表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/72

15 君の名前と僕の夢

 落ち込むルキアを余所にキトカは立ち上がって、ルキアにも立ち上がる様にと手を引いた。それでもうダメだった。

 頭に血が上って、どきどきと心臓がけたたましく拍動したのが耳につきそうだ。片付けをする手も疎かになってしまって、トボトボと歩いていると、キトカに「早く」と手を握られた。

 引かれるままに歩く。繋いだ手、キトカの手は白くて小さくて柔らかい。ルキアが長身のせいもあって、一際小さく見える小柄な体を後ろから見つめて、手からどきどきしているのが伝わりやしないかと心配になった。


 バイクに二人乗りして、背中に神経がどうしても集中してしまう。抱き着くキトカに、やっぱり背中越しに心臓の音がバレやしないかとハラハラした。

 城に戻って荷物を置きに廊下を歩いていると、キトカがポツリと言った。

「名前」

「え」

 思わず足を止めた。もしかして教えてくれるのか、そう言った期待で一杯になる。しかしキトカは少し悪戯っぽい目をして言った。

「僕の名前、当てられたら宝石を上げる」

「えっ!」

 思わぬ言葉に舞い上がりそうになった。それを知ってか知らずか、頑張って、とキトカは部屋に消えて行った。


 だけどよく考えたら名前なんて当てられるものだろうか。知らない人を見てあの人は○○さんだ、なんてわかるはずはない。だけど、ヒントくらいはあるはずだ。

 そう考えて部屋に入って、歴史の教科書を開いた。



 ヒントは、100年くらい前、高貴な身分、一家は殺害されている。唯一出てきた地名はウラジオストック――ロシア。ウラジオストックに移った、という事はそこの出身ではない。宝石が嫌われていたということは、その頃は共産主義が台頭していて、だけど持っているということは旧体制の高貴な身分の誰か。

 100年前の年表にも載っていた。キトカが誰の一族なのかは容易に想像がついた。だけど史実には一家全員が死んだとある。誰かが欠けたとも書いていないし、男の子はただ一人。

 その少年の遺骨はきちんと見つかっているし、DNA鑑定で本人の物と証明されている。今生きているキトカは、一体誰なのか。

 もう一度考えた。よく思い出そうと記憶を探った。

 (いたよ。姉が3人と弟が一人。みんな仲良しで、直ぐ上の姉とはすごく仲良くて、弟も可愛がった)

 そう語ったことを思い出した。この一家に男児は一人しかいない。よもや隠し子かとも思ったが、当時の情勢はそれを許さないし、唯一の男児は待望の子供だった。他に隠す理由すらもなかったはずだ。

(じゃぁ一体……まさか)

 姉が3人と弟が一人。その位置にいるのは、ただ一人。

 父親の遺言はこうだ。身分を隠し素性を隠して生き延びろ。結婚して血統を絶やすな。

「わかった……」

 名前はわかった。だけど今は言わないでおこうと決めた。まだ18歳だし高校生で、資格がないと思ったから。

 もう少し大人になったら。せめて人狼になったら、名前を呼んであげよう。



 そうして、19歳になった。大学への進学も決まって、高校も卒業目前だ。背も伸びた。183cm。昔セルヴィが言った通り、父親に似たのか背が高くなった。昔は見上げていたマルクスを、今は見下ろしてしまう。手足が伸びて筋肉がついて、声も随分低くなって、男の子から男の人になった。

 ずっと大人になりたいと思っていたから、素直に嬉しい。

(あぁ、これでやっと)

 そう思って安堵しても、よく考えたらやって来たのはチャンスだけ。色々思いを巡らせてみると、これでダメだったらどうしようと悲嘆に暮れるばかりだ。

 


 高校の卒業式の後、人狼にする儀式は終わった。マルクスに血を吸われて3日後目を覚ました。感覚が何もかも違って、自分が人間じゃないことはわかった。

 起きてすぐにキトカの元に行った。その膝元に跪いて、手を取った。

「どうしたの?」

「名前」

「うん、わかったの?」

「うん、わかったよキトカの本当の名前」

 握った白い手。止まったはずの心臓がどきどきしている気がする。緊張したけれど勇気を出して名前を呼んだ。

「ロシア帝国ロマノフ王朝最後の血統、最後の皇女。アナスタシア・ニコラエヴァ・ロマノフ内親王殿下」


 キラキラと輝く。ダイヤの内側を放射する虹色の輝き、サファイアの深海のような青。ルビーの血のような赤。高貴な輝きを放つ真珠。ロマノフ皇家の紋章が刻印された指輪。

 小さな手にキスをする。


 名前が当たっていたら、宝石を贈って。もう子どもだなんて言わせない。立派な、あなたに相応しい男になるから。一緒に、夢を見よう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ