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13 誘拐犯と死後の恋

 キトカが取り出した箱のふたを開けると、ビロードの紅い布の中にはキラキラとたくさんの宝石が詰まっていた。

 ダイヤ、ルビー、サファイア、エメラルド、トパーズ、ラピスラズリ。ルキアは宝石を見るのも初めてで、その高貴な輝きに思わず魅入った。

「キトカの?」

「うん。元は僕ので、一度彼の手に渡って、僕の元に戻ってきた」

 時折聞く、彼。

「彼って?」

「ウラジオストックの路傍で死んでいた。誰も信じてくれなくて、自分で死んでしまったんだ。きっと“死後の恋”に悩まされることに耐えられなかったんだろうね。だから彼の懐から僕が取り戻したんだ」

 そして時折聞く、“死後の恋”。

「“死後の恋”ってなに?」

 尋ねると、キトカは金色の髪を掻き上げて耳にかけ、なんとなしに微笑む。

「君は恋をしたことがある?」

「わかんない」

 子供の頃は貧しかったり忙しかったり、城に来てからは人狼だったりヴァンパイアだったりセザリオだったりセザリオ父だったり、とにかく精神的に落ち着かなくて、そう言った経験をしたのかも定かではなかった。

 恐らく子供だとバカにしているのだろう、柔らかく瞼を閉じて、ふっと笑った。

「まぁいいか。君みたいに青い春を満喫しているような子に話すのも、悪くはないかな」

 語り始めた“死後の恋”。それは、白昼夢だったのだと言った。



 今から約100年前、少年と青年は出会った。二人は互いに軍人で、同じ隊に所属していた。

 生まれが同郷だと知って打ち解けた二人は、他の色々な話も弾んだ。絵画、宝石、音楽、文学、芸能、思想、芸術、あらゆることで話があって、二人は寝る事も忘れ、泣きたいほどに語り合った。

 それは元々近しい身分であると言った証明だった。当時は混乱した時代、権勢を誇った貴族が反乱軍によって一夜で没落するような時代。

 お互い何も言わなかったけれど、薄々はわかった。元は高貴な身分の生まれで、趣味も合う事からきっと野蛮な軍人などではなかった。当時軍人たちの間では、音楽や芸術など価値のある物ではなく、宝石だって石ころと同じでその辺りの用水路に投げ込まれていた。

 こんなものを愛でる人たちが国を、時代を牛耳ることを快く思わなかったから。

 青年と少年は互いに深く心で繋がった。信頼し合った。だから少年は、自分の身に起きた不幸、自分の身の上を青年に語った。そして自らが持っていた宝石を見せた。


 その宝石、指輪やネックレスは、父から託されたものだった。それを元手にいつか再興してほしいと、そう言った願いが込められていた。そして父はもう一つ願った。

 このままここにいてはいけない、お前は我々の判断を酷だと非難するかもしれないが、すぐに分かる。素性を隠せ、身分を明かすな。逃げ延びて生き延びろ。そして結婚して、血統を絶やすな。

 父の言う通り宝石を持って、一人逃げ出した。両親も世話を焼いてくれた使用人も姉弟達も置いて。そうして一人隠れ住んでいた。素性を隠してピアノを弾いて暮らした。なのに戦争が始まって、徴兵されて軍人になった。

 少年が青年にその身の上を明かしてしまったのは、軍の連絡網で、父を初めとして家族が全員殺害されたと報告を聞いたからだった。

 だからどうしても青年に、その宝石の意味を知ってほしかった。だが青年は

「人前で無闇にそれを見せてはいけないよ」

 と言って、袋に入れて少年の懐に戻してしまった。青年は気付いてくれなかった。少年は気付いてほしかった。

 どうしても青年に気付いてほしかった、一緒に夢を見てほしかったのに、青年は気付いてくれなくて、そのことに酷く苦しんだ。


 そう言った物悲しさを抱えながら、任務に就く。

 その任務中、襲撃された。少年は先遣で森に行っていて、青年は後続で来る予定だった。その青年が乗った列車も襲撃され、森では待ち伏せされていたのだ。

 爆発の衝撃で少しの間気絶していた。気が付いた時は暗い森の中、あちこち発砲音と発砲炎が上がっているのが見えた。

 とっさに仲間たちの所に駆けて行った。それが運の尽き。

 助けて。

 青年の名を呼んだ。だけど青年はやってこない。

 お願い、あなたに。

 青年の名を呼んだ。だけど青年は現れず、目の前で仲間たちが惨殺されていく。

 いやだ、どうかあなたに。お願い、助けて。

 青年の名を呼んだ。青年は来てくれた。少年を見つけてくれた。だけどその時には既に、少年は殺害されて木から吊るされていた。

 少年の持っていた宝石は、腹部を切開されてその穴に詰め込まれていた。少年は死んでしまった。もはや存在する意味を失ってしまった宝石を、青年が泣きながら取り出した。

 その時になってやっと、青年は気付いてくれたのだ。だけど少年の時は止まってしまった。


 その後青年はウラジオストックへ渡る。道行く人誰にでも語りかけた。政府軍であろうが反乱軍であろうが、駐屯の旧日本軍であろうが、誰にでも。

 あの少年は高貴な身分であった。あの宝石は自分との未来を夢見たのだ。あの少年は、少年は。あの少年の想いを、とうとう気付いてあげられなかった。

 誰か信じて、青年の話を。そうしたら宝石なんてくれてやっていいから、そうしたら青年は幸せに死ねるから。

 だけど誰も信じてくれなくて、青年は路傍で野垂れ死んだ。だから、ただ見つめていた死んだはずの少年は、やはり泣きながら宝石を手に取った。


 少年が取り返したことで、その宝石の持つ意味は未だ失われてはいない。今でも求めている“死後の恋”。今尚求める“死後の恋人”。


「少年の願いはこうだよ。恋人と夢を語りたい。例え叶わなくてもね。少年は気付いてほしい、例え報われなくても。もし報われたら、血統は絶えることなく紡がれて、夢が叶わなくても、一族の誇りを汚さずに済む。それが少年の夢」

 話を聞いて、どんな反応が正解なのか悩んだ。肝心なことは何一つわからないけど、その悲しい“死後の恋”は、青年が気付くには遅く、他人には受け入れられなかった。


 悩んだ挙句、質問をしてみた。

「その少年の名前は?」

 キトカは一瞬目を伏せて、ルキアに微笑んだ。

「君は本当に暗記が苦手だね。記憶力ない?」

「えっ?」

 よもやどこかで名前が出てきたのかと思ったが、記憶を探る限りは聞いた覚えはない。

「名前、言った?」

「言ってないよ」

 やはり記憶違いなんかじゃなかった。改めて同じ質問をした。そうすると彼は無表情になった。

「聞いてどうするの?」

「別に、どうもしないけど」

「じゃぁ必要ないね」

 そう言うとキトカは笑って、宝石の箱を閉めた。その右手の人差し指に光る、ダイヤの埋め込まれた紋章のある指輪だけが、ルキアの目の前で燦然と輝いた。

 キトカが指輪を撫でながら聞いた。

「君は信じる? “死後の恋を”」

 信じるよ、と頷いた。キトカは笑って指輪を眺める。

「宝石欲しさに信じると言ったなら、見下げた根性だね」

「そういうつもりじゃないよ。オレにはその価値は、綺麗ってことしかわからないから」

 少し不貞腐れて言うと「それもそうか」と言って笑うものだから、余計に気分が悪くなった。

(結局キトカの話って、意味不明なんだよな。大体BLって……ていうかこの少年ってキトカ? じゃぁやっぱコイツそっち系なんだ。)

 その時はただ、そう思った。キスされたことを思い出して、身の毛がよだつ思いがした。


 だけど後になって運命は変わる。“死後の恋”。

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