でしたっけ」

 並べて尋ねると、にこ、とほほ笑まれた。

「あぁ、ありがとう。いくらだい?」

「えっとー、45ユーロになります」

 値段を伝えると紙幣を1枚差し出された。毎度ありとそれを受け取ってお釣りを用意しようとカウンターの中に戻ろうとすると、引き留められた。

「いや、釣りは結構」

 渡されたのは100ユーロ札だ。

「えぇっ? でもお釣り55ユーロですよ?」

 受け取った紙幣を突きつけて、勿体ないと訴えると少し愉快そうにしている。

「案内してもらった礼だ」

「そんなの、たまたまじゃないですか」

 互いに押しても譲らないという問答が2・3繰り返されて、セルヴィの方が折れることにした。

「じゃぁ、有難く頂戴します。ほんの心づけですけど、お茶もつけときますね」

「あぁそれは嬉しい。ありがとう」

 喜んでもらえたので、ついでに石鹸もつけておいた。


 これからも世話になるかもしれない、と男性が聞いてきた。

「ここは、君の店か?」

「はい。祖母の店を譲り受けたんです」

「ご両親は?」

「早くに亡くなって、今は弟と二人です」

「そうか、まだ若いのに。偉いな」

 このご時世、18歳で身ひとつで店を切り盛りするなんて珍しい事だ。

 そう言って褒めてくれる人は結構いたけれど、頭まで撫でられたのは初めてだ。さすがに照れた。

 つい俯いて礼を言うと、頭上でクスッと笑う声が聞こえる。

 最初態度が大きいのが気になったが、とにかく余裕がある男性と違ってセルヴィは委縮してしまうばかりだ。

 何とか熱を冷まして顔を上げた。

「セルヴィリア・ケフィオンと申します。以後よしなに」

 腰をかがめて礼を取ると、男性も礼を取った。

「マルクス・クウィンタスだ。こちらこそよろしく」

 手を差し出されたので、握手を返そうと手を伸ばす。とられた手はすっと引き上げられて、手の甲にキスをされた。

 顔から火が出るかと思って反射的に手を引きそうになってしまったがそれも失礼かと耐えると、やはり余裕の笑顔を返される。


 荷物を持った男性マルクスは「また世話になる」と言ってドアに向かったのでお見送りをした。

「クウィンタス様、ありがとうございました。またお越しくださいませ」

 礼を述べてその後ろ姿を見送った。なんとなく背中をぼうっと見つめていると、隣にルキアが立っていた。

「わ、びっくりした」

 ルキアに振り返ると、半目で白々しい視線をぶつけられる。

「なによ」

「出た」

「なにが?」

「おねーちゃん、風邪引くのと同じレベルですぐ好きになるから」

 思わぬ言葉に飛び上がりそうになる。

「ばっ! 何言ってんのよ! お客様でしょ!」

「でも渋いオッサンだったしー、おねーちゃん惚れっぽいから僕心配だよ。はぁーあ、変な男に引っかかって詐欺られたりしないでね」

「しないわよ失礼ね!」

 抗議してもルキアはやれやれと言った感じで店仕舞いを始めるものだから、渋々セルヴィも店仕舞いをした。



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