もっちとゴリラの選択肢
「もっち!もっち!!」
文の一撃めで気絶した普賢丸の腹を、ごりが金属バットでこじ開けようとしている。おっかなびっくり真子も近付いてきた。バールのようなものが役に立った。梃子の原理でこじ開けが比較的楽にできた。
引きずるようにして腹の檻から脱出させた半兵衛は、どうやら無事のようだ。見た目に大きな外傷はない。
檻は外部の衝撃からもある程度守る機能があったらしい。
真子が優しく頬を叩くと、意識を取り戻したようだった。
「一体、何が……」
だが捕まっている間に昨日のような電撃をおそらく何度も食らったのだろう、体がまだスムーズに動かない様子だ。
だが文は珍しく、それどころではなかった。
ぺんちゃんどころではなかった。
だって彼女も友達だったのだから。
文は優しくもっちを抱きかかえ、そして横たえる。
口から血を吐いて、もっちは手を伸ばす。
文の頬に。
血の気を失っていく唇を動かす。
「思い出しましたか、あなたはぺんちゃんを好きだってこと」
「知ってる!知ってるから!もっち……無理してしゃべらないで……」
もっちの腹には大穴が空いていておびただしい量の血が流れ出していた。
だが心配させたくないのだろう、もっちは口から血をこぼしながらも、気丈げに笑ってみせる。
デストロイヤーと決着をようやくつけたどきんが駆け寄ってきた。その光景を見て青ざめるが、一瞬だけ迷って、口を開いた。
「もっちを助ける方法が……あるんだけど」
「なに?教えて、なんでもするわ」
真剣な眼差しの文。
「ち、致命傷に……見えるんですけど……」
口元を押さえて涙をこぼしはじめる真子。
どきんはまた少し迷ったが、すぐにそれを提示した。
「ごりの血を輸血することよ」
「はあ?俺?なに?」
ごりがすっとんきょうな声をあげる。
「ごりはね、ぜんぶ忘れちゃったのよ」
そこからどきんが手短に話したのはこんな話だった。
ある山中の村で特殊な能力の研究をおこなっていた。
それは人間の自己治癒力を、極限まで発達させるという実験であった。
多くの犠牲を出しながら、実験は結果を出していった。
傷を付けられてもあっという間に治る力を彼らは手に入れた。
超回復力。
だが弊害があった。
過度に不自然に筋肉や組織が発達してしまい、体毛も伸び、見た目がゴリラのようになってしまうのである。
そして脳も野生動物のようになってしまい、言語が通じなくなったり、理性的な、人間的な判断力を著しく欠いてしまうようになるのだった。
これでは、いくら傷を回復できたところで、人間社会でまともに生活を送るのは難しい。
実験は繰り返され、やがて被験体となったひとりの少年が、人間として社会生活に溶け込めるであろうぎりぎりの見た目、ぎりぎりの理性を持つことに成功した。
だがそんなおり、理性を制御できなかった多数の被験体が、怒りに身を任せ、感情の暴走するままに施設を破壊してしまった。
ひとりの少女が巻き込まれて深く負傷し、少年は彼女に輸血をした。
その超回復力がある血液を、少女に分け与えた。
やがて施設は破壊し尽くされて完全に機能を停止し、研究者はほとんど死んでしまい、被検体たちは野山へと散り散りに逃げていった。
あとにはゴリラのような顔の少年と少女が残った。
少年は少女を助けるため、血を抜き過ぎたショックにより、それまでの記憶をほとんど失ってしまった。
少年も負傷していたので、超回復力の再生力が過去の記憶を押しつぶしてしまったためとも考えられた。
残ったわずかな研究者はそれらを彼に伝えないまま、彼をふつうの学生として生活させることを選択した。
「それがあたしとごりの生い立ちよ。
わかったわね?
ごりの輸血で助かる可能性がある。
でも、見た目がゴリラのようになってしまう。
それは、かわいいあなたにはとてもつらいことかもしれない」
どきんは一瞬言葉を詰まらせた。
これまでの自身の過去のいろいろなこと、おそらく多少の後悔などもあったに違いない、それが頭の中を駆けめぐっているのだろう。
「どっちを選ぶかはあなたの自由だけれど、あなたにも生きてほしい……あたしはこんな外見になっても、生きててよかったって思うから……」
もっちはにっこりと微笑んだ。
彼女は迷わなかった。
「私を助けてください。
私、友達は大切にするんです。
友達を殺したなんてことを、一生背負わせるのはいやだから。
わたしは生きますよ。
ゴリラになるくらいささいなことです」
どきんは安心したような複雑な表情で、涙をぽろりとこぼした。
「ありがとう。ごり、血を少しもっちに飲ませて」
「飲ませればいいのか!」
ごりは勢いよく手首を噛みちぎった。こちらも躊躇はなかった。
「いったん命をつなげるだけなら何口か飲ませれば大丈夫だと思うわ。私がそうだったから。それから、あとで病院で輸血をすれば、後遺症とかも残らないくらいに回復力を得られると思う」
「飲めもっち!」
ごりはもっちの口の上に血をだばだばこぼした。
もっちの喉がこくんこくんと動く。
すると、目に見えて出血が止まり、抉れていた腹の肉が盛り上がってきた。
「おおお!まじか!おおおおお!」
本当に何も知らなかったごりは純粋に驚いて叫び声を上げている。
「はやく病院に運びましょう!」
どきんがもっちを担ぎ上げる。
「待ちたまえよ。そんなに簡単に帰ってもらっては困る」
赫月が立ち塞がる。が、
「邪魔だ!!!どけえええええええええ!!!」
半兵衛が檻から出されて“接続が回復”した文の一撃で、遠くに飛んでお星様になった。




