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偽者ヒロイック・ハート

「大人気!ゴールデンゴリラちゃん!!」

「時代はゴリラ系女子だ!?」

「見かけだましの可愛さはもういらない!」

 そんな見出しが飛び交う。

 若い女性向けの雑誌でポーズをとっているのは、可愛らしい金色のゴリラ的な女子である。


「もっち、やるじゃん」

 宇宙柄のワンピースを着たゴールデンゴリラちゃんこと、もっちが載っている雑誌を見ながら、俺とごりは部室でだべっていた。

「なんでだろう、もっちは蒲生と違ってめっちゃかわいく見える」

「ふつうに読モやってたときより人気出てるって。ファンレターいっぱいもらってるらしいよ」

「ゴリラってやっぱいいよな!」

「うーん、おまえを除いてな」


 どこどこと特徴的な足音がして、噂をすればというのか、どきんがやってきた。


「あっ、もっちの雑誌、あたしも買ったわ!もうかわいいのなんのって!!」

「おう、蒲生。どした?」

 俺たちと向かい合わせにどきんは椅子に座った。

「ねえ、ゴリラ系女子が流行りってことはあたしもモデルデビューとかできるのかしら? 売り込んじゃおうかしら?」

「うーん、おまえはなんか違う。鍛えすぎ身体」

「やっだー、筋肉はなんでも解決するって言うじゃなーい! あった方がいいはずよ!」

「話にならん」

「この宇宙柄のワンピっておそろいでつくったんですって? あたしも仲間にいれてくれればよかったのに!」

「おまえはだって……ひとりだけ型紙が違いそうな体型してるもんなあ。てか学校来てなかったじゃん。いまからでもつくり方教えてもらえば」

「そうよね、そうするー」

「なあ、休んでたのって、もしかして」

「あ、そう! その話をしに来たんだったわ!」


 雑誌を横にどけて、どきんは真剣な顔になった。


「いんかちゃんのことなんだけど」

 片羽をもがれて記憶を失った、邪雅一族のまだ幼い少女の顔が脳裏に浮かぶ。一瞬、胸が締め付けられる。

「坂くんそんな顔しないで。大丈夫。結果的には、いい方向へ動きそうだから」

「そうなのか?」

「シラタキちゃんが共同研究を申し入れてくれたおかげで、いんかちゃんが生き延びるための薬を提供してもらえる流れになったわ。こちらで預かったまま、ね。ほんと、よかった」

「そうなのかあ……!」

 俺は安心感でどっと脱力した。

「あっ、でも、それはもとの凶暴ないんかに戻っちまうってことなのか……?」

「いいえ……一度失われた記憶は戻らないわ。残念ながら、と言っていいか幸いと言っていいかはわからないけれど」

「俺たちにとっては幸い……だけどな……」

「こないだ会ってきたんだけど、坂くんに会いたがってたわ。時間ができたら遊んであげてね」

「ああ」

 どきんが立ち上がった。

「じゃあ、あたしの用事はそれで終わりだから。行くわね」

「またなー」


 どどどど、と足音が去っていった。一瞬部室に静寂が落ちる。


「なあ、ゴリラいいよなって言うんなら、素直にどきんさんとくっつけばいいんじゃねえの、おまえ」

 俺はふと湧いた疑問を口にした。

「あいつは……性格がうざいからな……」

 歯切れが悪そうに、言う。頭をかきながら、ごりは、複雑な顔をした。

「俺がのんきにゲームして、ぜんぶ忘れちまってなんにも知らないでいる間、あいつがずっと守ってくれてたって思うと……なんか男として立場ねえなっていうか、いまさら、どのツラ下げてっていうか、なあ」

「どきんさんの方は気にしないと思うけど……」

「だからなおさらなんだよ……わかれよ……」

 こいつなりのプライド、なのだろうか。命の恩人、だとか、なにかこの二人の間には、もはや恋だ愛だほれたはれたみたいなものより遥かに重い関係ができてしまっている。

「受け止めるには時間が必要、とかそういうこと?」

「それだ。時間めっちゃ必要。こないだあんな話聞かされたばっかで、おれはもう頭ん中ぐちゃぐちゃなんだよ。いろいろ整理しないといけないけど、その前に映画が先だからしばらく放置するの決定だし」

「決定なのかよ」

 どきんへのごりの精一杯の甘えなのかもしれないと思うと少しだけ微笑ましくもある。



 と、ノックもなしにドアがあけられた。

 部員の誰かが来たかなと思って目をやるが、そこにいたのは知らない男子生徒である。

「ふざけるなよ、おまえ、ふざけるなよ……」

 わなわなと怒りで体中をふるわせて立っていた。


「さんざんUH団の活動を邪魔されたと思ったら今度は……なあ、おまえのせいでもっちがゴリラになったって本当か?本当なのか?」

 ごりはあごをなでながら、

「まあ俺のせいっちゃ俺のせいだわな」

 誰だおまえ?って顔でそいつを見ている。

 やがて思い出したようで、指を差した。

「あ、どっかで見たことあると思ったら、盗撮くんじゃねえか!」

「盗撮じゃねえ!盗撮……なんだけど正義のための隠し撮りだよ!」

「ハッハァ〜ン。悪事を正当化するのはよくないですぞ」

「イライラする!イライラすんなそのしゃべり方!くそ!

 なんでもっちはこんなのと仲良くしてんだよ!」

「もっちは基本的に誰とでも仲いいからな。キミのような差別主義者とは違うからさぁ」

「ふざけるなよ!」

「つかUH団ってなんなんだよ、うるさいハエ?」

「恨みを晴らす、UH団だ! おまえが邪魔さえしてなければ、生徒たちの悩みを解消しまくって、いまごろは少年探偵団並に学校内で有名になってただろうよ!」

 なるほど……作品が違えばきっとこいつの方が主人公だったのだろう。たしかに、目つきが悪くてなんだかラノベの主人公みたいな顔をしてやがる。

「鍋ちゃんいいやつなのにな。なんかしようとしてたの、ぶっちゃけ俺許してねえからな」

「鍋……倉先生?」

「えー、あれだろ?俺ちゃんが前ーに、USB盗んでやったやつだろ?ひっどい映像入ってたな。鍋ちゃん先生の秘密でも暴いて、鍋ちゃんへの恨みを晴らしてくれって頼まれたのか?」

「えっ……あっ!あのときのあれもおまえのせいだったのか!あれも散々な結果だった!俺の信用は地に落ちた!」

「逆恨み買ってばっかで、教師も大変だよなー」

「それは置いといて俺がいちばん許せねえのが田戸のねーちゃんの件だよ!恨みを晴らす準備は万全だったのに!直前でめちゃくちゃにしやがって!」

「あー、あれな、田戸のねーちゃんの彼氏におまえの盗撮したやつ渡したら、なんかより戻したって言ってたぞ?」

「え? うそ」


 目に見えてそいつが動揺したのがわかった。


「だいたい他人の痴話喧嘩に盗撮の濡れ衣なんて、警察呼ぶような罪つくって着せるなんてやりすぎなんだよなあ。殴って話し合わせろよ」


「え? ちょ、……まじで?」

「まじまじ」


 そいつはしばらく黙った。いろいろ思い返して合点がいったようないかないような複雑な顔で視線をさまよわせていた。



「そ、それとは関係なくもっちの話は……関係ないだろ!」

 気を取り直したのかなんとか言葉を継いでくる。折れそうな心を必死に支えているような切迫した表情である。


「つかなんでもっちのことで俺怒られるんよ。あっ……さては、おまえが偽坂か! ここでなんかしてたのか!」

「そうだよ! もっちと仲良くなりたくておまえの友達のふりまでしたのに……なんでゴリラなんかになっちまうんだよ!あの可愛くて儚げでいまにも折れそうな華奢で華麗な完全体だったもっちが……!」



 少しごりは、可哀想な人を見るような目をした。

 しばらく黙ってから、ぽつりと

「もっちってさ。立ち方がすげえ綺麗なんだよ。性格が姿勢に出てるんだと思うんだが、だからひまわりみたいなんだ。俺、あの子がゴリラになってからはじめて会ったときも、ひまわりみたいに笑ってて、ああこの子はやっぱりもっちだって、すごく安心したんだわ」


 ごりはしばらく口を尖らせて、それからため息をついた。


「だからおまえが可哀想だわ。わかるけど、もっちはそりゃあ可愛かったけどさ。おまえ、もっちの外見しか見てなかったんだな」


「そんなことは……ない……もっちの内面が美しいことだって百も承知だ……」

「だったら俺に怒ってる場合じゃねえだろ、まずはもっちんとこいってさあ、『見た目が変わっても君は変わらないな!永遠に愛し続けるよ!』くらい言ってやれっつうの。ていうか、もっちに告白したのおまえってことだよな?なに、そっからも逃げたくせに、ほんとにおまえは本人と向き合おうとしねえんだな、怒り通り越して呆れるよ。殴る気にもならねえ。なんとか団とかやってる場合じゃねえだろ、自分の気持ちとも向き合えないやつが人のためぶってんじゃねえよ、他人のためになにかしてるつもりになることで自分から逃げてるんだろう、それ?」

「こ……告白の件は……なかったことにしてもらうから……もうあんな姿、女として見られない……」


 がたっ、と戸が鳴る音がした。

 そこに立っていたのはもっちだった。



「そういう人もいるだろうとは思ってましたけど……坂さんがそんな方だったというのは、やはり……ショックです……ごめんなさい」


 涙を散らせて走り去っていってしまった。



「あ……」

 立ち尽くす偽坂。

「追いかけねえのかよ」

 ごりが思いのほか優しく聞いた。偽坂は動かなかった。

「じゃ俺の出番ですわな」

 ごりは勢いよく立ち上がると、けたたましい足音を立ててもっちを追いかけて出ていった。

 偽坂が膝から崩れ落ちた。

 こんなかたちで失恋するのもつらかろうが、擁護する気にもならずに、俺はどこか白けた目で、肩を震わせて泣いている偽坂を眺めていた。

 三次元の女なんて、多かれ少なかれ時間が経てば外見なんて変わってしまうものだ。

 最初から二次元の嫁でも愛していればよかったのに。


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