19 マフィアとガトーショコラ
ある時、お客様がやってきた。お客様は、高価なスーツにチーフタイをした、恰幅の良い威厳のあるおじさんだった。彼は南米でマフィアをやっているチュパカブラ族の統領で、アレハンドロと言った。
「おーう、人狼の旦那。久しぶりだ、世話になるぜ」
とマルクスに気さくに挨拶をしていて、マフィアだと思ってビビっていたセルヴィ達にも気さくに話しかけてくれる、結構いい人だった。能力を活かし仕事としてマフィアをしているものの、性格の悪い人ではないらしい。というか、そう言う人物でなければ、トワイライトに所属する権利は持てないようだ。なので、時々滞在しに来るトワイライトのメンバーも、割といい人ばかりなのだそうだ。
今回アレハンドロがやって来たのは、実はお仕事らしい。アレハンドロは南米で武器の売買と売春をメインでやっているのだが、その武器の流通ルートの一つが最近潰されてしまった。その流通ルートは主に南米の元宗主国であったスペインへ繋がっているのだが、海上ルートで密輸入している。その武器を搭載した船が、ここ最近撃破されている。
東南アジアや大西洋、地中海にはまだまだ海賊がいる。金品を奪うのが目的だったり、どこかの組織から依頼を受けて、船を沈没させるのが目的だったりして、今でも結構問題になっているのだ。
アレハンドロの組織が迷惑しているのは後者の方で、海賊の方は捕まえたのだが、どうやら上がいるらしい。海賊に仕事を依頼したのはイタリアのマフィアで、アレハンドロはイタリアまで行ってそのマフィアを追い詰めたのだが、あと一歩と言うところで取り逃がしてしまった。そのマフィアは妻の実家のあるギリシャに逃げ込んだという情報があったので、今回こちらに来たというわけだ。
なにやらマフィアらしい、物々しい話である。お茶(血)を出しながら、セルヴィはちょっとワクワクしながら話を盗み聞きしていたら、アレハンドロがセルヴィを指さした。
「そんで、旦那に相談なんだがよ。この嬢ちゃん、ちょっとばかし貸してくれねぇか?」
なんで自分がとセルヴィは目を丸くしたが、マルクスも驚いたようで、その理由を尋ねた。
「俺はもう顔が割れてるからな。俺が単独で動くのは難しいんだ。嬢ちゃんなら顔も割れてねぇし、こんなおしとやかな別嬪さんがマフィアの手伝いするなんて、アイツらも思わねぇだろ」
理由を聞いてみれば納得できる。だが、セルヴィはいかに人狼と言えども、ケンカすらもした事がないので、マフィア抗争など恐ろしくて無理だ。そりゃ、十に当たったくらいでは死なないとは聞いているが、死ななければいいという物ではない。怖いものは怖い。
セルヴィが怯えているのはわかっているのか、アレハンドロは少し申し訳なさそうに後ろ頭をかく。
「いや、嬢ちゃんにアブねぇ事してもらおうとは思ってねぇんだ。ただ、奴のいる部屋を特定して欲しいだけなんだよ」
詳しく話を聞くと、そのマフィアが滞在しているホテルまでは突き止めることが出来たらしい。だが、そのホテルはここ一帯では一番大きなホテルで、部屋数もかなりの数だ。どの部屋を取っているかまでは特定できていない。
いくらマフィアといえど、他国と言えど、下手に騒ぎを引き起こすのは良くない。トワイライトにも迷惑がかかるし、自分達も面倒だからだ。
だからちゃんと部屋を特定して、その後アレハンドロが一人でプチッとするらしい。
部屋を特定する手段としては、最初はセルヴィとアレハンドロがホテルに滞在してホシを探し、ある程度場所を絞り込んでから、ホテルスタッフに扮装したセルヴィが部屋を突き止めて、後はアレハンドロにお任せ、という流れを想定しているようだ。
そう言う事なら、とセルヴィが考えを改めたのに気付いたのか、マルクスが了承の返事をした。
ホテルの部屋はアレハンドロがロイヤルスイートを借りてくれて、寝室は別々だった。アレハンドロは見つからないようにと、部屋の外に出ることはほとんどない。その代りに、セルヴィがしょっちゅう部屋から出ては、1階のカフェでお茶をしたり、最上階のバーでお酒を飲んだり、用もないのにラウンジで雑誌を読むふりをしたりして、他のお客様の中からホシを探していた。
アレハンドロは親切にも、この期間のルキアの送迎や買い物を許してくれていて、セルヴィは城とホテルの二重生活で大忙しだったが、城の事やルキアの事をおろそかにせずに済むので助かった。
ホテルに滞在して4日目の事だった。城の仕事が済むのが遅くなってしまって、ホテルに戻ったのは22時だった。慌ててホテルの入り口に駆け込むと、すれ違いざまに黒髪のオールバックをした、グレースーツの男とすれ違った。
(今の人!)
慌ててセルヴィは携帯電話のフォルダを開いて、写真とその男を見比べる。間違いない、見つけた。あの男がアレハンドロの標的だ。
男はロクに荷物を持っていないので、またホテルに戻ってくるだろう。セルヴィはこの事をアレハンドロに伝えて、その男がホテルに戻ってくるまで1階で待っていた。
男は1時過ぎに戻ってきて、酒の匂いが漂っていた。どこかで一杯ひっかけてきたのか、上機嫌で鼻歌なんか歌っている。ロビーからその男がエレベータに乗るのを見届けて、階数を確認。12階でエレベータが止まった。
セルヴィは全力で裏口に走り、そして勢いよくジャンプする。人狼になって飛躍的に向上した身体能力のお陰で、一蹴りで3階分くらいは跳躍することが出来る。非常階段や階段を蹴って、あっという間に12階の廊下が見える場所に辿り着き、非常階段のドアからコッソリ様子を見る。エレベーターは先に到着しているので、男も先に出ていた。だからセルヴィが廊下を見た時は、一つの部屋のドアが今にも閉まろうとしているところだった。
その部屋はエレベーターに一番近い部屋だった。アレハンドロの言っていた通りだ。
「逃げる奴ってのは、いつでも逃げられるように、出入り口に近いところに隠れたがる。一番奥や通路の真ん中なんて、逃げ道のない場所は選ばない」
さすがはマフィアのボス。こういうことをよくわかっているとセルヴィは俄かに感心する。セルヴィは部屋を探し当てた事をアレハンドロに報告すると、アレハンドロは「でかしたぞ嬢ちゃん!」と大層喜んでくれた。
アレハンドロと交代でその部屋を見張り、翌日の夜。セルヴィは盗んできた制服を着て、スタッフに扮装していた。そしてセルヴィお手製のハーブティを入れた籠を持って、その部屋を訪れた。
「ただいまキャンペーン中でして、当ホテル特製のハーブティをプレゼントさせていただいております」
というのが部屋を訪れた口実だ。男は追い払う様にセルヴィに手の甲を向けたが、その瞬間、天井に滞空して隠れていたアレハンドロが男の目の前に降り立った。
「ぃよう、カルロ。元気そうだな?」
「あ、あ、アレハンドロ!」
キター! と思ったセルヴィは、他の部屋にばれないように慌ててドアを閉めた。ちなみに打ち合わせではセルヴィは外に出るはずだったのに、何故か中に残ってしまった。
セルヴィがちょっとワクワクしながら見ていると、逃げ惑う男にアレハンドロは音もなく瞬時に近づいて、すぐにその男を捕まえた。男は色々と喚いていたが、アレハンドロが首を絞めた。鶏のように悲鳴を上げていた男が、ボキッという嫌な音がすると静かになり、その場に崩れ落ちた。セルヴィはその様子をただ映画を見るような気持ちで見ていた。
ふぅと息を吐いたアレハンドロが振り返って、セルヴィがいることに驚いていた。それでようやく、セルヴィも我に返った。アレハンドロは困ったような顔をして笑った。
「嬢ちゃん、外に出てる約束だったろ」
「も、申し訳ありません。つい勢いで」
「嬢ちゃんにはちょっと刺激が強かったな。そうだ、なんか甘いモンでも食いにいくか」
目の前で殺人が起きたことに、セルヴィが衝撃を受けている。その事にアレハンドロが気付いて、セルヴィを気遣ってくれている。それが嬉しくて、やはりアレハンドロの事は怖いと思ってしまったが、素直に彼についていくことにした。
チェックアウトを澄ませ、ガラガラとスーツケースを引きずりながら回転ドアを開けてホテルの外に出た。その瞬間に通行人と肩がぶつかってしまった。
すみませんと謝罪して相手を見ると、相手が笑いかけた。
「あ」
「やぁ、アナスタシアさん。こんばんは」
「こんばんわぁ、奇遇ですね」
「本当に。運命感じますね」
「大袈裟ですよぉ」
笑って手を振った。あははと笑顔で返したが内心、本気でそう思ったのに、と不貞腐れているのはセザリオの父だ。すぐにスーツケースの存在に気付いた。
「泊まってたんですか?」
ホテルとスーツケースを指さして尋ねられる。
「えっ、まぁ、はい。仕事と言いますか……」
知人に会う事など想定していなかったので、言い訳など考えていない。必死に脳を活動させしどろもどろに答えていると、アレハンドロが声をかけてきた。
「嬢ちゃんの友達か?」
渡りに船とばかりにアレハンドロの質問に乗り換える。
「ルキア坊ちゃんの御友人、セザリオくんのお父上様です」
アレハンドロは納得がいった顔をして、笑顔で礼を取った。
「おぉ、坊主の友達のオヤジさんか。随分若いな。俺はまぁ、親戚のおっさんみたいなもんだ。坊主が世話んなってるな。アンタの事はマルクスに伝えておくぜ」
セザリオ父はアレハンドロを見て目を丸くして驚いていた。明らかに動揺した様子だったが、すぐに笑顔を繕って同じように礼を取った。
「こちらこそ息子がお世話になっております。アルヴィン・ディシアスです」
言われてみれば初めてセザリオ父の名前を聞いた、と気付いたが挨拶を交わして握手をする様子を見ながら、先ほどの動揺した様子が気になる。しばらく考えを巡らせていたが、ハッと気付く。
(もしかしてアレハンドロ様と不倫してるとか、思ってたりしないよねぇ)
そう思うと段々そんな気がしてくる。なにせ遭遇した場所がホテルの前で、ちょうど二人で出てきたところだ。
その誤解は解いておきたいところだが、聞かれてもいないのに弁解するのは余計に怪しい。
「あの、ディシアスさん申し訳ありません。坊ちゃんをお待たせしておりますので……」
アルヴィンは少し驚いた風だったが、ホッとした顔を浮かべている。
「そうなんですか。お引止めして申し訳ありません」
その様子からやはり誤解していて、その疑いは晴れたように思われる。来客万歳だ。
「いいえ、今後も息子ともどもよろしくお願いいたします。では」
「こちらこそ」
思いついてバッグをゴソゴソ漁り、余っていたハーブティを差し出した。
「こちら良かったらどうぞ」
「ありがとうございます」
受け取って笑ってくれたアルヴィンに改めて礼をして、アレハンドロとホテルを後にした。
近くの喫茶店に入って、コーヒーとガトーショコラを頼んだ。なんだか今日は疲れたと思って一息ついていると、アレハンドロが言った。
「随分若いオヤジだな。気ィ付けた方がいいぞ。多分あの男は嬢ちゃん狙ってるぞ」
「えっ……まさかぁ」
「ありゃ明らかに火傷するタイプだな。その内誘ってくるだろうから一回デートしてみろよ。すぐホテルに連れ込まれるぞ」
「なんですかそれ……」
なんとなくアレハンドロの嗅覚によると、火傷するタイプのようだ。PTA同士で、いくらなんでもそれはないだろう。
それにしても今日は疲れた。人が死ぬところなど初めて見た。正直怖いと思ったし、アレハンドロもこんなに気さくなおじさんだが、やはりマフィアで化け物なのだと思い知った。
自分は世間知らずだ。化け物の事も、世界の事も、恋も、まだ何も知らない。きっとこれからも、この城に住んでいる以上は、色々な事を見ていくことになるのだろう。
そうして自分の運命を選択して、開拓していくのだ。
「嬢ちゃん」
「はい」
「悪かったな」
アレハンドロはバツが悪そうに言う。大の男が、チョコレートケーキをつつきながらションボリしているのが、なんだか可愛らしかった。
「……いいえ、大丈夫です。アレハンドロ様は私の事を心配して、気遣ってくれますし、私はあなたを嫌いになったりはしません」
その言葉を聞いたアレハンドロは破顔して、店員を呼びつけたと思うとメニューを奪い取ってセルヴィに突きつける。
「奢りだ。好きなモン食え! 明日は坊主も一緒にメシ連れてってやるからな。たーんと食え!」
ちょっと勢いに押されたが、アレハンドロの様子がおかしくて、思わず笑みがこぼれた。セルヴィがクスクスと笑っているのを見て、アレハンドロも安心したように笑っていた。