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ごりと少年老いやすくいろいろ難し


 文はまたずっと体が痛いらしく、数日学校を休んでいた。


 昼休みに職員室の前を通りかかると、鍋倉先生とばったり遭遇した。

「や! 進んでる?なんか撮ってる?」


「あー、まあ、進んでなくもないです」

 人が集まって撮る内容も固まってきている。

 ゲームしかしてなかった頃に比べれば進んでいると言っていい。

 といって、映像はまだほぼ撮ってないので進んでないに等しい。

 なんかそれどころじゃねえこと起こり過ぎだし。

 少々の後ろめたさを感じつつ、ごまかし気味に俺は先生に告げた。


「時間はあるように思えてあっという間だからなー、なんていうとおっさんくさくて嫌がられるんだけど、ほんとだからな?

 まあがんばれ。

 そういや、こないだ渡したCD-ROMは見た?」

「あ……そう言えば見てないです」

「ごりは見てそうだった?」


「いや、渡したとき、ごりの様子がなんかおかしくて。

 CD-ROMは無理やり奪われちゃって、どっか隠しちゃったみたいで」


 そういやあれはなんだったんだろうかと思い返す。

 よくわからないがやばい雰囲気だったので、その後その話をしていない。


「どんな映像なんですか? ごりが嫌がるようなものなんですか?」

「なんのって、こないだ言ったとおり、卒業生のつくった新入生勧誘用の動画だよ。

 僕はあの作品、すごくいいと思っているんだけど、ごりくんは好きじゃないのかなあ。みんなで一度見たときもなんか変な顔してた気はするんだけど」


 鍋倉先生の話によれば、それは大根醍子という去年の部長がほとんどひとりでつくったものらしい。

 その年は、部員数は少なくはなかったがほとんどが3年の幽霊部員で、真面目に活動しようとしていたのはその大根さんだけだった。

 ひとりと言っても、幽霊部員からあるテーマで動画を持ち寄ってもらい、そこから先はひとりで、それらの動画のつなぎの語りを入れるストーリーテラー役として彼女が脚本を書き、演者としても出演し、カメラマンに先生だけ連れてつなぎ部分のロケをした、ということらしい。


 そのテーマは

「大切なものってなんだろう」


 きれいにまとまっていたので、学生コンクールで入賞するほど出来映えもよく、大がかりなロケを行わないこの形式なら部員一人でもなんとかできる。


「だからすごく参考になると思うんだけど、どうかなあ。

 それともごりくんでも、他人の才能に嫉妬とかするのかなあ。

 思春期だしそういうこともあるのかなあ」


 嫉妬……あまりしそうにない。

 他人なんてどうでもいいと思ってそうだ。

 でもじゃあなぜかと言ったらわからない。


「仁多さんもいるもんね、せっかくだからごりくん抜きで見ておくれよ」


 そう言って、鍋倉先生は机の引き出しから前と同じCD-ROMを持ってくると俺にくれた。


「ちなみに、なんで今年ごりひとりでもやってるかって言うと、それの評判がよかったから。作品の、ひとりでできる実績と、賞のおかげで学校から出る部費の額も上がったんだよね。

 まあ、そのわりにごりくん以外、入部希望者がいなかったのは心外だったんだけど、ま、興味のある人がいるかどうかは運みたいなとこあるから文系は仕方ないよね」



□ ■ □ ■ □



 どきんはその動画を以前見たことがあるそうだ。


 文が復活してから放課後のはやめの時間に、俺たちはごり抜きで集まった。

 文、半兵衛、真子とどきん。

 赫月の襲撃以降、心配なのだろう、どきんもちょいちょい部室に顔を出すようになっている。


 ごりは鍋倉先生がちょっと引き止めておいてくれると言うことで、職員室にいる。


 学校貸し出しのノートパソコンにCD-ROMをセットし、再生。

 短くまとめた5分バージョンと、フルの20分バージョンが入っていて、連続して一度通して視聴した。

 特におかしなところがあるわけではない、と動画の内容よりごりの様子の方が気になっている俺は、ごりの引っかかりそうなシーン探しに終始しながら見てしまった。

 だが、そんな見方をしていても、おかしいどころか、素直になかなかいいなと思える映像だった。


「これ……私すごく好きです……」

 ハンカチを目に当てながら真子がぐすぐすと感想をもらす。


「たしかにこの形式なら、ひとりでもつくれるというわけですね……なるほど、参考になります。テーマも普遍的で誰の目にもわかりやすい」

 半兵衛はわりと冷静に観察していたようだ。その半兵衛の顔を見つめながら文が「私の大切なものはぺんちゃんだからね!!」と無言で視線の圧を送っているのを感じる。


「2周目いきましょう」

 と真子が再び再生ボタンを押した。



 配偶者がお互いになにより大切だという恋人たち。

 好きな子の名前を赤くなりながら叫ぶ学生。

 持っているたくさんのおもちゃをひとつずつ、ぜんぶ大事だと紹介していく幼児。

 孫からもらった折り紙をいつまでも箱にしまっている老人。

 海が好き!同じくらい友達が好き!と水泳部員だろうか、水着の少女たち。



 中盤を過ぎたあたり、かわいらしい少年の語っているシーンでどきんがぽつりとこぼした。


「これがごりなのよ。小さいときの」


「は?」

「えっ、なに言ってるのそれ?」

「どれって!?」

 一同、どっとざわめいた。


 のろけたような神妙なような微妙な顔で、どきんは言った。

 表情からして、冗談を言っているわけではないらしい。


「まさかって思うでしょ。

 わかるから信じろとは言わない。

 でもごりが拒否反応起こすのはここ。

 それは見せればわかるわ。

 大根さんのお父さんが昔にたまたま撮ってたんだって、ほんとに偶然。

 まあかわいいからね、うん、かわいかったのよこの頃のごりは、ほんと」


「ちょちょ、もっかいここリプレイしましょう」


 巻き戻して真子が凝視する。



『僕の大切なもの?』

 5歳くらいだろうか。少年は邪気のない笑顔で笑う。

『たくさんあるけど……未来かな!』

 年のわりには言うことがませている。

『それさえあれば……なんとかなるじゃん!』


 その少年の画が1枚の写真になり、少女がそれを拾い上げる。

 この少女が大根先輩なのだろう。

 長い黒髪を揺らしながら写真を胸に抱きしめ、

「それはとても大切だ。

 戦争も終わり、私たちの国では戦火で死ぬことも餓死することもほぼなくなった。

 だが私たちは絶望し、ときに自ら死を選ぶことさえある。

 未来。

 世界に殺されなくなって、私たちは無理やりに未来そのものを奪われることは少なくなった。

 だが、それで自動的にひとりひとりによい未来が保証されるわけでもない。

 自分たちの手で守らなければ、それはすぐに失われてしまう――

 ああ、大切だ」

 朗々とした声で画面のこちらへと呼びかけてくる。




「成長って残酷ね、これがああなるなんて」

 と文がつぶやく。

「も、もう1回!」

 真子がまた巻き戻す。



 と。

「それ見てんのかよ!!」

 ごりが戻ってきた。部室に入るなり、悲鳴に近い声を張り上げる。


「ヤメロ……ヤメロ……ヤメテクレ……!」

 荷物を放り出して、頭を抱える。

 ロボットダンスのようなカクカクした動きで、喉から変な音を出している。

 前よりも幾段か挙動がおかしい。


「なんなんだよおまえ大袈裟だな、あれか、昔の自分に嫉妬してんのか」

 茶化すふうにそんなことを言ってはみるものの、

「ざわざわする……胸がざわざわするんだ、いやだ……!

 そいつ見ると……気持ち悪い!!」

 俺の声すら聞こえてないような様子である。


「ごめん、止めてくれるかしら」

 壁に頭を打ち付けはじめたごりを、どきんがそっと抱きしめて落ち着かせる。


「ごり、もういいのよ、大丈夫よ」


「こいつ見るとなんか、ざわざわする……

 見ちゃいけないものを見てる気分になるんだ……

 なんでかはわからない……わからねえんだよ、でもすげえ嫌な気分なんだ……」


「はいはい。そうね。見ないでいいわ」

 母親のような仕草で、どきんはごりの頭や背中をさする。


 なにがなんだかわからないが、俺たちはごりが落ち着くまで見守るしかなかった。


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