そんな保健の先生
ごりはすんなりと青司先生の住所をゲットしたようだ。
「鍋ちゃん先生に電話かけてもらったら、おいでって言ってくれたってよ!フゥ!なんていう俺の人徳!!」
謎のゴリラダンスを披露しながら報告してくれた。
いっしょに踊れ踊れ、俺を褒め称えろと、真子に無言のジェスチャーで誘いかける。
真子は本当に嬉しかったのだろう、手だけはごりに合わせた小躍りでシラタキ探しの進展の喜びを表していた。
ごりは調子に乗って半兵衛と文にも激しく迫り、
「えっ……勘弁してください……」
「ちょっと、気持ち悪いからやめてよ」
断られていた。
翌日の放課後に訪問することを決めて、その日は解散した。
□ ■ □ ■ □
途中で花を買い、ごり、真子、文、半兵衛と連れ立って俺たちは家を訪ねた。
学校から一駅ほどの距離の新しい一軒家だった。
「いらっしゃい、シラタキくんの友達だね?
ああ、うん、なるほどね。適当にあがっていいよ」
アラサーくらいの物静かな女性である。ストレートのボブカット、綺麗めの顔立ち、だいぶ目立ってきたおなかの大きさに若干俺はどきどきしてしまう。
「仁多さんになら教えていいって言われてるから。合鍵も預かってる」
「は、はいっ! 仁多です、ありがとうございます!」
真子は緊張した面持ちで、まるで初対面のようにしゃべりながら、渡された合鍵をうやうやしく受け取った。
メモ帳に住所と簡単な地図を青司先生は書いてくれた。どうやら学校のすぐ近くのようだ。
「キミ、ごりくんだね?」
「おっおっ。俺のことをご存知でらっしゃる」
いろんな意味で悪目立ちしてるからな……
「シラタキくんの興味持ってる子、って覚え方」
「光栄であります」
「ゴリラがすごく好きなんだよね、あの子」
「ほほう、お目が高い」
「こんな間近で見るのはじめてだけど、ほんとにゴリラみたいだね、あの子が観察したくなるのもわかるよ」
ごりの方がどぎまぎするほど(めずらしい!)顔を近付けて、青司先生はまじまじと眺めている。希少な生き物を見るような目だ。
「奏ちゃん奏ちゃん!そんなに近付かれたら俺やばいよちょっと!」
耐え切れずごりはじたばたし出した。大人の女性のミステリアスな色香には弱かったのだろうか。初耳だ。
「体の方も変わってるのかな? けっこう筋肉質だよね」
「あ、からだ? からだはね、絶倫系かな……ごめんなさいなんでもないです」
下ネタのキレもいささか悪い。
「あ、でも人より傷の治りがはやかったりとかはするかな!どや!」
「なるほどねえ」
少し考えたふうな顔で、やっと青司先生はごりから離れた。
途端にごりが耳打ちしてくる、
「やっべえ、めっちゃいいにおいする!人妻のにおいやっべえ!!」
「声でかいよおまえ、落ち着け……」
お茶を用意してくれたので俺たちはテーブルについた。
「なんか謎のお茶なんだけどなにこれ……」
野生動物のように、明らかに不審がってカップのにおいをかいでいる。失礼なやつだな……
先生は気を悪くするでもなく、またその様子を興味深そうに見ている。
「最近気に入ってるハーブティーなんだけど、なんだったかな、ラベンダーと……口に合わなければオレンジジュースもってくるけど」
「あっ、おいしい……私これ好きです」
「初めて飲む味だけど、嫌いじゃないわ」
真子と文は気に入ったらしい。
「なんだか懐かしい味がします。お祖母様もハーブティーが好きでした」
半兵衛もその芳香に目を細めている。
「気に入ってくれたんなら帰りにティーパック少しあげるよ」
「いいんですか? ありがとうございます」
ごりは一口飲んで、
「はっぱだ!!!」
と叫んだ。
「ジュースのがいいかな?」
「おかまいなく……こいついつも変なんで、すみません」
なんで俺が謝ってるのかはわからないが、なんだか申し訳なくて俺は頭を下げた。
「いいよ、そういう子だって、聞いてるから」
「シラタキちゃんからですか?」
「うん」
「ああ、境界線上のゴリラよ
世界が死に向かうときも君は再生し続ける
ゴリラの騎士は無限の自己治癒力をもって
尾を食う蛇を更に飲み込もうというのだ」
青司先生は詩のようなものを不意にそらんじた。
「なんだと、G線上のアリアみたいなうまいこと言いやがって。
だが語感は悪くないな」
腕組みしてなぜか偉そうに評したかと思ったら、また耳打ちしてきて
「……なあ、俺G線上のアリアで突っ込めるとかめっちゃ知的じゃない?」
「……自分で言わなきゃな……」
「シラタキくんの書いた『小説』の一節だよ」
「おお! シラタキちゃんとやらはそういうものを書くのか!」
「『メモリアル』は渡されたんじゃないのかい?」
「いや、すげえ字が汚……非常に個性的な文字だったからなかなか読めなくて」
「ああ、慣れないと彼女の文章は難解だからね」
「あ、あの、それで、私はシラタキちゃんについていろいろ、教えてほしいんですけど……」
「うん、知ってる範囲なら答えるよ」
「まず名前だよな」
「名前はね、『調田 霧理』。こういう字」
さらさらとメモ帳に名前も書いてくれた。
「しらたきりでしらたきか! 調べるに田んぼの田……こりゃ名簿見ても見つからんわ……」
「……あの、ちゃんと学校に在籍してる生徒なんですよね……?」
まだ幽霊説が心配なのだろう、真子は聞く。
「そうだよ」
胸をなでおろす。
「それで……なんで最近、学校に来てないんでしょうか……? シラタキちゃんはどこに行っちゃったんですか……?」
「どこに行ったかまでは知らないけど……無事だとは思うよ。
昔から放浪癖があってね。どうせ授業には出てないし、興味を持ったらどこまでも追いかけちゃう子だから」
「あっ……そうなんですね……」
「でも友達の真子に連絡もなしにどっか行っちゃうなんて。心配するに決まってるじゃないですか」
文がぼやく。
「連絡……『メモリアル』は受け取ったんだろう?」
「え? はい」
「じゃあそれだよ」
青司先生は不意に立ち上がると、壁際の棚に向かった。
引き出しを開けて、なにかを取り出している。
「急いでるとさらに字が荒れるからなあ。まあそれが個性とも言うんだけれど。よく読んでごらん」
テーブルに戻ってきた先生の手にあったのは、カードの束だった。
俺達の顔を、ひとりひとりじっと見てから、カードを1枚ずつ裏返して置いていく。
「おっ。なんだなんだ?」
置き終わると、1枚ずつめくっていった。
「タロットカードですね……私のは……魔術師です」
そういうのにも詳しいのか、半兵衛はそう言ってカードにそっと触れた。
「え、ぺんちゃんこれ読めるの? 日本語じゃないよ」
「すごい飾り文字ですけど英語ですよ」
「なんだ英語か……じゃあ私のは……」
文が一瞬、引きつったようにかたまる。
「私のは月ですね」と真子。
「俺のは愚者か。ナイス愚者!」とごり。
文の前にあるのは、悪魔。
俺の前には、世界のカードが逆さまに置かれていた。
「なるほどね」
とだけ言って青司先生はカードをしまってしまった。解説などをくれる気はないらしい。
「ハッハァ〜ン、先生も中二病ですかな?」
「私が中二病なのか、中二病が我々を真似ているのかはなかなか難しい問題だね」
「その思考こそがいかにも中二病的ですぞ」
「そうかもしれないね」
□ ■ □ ■ □
妊婦さんの家に長居しても悪いので早々に青司先生の家を後にし、俺たちはその足でシラタキの家に向かった。
一駅程度なので、行きも帰りも徒歩である。
呼び鈴を押す。反応なし。
合鍵で開けて入ってみる。
誰もいない。
電気を付けてみると、中はなんというか、ひどい有様だった。
いろいろなものが床にぶちまけられている。
「なんかこれ、めちゃめちゃに荒らされているように見えるんだけど……」
「ま、まさか泥棒とかですかね!?
事件!?事件ですか!?
警察呼んだ方がいいですかね!?」
真子が慌てて部屋の中にわけいり、散らかったペットボトルを踏んづけて、ひっくり返った。
「あわふ!」




