最初の訪問者
一週間が経った。
殴られて以来、ごりと俺はひとことも口をきいていなかった。といって、顔も合わせていないわけでもなく、放課後は映研の部室に来ては、ただ無言で通信ケーブルを差し合い、ほどほど対戦したあとはまた無言でごりは帰っていった。
話すことは何もないのだとしかめたごりら顔は刺すような圧力を放っていた。
だがそちらから話す機会はあたえてやっているのだという、おそらく、おそらくそれはごりの優しさなんだろうと思う……
だが、まったくもって俺にはその心当たりがなかったのだった。
この日もごりと俺は黙ってただ通信ケーブルでつながっていた。
そして、控えめなノックの音が部室に響き、ドアがあけられた。
「あの……すみません、ごりさんと坂さん?がいらっしゃるのはこちらでしょうか……?」
おそるおそる問いかけてくる、上目遣いがまるで小動物のような少女だった。
抱きしめるようにダブルリングの分厚いノートを数冊、両手で持っている。
ノートには「シラタキトキメキキラメキハバタキメモリアル」とタイトルが書いてあった。
ごりが急に笑顔になった。
「我が映画研究部へようこそ! 新入部員はいつでも歓迎しますぞ!
その分厚い本はなにかな……もしかして自作のシナリオだったりする!?
ライターキターーーー!!!! 作家キターーーー!!!!」
両手を広げて高速で回転するごりに、少女はびくっと飛び上がり怯え度MAXでカタカタふるえながら、なんとか勇気をふりしぼって口を開いた。
喜びを表現したいのだろうが、そんなに威嚇するなよごり、可哀想に。
「これは私が書いたものではないのです……シラタキちゃんを、知りませんか?」
ごりの回転がゆっくりになっていく。
「はて?え?シラタキ?ちゃん?」
既にライターだと決めつけていたらしいごりは戸惑いがちにそう言った。
ごめんなさいすみません申し訳ありませんといった空気を放出しまくって縮こまる少女は、それでもなんとか説明しようと口を動かす。
「私は……その……シラタキちゃんを探しているのです……」
やがてピタッと回転をやめたごりは首を腰ごと90度に傾げて、全身から疑問符のオーラを出して、もはや視点の定まらなくなっている少女をじっと見つめた。
「つまり……貴様は、入部希望者でもないのにのうのうとこの映研の門をくぐったと? まさかそんなことは?」
「えっ……ひっ……」
「まさか? まさか? まーさーかー???」
「あの……その……それは……」
「脅迫してんじゃねえく○ごりら」
「おうふ」
いたたまれなくなって、俺はひざかっくんでいったんごりを黙らせた。ごりら顔はただでさえ女子受けが悪いのに、そんな恐ろしい面相を近付けたら気の弱い女子は怯えてしまうに決まってる。
「な、なにをする坂の分際で……」
手足をこんがらがせてうずくまるごりを俺は机を乗せて封鎖して、少女に向き直った。
「こいつのことは気にするな。で、何の用だって?」
「やめて……やめて……こわいよこわいよ○さないでこわいよこわいよこわいよ」
「落ち着け」
しゃがみこんで顔面蒼白になり、頭を抱えてしまった少女が我を取り戻すまで、20分かかった。
「わかりました……わかりました! あの、あのですね……」
机と椅子の檻の中でまるまったごりから手の届かない距離を確かめて少女はやっと口を開いた。
「おふたりがシラタキちゃんを探すのを手伝ってくれるのなら……私は映研に……入部しても、その……かまわないです……」
意外な申し出ではあった。俺はこのままごりが少女傷害未遂で少年院へ行き、この心に深い傷を負った少女と俺たちとは未来永劫二度と出会わないと家庭裁判所から言い渡されるところまで想定していたのだが。
「いや、無理しなくていいよ、いやなら入部なんてしなくて」
「いえ、でも……」
「別に協力くらいするし。まあ、俺はそのシラタキチャンとやらに心当たりはないんだけど……」
「え、そんなはずは……」
少女は首をかしげてノートをぎゅっと抱きしめる。
「俺も知らんよ。てかシラタキチャンなに? 人名?」
ごりも心当たりがないらしい。
「シラタキちゃんは私の友達です……突然姿を消してしまって……このノートだけが残されていて……このノートはシラタキちゃんの書いたもので……お二人のことがたくさん書かれていて……だから私はここに……」
なんだか要領を得ない。だが彼女の中ではなにか決心が付いたようだった。
「……そう、そうなのですね……だからこそ私はここに入らなければならないのです……ごりさんと坂さんがシラタキちゃんと深く関わっているのは間違いないのだから……私はシラタキちゃんを、知るために……」
ごりが檻をガタガタ揺らした。
「なんだかよくわからんが入ってくれるなら大歓迎なんだぜ! おい坂、そこの引き出しからさっさと入部届を出せ! ソッコー書かせて3秒で顧問に提出してこい! 既成事実さえつくってしまえばこっちのもんだ!」
「その悪徳商人みたいな言い方やめろよ……」
まあ、俺も事情はまったくつかめていないが、そうまでして入ると言うなら止めることもない……だって俺、部外者だしな。映研の部員でもなんでもないし。帰宅部だし。つか部活なんていつでもやめれるしな。
俺は入部届とボールペンを少女に差し出した。
少女はとても丁寧な字でゆっくりとそれを記入した。
1年D組 仁多真子