12 勉強熱も奪われた
高校は3年生になった。いよいよ来年は大学受験だ。受験勉強をしながら志望校を選ばなければいけない。
3年生になった年の9月は残暑がきつかった。住んでいる城が丘の上にあって海沿いの為に潮風が吹きこんでくる。その環境に感謝していた、そんな時。
ヴァンパイア達がやって来た。ヴィンセント達は短期間だがこの城に滞在することになったのだが、当然同居人たちとも対面することになる。
キトカはマルクスとポリシアには丁寧に接して、セルヴィとルキアにはムカツク美少年だ。更に腹の立つことに、ヴィンセントには丁寧で、それ以外にはムカつく。
学校から帰ってくると、今は来客もあるし普段は帰ったらすぐセルヴィの手伝いをすることにしているが、テスト期間中は勿論、受験シーズンになってから手伝わなくていいと言われている。そんなことより死ぬ程勉強しろと言う事だ。
その場にいた人達に帰宅の挨拶をして部屋に入り、早速勉強を始める。今日は図書館で本も借りてきて、結構勉強にスイッチが入っている。
そうして問題集とにらめっこしていると、部屋にノックの音が響いた。机から顔を上げて返事をすると、キトカがドアを開けた。
入っていいと言った覚えはないが、キトカは勝手に入ってきて机の前までやってくる。机の問題集を覗き込むと、溜息を吐かれた。
「君、歴史苦手なんだ」
そう言うと、間違っている個所を指さして正解を教えてくれた。
ルキアは理数系なので、暗記の歴史はどちらかというと苦手だ。
「ありがと、キトカ歴史得意なの?」
「年の功だよ」
言われてみれば問題はここ100年以内のことだ。キトカはリアルタイムで生きていたはずなので、ただ昔の出来事を思い出しただけのこと。
キトカが言った。
「僕達の種族も一応子供は産めるんだよ」
(また急に話が飛んだな)
と思ったが、いつもの事なので「そうなんだ」と返す。
「じゃぁレイラも産めるんだ?」
レイラとはキトカの付き人の双子の片割れだ。
「レイラは無理だよ。あの双子はただの精霊だから」
「ふぅん?」
意味が分からず適当に相槌を打つと、案の定バカにされたような視線を浴びた。それに気分が悪くなるものの、それもいつもの事なので諦める。
「君はそんなに勉強して、どうするの?」
またしても突然会話が切り替わる。
「大学、行きたいから」
「行ってどうするの?」
「え、うーん。まだ考え中だけど、公務員かどっかの会社に入る」
「目標とかないの?」
「はっきりとは」
返事を聞いてキトカは逡巡したように腕組みをする。てっきり普段通りバカにされるだろうと思っていたから、そんな小さな仕草でも意外だった。
ふと、キトカが右手を差し出してきた。その人差し指にはダイヤの指輪がはまっていた。その台座、ダイヤの奥には何かの紋章が刻印してある。
「これが僕の夢」
キトカはそう言うとすぐに手を引っ込めたので、それが何を意味するのかはさっぱり分からない。
「でももう叶わない。僕は死んでしまったし、時が経ちすぎて時代は変わった」
夢が何なのかはさっぱりわからないが、そう言ったキトカは珍しく悲しげに青い瞳を曇らせた。
が、すぐにルキアに視線を向けてきた。
「だけどね、一つだけ今でも叶う望みはある。一つだけ父上の遺言を叶える事は出来る」
「なに?」
問うと、キトカはフイと視線を外して背を向けた。
「君には教えない」
そう言って部屋から出て行ってしまった。
それを呆然と見送っていると、段々悔しくなってきて頭を抱えた。
(なんなんだよもう! 気にさせといて秘密とか意味わかんないし! 結局夢ってなんだよ! 本当意味不明だよアイツ! )
結局今日もキトカのせいで、勉強に身が入らなかった。




