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シラタキの帰還


「……というのが僕の言い分なわけだけれど」


「話はわかったわ。そうしてちょうだい」


「ありがとう、話のわかる人でよかったよ」


 どこかの地下にある豪華な会議室で、白い髪の少女は帰り支度のためにプレゼン資料を片付けはじめた。大量の紙束やノートパソコンを無造作に鞄に突っ込んでいく。

 それを美しい妙齢の女性が、苦々しいような顔で見つめている。

 偉そうな豪華な椅子に座っているその女性は、邪雅一族の統領、《五月の女王(メイクイン)》であった。


□ ■ □ ■ □



「だ、大発見なんですよ!メモリアルを持ち上げたときに、ぴらって、ぴらって出てきたんです!」


 真子が1枚の可愛らしいメモ用紙を机に置いた。


「うん、読めない」

 もじゃもじゃしたゾウリムシがのたくったような、シラタキの文字だ。


「読めたの?」

「こう、暗号解読に近い感じで、他の文章と合わせて予測しながら読んでいくと、『ちょっとでかけてくるね。予定書いておくから』って読めたんです!そしたらこっちも!ほら!数字に見えるでしょう!?」


 そう言われると読めなくもない。そう言われなければ、なんとも読み難い。

「そう言われると……」

 半兵衛が同じような顔で首を傾げている。

「で、予定は?」


「静岡に行って、長野に行って、ニューヨークに行って、北海道に行って、で、今日帰ってくるみたいなんです!」

「あらま」



 がらっとドアが開いた。

「そう。そこまで大体、僕の予測した通りだ」

 量の多い白い髪をツインテールにした小柄な少女が偉そうに立っていた。白いフレームのメガネを中指でくいっと上げる。

「シラタキちゃん!!!」

 真子がその姿を目にして、わなわなと口をあけてふるわせてから、飛び出していって勢いよく抱きついた。

「まったくどこ行ってたんですか、なにも言わずに消えてしまったから、私……私……」

 安堵の涙を流しはじめる。

「メモを残していったじゃないか」

「もうちょっとわかりやすく残してくださいよ!」

 シラタキは真子の頭をぽんぽんと叩きながら、

「でも、そのせいでごりさんと仲良くなれたろう」

「……はい」

「君たちは気が合うだろうと思っていたんだ。よかったろう」

「はい! でもそれとこれとは別です! もう心配させないでくださいよ……」

「いやあ、たまには心配されるのもいいものだね」

「もう、シラタキちゃん……」


 無事に帰ってきた、ということらしい。

 俺たちも皆、安堵で胸を撫で下ろした。


□ ■ □ ■ □


 おみやげだよー、と言って各地の変わった味のお菓子を机に広げながら、シラタキは話しはじめた。

 それは、俺たちのまったく予想もしていなかった話だった。


「あのね、結論から言うと、邪雅一族と話をつけてきた。

 《赫月》、《デストロイヤー》コンビは向こうさんの主要戦力でね。

 ていうか《赫月》は幹部クラスね。なんか偉そうだっただろ?

 そいつらが倒されるタイミングで、和平交渉しにいったの。

 ちょっと前から接触はしてたんだけど。


 そもそもなんだけど、彼らは不老不死を求めて可能性のありそうなやつをあっちこっちからひっ捕まえて研究してる団体で、ごりさんの超回復力が欲しくて力ずくで手に入れようとしてた。

 でもね、ごりさんの力は知っての通り、力を手に入れる代わりに見た目がゴリラになってしまう。

 でも邪雅一族が不老不死を求めた本来的な目的は、統領である《五月の女王》さんが、己の美しさを未来永劫保ちたかったから、なんだよね。

 つまり、最初からマッチングミスだったわけだ。

 でも話し合いもしないで奪って貪るようなやり方をずっとやってたから、なんたって彼らは、強いからね。特権階級みたいなつもりだったんでしょう。話し合いなんて選択肢になかった。サイの角を密猟する人がサイの話なんか聞かないしサイの生活を考えたりもしないのと同じだろうね。

 そこで僕は、彼らはすぐには折れないよっていうところを見計らって、資料を集めて、プレゼンしてきたわけね。


 無闇に襲って奪うのはリスクが高いことがわかったでしょうし、現時点でこの力は、あなたたちの求めるものではないことが判明している。

 だから、今後はこれをふまえて共同研究をしましょうと」


 きょとん。

「共同研究?すんの?」


 シラタキはうんうんと腕を組んで肯いた。

「なるべく迷惑はかけないようにはするよ。

 少なくとも、襲われたり殺されたり殺し合ったりはもうしないで済む。いいだろ?」


 シラタキは鞄から数枚の写真を出してきた。

「これはなんだと思う?」

「ゴリラだな」

「じゃあこっちは?」

「え、ゴリラ」

「こっち」

「ゴリラですよね」

「じゃあこれは」

「ごりさんですね」

「俺じゃねえか」


「こんな現象を目の前にして!ゴリラ好きの私が、興味を持たないわけがないだろう!?

 ずっと観察をしていたけれどもっと直接的に研究をしたくてしたくてしょうがなかったんだ!」


「どういうこと?」


「この写真、2枚めと3枚めはね、人間なんだよ」

「えっ!?」

「どう見てもゴリラにしか見えないが」

「じゃあ、これがまさか、どきんさんの言ってた……」

「ごりくんの同郷の被験体だった者たちの写真だ。

 どう見てもゴリラだった、はじめて知ったときは僕も驚いた! わくわくして身体中が震えたね!」


 そもそも、とシラタキは早口めに言葉を継いでいく。


「みなさんもうご存知なのだろうが、そもそも僕が興味あったのはゴリラでね。ゴリラ似の人じゃない、野生のゴリラだよ。

 でも少し前から日本の野山でゴリラが目撃されたという情報があって、不審に思っていた。

 目撃情報をたどってやっと、ゴリラ研究の同志たちがそれの捕獲に成功した。

 見た目はどう見てもゴリラだった。でも同志たちが調べてみたところ、遺伝子から言うと人間だと言うんだから、誰もが驚いたし、わけがわからなかった。僕も非常に驚いた。人語も話せないし、ほとんど生態は野生動物だったからね。

 さまざまなゴリラ情報をたぐりよせているうちに、僕はごりさんにたどりついた。最初は人間とゴリラのハーフなんじゃないかと疑ってもいたんだけれどね。そして、ごりさんの村の研究者の生き残りに接触することに成功した。ごりさんの出自を知って、人間社会に溶け込めるギリギリのラインのゴリラとして、僕は君に多大な興味を持ったというわけだ。

 まさに境界線上のゴリラだよ。

 君を観察するためにここの学校も選んだんだ。

 そしてずっと観察していた。


 まあそういうわけでゴリラ研究が本分なんだけれど、世の中にある、生き物にまつわる様々なことに興味津々なわけだよ、僕は。何もかもを知りたくてしょうがないんだ。

 不老不死なんてものは最近までおとぎ話だと思っていたけれど、ゴリラから端を発して僕はそんな世界があることにまで、たどり着いてしまったんだから。

 知りたい、知りたい、知りたいんだ僕は!


 そういうわけだ。君たちに損はないと思うのだけれど……これでいいよね?

 正直なことを言うとごりさんの観察をもっと間近でしたいわけなんだけれども、つまり、邪雅一族の件を収束してやったんだからごりさんの研究を、僕に、自由にさせてくれ、という君たちへの交渉カードを使っているつもりなんだけれどね?

 では不満があったら挙手をしておくれ」


 イエスと答える以外に選択肢があるだろうか。

 ごりは腕を組んでしばらく考え込んだが、


「あー、難しいことはわからん。シラタキちゃん?おまえも映画に出て、ていうか映研の部員になってくれれば俺はそれ以外わりとどうでもいい」


「OK。だいたい、予想通りだよ」

 シラタキはにっかり笑って、懐から入部届を出した。

 若干しわくちゃになっている。そういう性格なのだろう、たぶんあのめちゃくちゃにひっくりかえったような彼女の部屋も、やはり荒らされたわけではなく素のままだったに違いない。


 ごりはそれを受け取って目を通したが、なんだか難しい顔にしかめた。

「……えっと、読めないからもうちょいきれいな字で書いてくれる?」

「おっと。それは予想外だ」


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