10 海辺の卒業式
あれから海には行かなかった。セザリオ達は行っているし、誘われたけど断った。
「あの子たち今日も来るって言ったのに」
そう言われたから行きたくなかった。それを聞いて行きたくなっている自分がなんだか嫌で、「オレはいい」と即答していた。セザリオ達にからかわれるのが嫌で、彼女に会いたいと思っているなんて邪推されたくなかった。
つまらない意地を張ってしまったと後になって後悔した。その頃にはもう、夏は終わってしまった。結局彼女の名前はわからないまま、お互いムカツク相手だと認識したことは間違いない。
そのまま3年生になって、また夏がやって来た。少女の事なんかスッカリ忘れて、とうとう中学校を卒業した。
学校の帰りにみんなで遊びに行くからと、セルヴィの最後の送迎は断った。卒業式だからと、今日はさすがにマルクスたちもやってきて、たまには外で食事でもしようという事になっているから、夕日が沈んだ頃に海に迎えに来てくれることになっている。
その卒業式がまた、酷く騒然とした。
少し前にヴァンパイアから、以前世話になった礼にと、プレゼントをもらった。それにセルヴィは少し恐縮しているが、ルキアは大喜びした。
(よかった。これであのハーレーで送迎されずに済む)
貰ったのはアウディ。黒いピカピカのA8 L W13quattro。後で調べたら20万ユーロもしたので、やっぱりセルヴィは恐縮してしまって、もとより無免許運転だがアウディを運転するために放置自動車を盗んできて、それで散々練習して、卒業式に臨んだようだ。
卒業式にアウディで乗り付け、まずそこで注目を浴びるルキアの家族。降りてきたのはいつもの家庭教師。家庭教師がドアを開けて手を差し出すと、その手を取ってまず降りてきたのはポリシア。レディファーストで、自らはポーラの手を取って降りてきたのはさすがのマルクスだ。
ドレスアップした渋いオッサン、マルクス。美麗な嫁ポリシア。セルヴィがいたことでルキアの身内だという事は誰にでもわかった。
二人まで足を運んで、祝福してくれた事は大変に嬉しかったし、礼も素直に述べた。しかしながら周囲があまりにも鬱陶しすぎて、時折トイレに隠れた。
トイレまでセザリオが追いかけてきて、
「坊ちゃん! パパとママ、飯!」
と訳の分からないことを言うので渋々出て行くと、食事に行かないか、という事で。良かったらセザリオ達もどうか、という事で。
とりあえずランチだけ軽くみんなでごちそうになり、今は海にやってきて遊んでいる、というわけだ。
砂浜の白い砂に足の裏を焼かれるのが嫌で、暑いんだけども靴を脱ぎたくない。かといって靴を濡らすのは嫌だ。あの素敵な身内たちとこれからディナーに行くのだと考えると、服を汚す気にはなれない。悩みどころだ。
ギラギラの太陽が容赦なく照りつけて、木漏れ日がルキアの白い肌をジリジリと焼く。捲った肩のあたりが暑くて、赤くなってきた。
(あっちぃー……)
放っておいたら買ったジンジャーエールが蒸発してしまいそうだ。アイスを舐めて涼を採る。
夕方の食事にはセザリオとセザリオ父も招待されていた。セザリオは高校も科もまたおんなじ、特進科だ。そのことについてセザリオはさも当然と言った顔で、
「オレ勉強頑張ったんだよ、ルキアと同じとこ行きたくって」
と、まるで彼女のような事を言うので苦笑したのも既に思い出だ。
二人で服を汚さないように、辛うじて存在する木陰の下、ルキアの身長ほどもある大きな石に座ってアイスとジュースの頼りない冷たさに縋り、波間でハジける友人達に野次を飛ばしたり笑ったりする。
高校には別の中学校からも入学してくる。
「可愛い子いるかなぁ」
近頃ますます伸びてきた足をブラブラとさせてみる。溶けたマスカットアイスが腕の方にまで垂れてきて、舐めたら汗の味がした。
呟きにセザリオは苦笑する。
「ルキア告られてたじゃん。付き合えば良かったのに」
「セザリオもねー。可愛かったのに勿体ない」
「オレは年上好きなのー」
セザリオは高校に行って、中学生よりはもう少し大人っぽくなった少女たちに夢を馳せているようだ。実際今まで見かけた彼女なんかも高校生ばかりだった。たまには街で見かける大人の女に声をかけたりしていた。結果は「ボウヤには早いわよ」とあしらわれることが多かったのだが、それでも懲りないセザリオは強者だと思う。
溶けたアイスをボトリと地面に落としてしまって、軽くショックを受けた。
「横に持ってるから」
「縦に持つと手に垂れるからさぁ。もったいね」
舌打ちしてスティックを放る。環境大事にしろと偉そうに言って笑うと、セザリオが尋ねた。
「ルキアってどういう女の子が好き?」
尋ねられて、セルヴィの顔が浮かんだ。
「アナさん?」
ズヴァリ言い当てられて、酷く焦った。
「ち、違うし! あれだよ、まぁ参考程度には!」
「ふぅん」
セザリオは足をバタつかせていたのを止めてルキアを覗き込んでニヤニヤする。
「んだよ」
「べっつに。そーいや父ちゃんこないだアナさんとデートしたって」
「ウソ! マジで!?」
勢いよく食って掛かると大笑いされる。時々からかわれて笑われるのが酷く不服に思う。
「気にしてんじゃん」
「そういうんじゃなくて。色々複雑ではあるけどね!」
「あーまぁね。父ちゃんとアナさん結婚とかしたら、オレとルキアって何になるんだろうな」
「ヤな事言うな」
「嫌かー? それは父ちゃんとアナさんが付き合うのが? それともオレと姻戚関係になるのが?」
「どっちも!」
「あは、つめてぇ」
セザリオはアイスが溶けて、ルキアの二の舞にならないようにばくばくと口に入れる。冷たさで頭が痛くなったようで、頭を抱えて悶えている。
海の方に視線をやった。相変わらず友人たちはハジけている。
クラスのほとんどは同じ高校に行く。科は結構別れてしまった。何人かは違う高校に行く。
「ルキアー」
「んー?」
ゴクンとジンジャーエールを飲んで、流れた分の汗を補給する。炭酸飲料の魂とも呼ぶべき炭酸は抜けていた。
「お前大学行くの?」
「その予定。セザリオは?」
「考え中。特進選んだ以上は行くと思うけどね」
魂のない炭酸飲料に用はない。地面にダバダバ溢してやった。
「ルキア夢とかあんの?」
夢。ルキアの夢と言うより、セルヴィの夢。大人になってルー・ガルーになっても、ある程度社会で生きて欲しいという願い。
「夢ねぇ。なんだろう、普通に生きる事」
「なにそれ夢見る事か?」
夢見る人が身近にいるから。
「普通が一番難しいとか言うじゃん」
「まぁなー」
「セザリオは?」
「オレ警察官なりたい。モテそう」
「あーいいねモテそう。捕まったら友達のよしみで逃がしてよ」
「何する気だよ」
その内自分がルー・ガルーのせいで人を殺しちゃうかもしれないから、とは言えないけれど。思いついた。
「オレが悪いことしたら、お前に止めてもらうか、捕まえてもらえたら嬉しいかなぁ」
「マジ何する気!? オレ犯罪者とは友達やってけねーよ!?」
本気で心配しだすセザリオが可笑しくて笑ったら、からかわれたと思ったようで悔しそうに足をジタバタさせた。
いつの間にか西に太陽が沈んでいく。空がオレンジ色になって、青い海もオレンジ色が反射している。この愉快な友人たちとこうして遊ぶのも最後になるのかもしれないと思うと、感慨深いものがある。
「ルキアー」
「んー?」
「オレさぁ、ルキアとはずっと友達でいたいからさぁ、悪い事すんなよ」
「しないよ。ていうかセザリオって、オレの事好きだよね本当」
「割と大好き」
「気持ち悪い」
「ヒドイなお前」
少ししょげ返ったセザリオが可笑しくて笑ったら、怒って頭を叩かれた。




