シラタキは誰なんだ
「うっほ、なにそれまさむぬ!?」
シラタキ情報の続きを期待して皆の視線が集まった空気をごりはぶち壊して、文の眼帯を指差した。
浮かれた声音で説明を勝手にはじめる。
「ちなみにまさむぬというのは、まさむぬ=またむね=ななまなこのことであって伊達政宗のことではないのだ! ムフフン❤幼女村の人気キャラ、まさぬめ=もりあおがえる=もりあおがえりの妹にして、しょうじょうひ=まままんとひひひのために修羅の道をゆく幼女……愛の化身、悲劇の殺戮天使の方のまさむぬだぞ!」
すらすらとなんだかわからない固有名詞を連呼してみせる、真子とだいたい同じ反応だ。さすが同類である。
さきほど文が棚にしまったキャラ本を出してきて「見ろこれ見ろこれ、めっちゃ似てるんだけど」と開いて見せようとしてくるのを、
「それはさっき聞いたからもういい」
となんとか俺は押し止める。
「そんなの俺だってままままんとひひひひひひひひひ言いたいんだよおお誰に聞いたんだよおおお」
「仁多さんが説明したからもういいんだよ!」
「そうか、真子神に聞いたんなら仕方ないな」
急に真顔にもどりやがった。ともかく納得したようだ。
「で、シラタキさんの話、なんだって?」
「あ、そうそう。鍋ちゃんに生徒名簿見せてもらったんだけどさ。個人情報がなんとかかんとか言われて持ち出しはできんとか言われたから、その場でざっとしか見てないんだけど」
この学校にシラタキという名前の生徒はいない。
「ていうかしらたきってなに?
名前?苗字?白に滝か難しい瀧とかなんだと思ってたけど。一応こんにゃくも探したけど」
真子はおろおろとしはじめた。
「そ、そう言われると私も、シラタキと呼んでくれと言われたからそれだけしか……」
「じゃあ本名かどうかも知らないのかよ、それでもともだちなのかよ!」
「名前なんてどうでもよかったんですよ!シラタキちゃんはシラタキちゃん以外の何者でもなかったんですよ!」
ごり……俺の名前もまともに覚えてないくせに……
板田谷なのに坂扱いのくせに……
「まあそんなこと言っても仕方ないじゃない。あだ名しか知らないとか私もよくあるわよ」
「ふみさああああん」
たしかに、仲がいいけどハンドルネーム以外知らないなんてのもあるあるだしな。
「じゃあまずさ、シラタキってどんな子なの?」
ここは情報をまとめるべきで、自分がやるのがスムーズだと判断したのだろう、文が話の舵を取り出す。
「あの、どんな子かというと、これを見てもらえれば、その……」
真子は鞄から大事そうに『シラタキトキメキキラメキハバタキメモリアル』と書かれた例の分厚いノートを出すと開いて見せた。
「……う、うん」
文は戸惑っているようだ。
俺も以前、手がかりを探すためとひと通り読ませてもらったのだが。
混乱するばかりだったので一度で読むのをやめた。
まずなにより字が汚い。日記のようなのだが、日本語の文章は半分ほどで、途中から英単語や何語か判別できない言語などが混じり、それに数式や手書きの表やグラフまでが、さも文章の一部ですというように差し込まれ、プログラム言語らしきものが書いてあるところもある。
そしてところどころにはゴリラや他の動物のイラストがリアルなタッチで描かれているのだが、もうそれは必要でそこにあるのか、落書きしたくなったから描いたのかも判別がつかない。
さらにはノートの所々に切り折りの細工がしてあって、絵が飛び出すようになっていたりする。もう、なんだこりゃ。
とにかく混沌としているのだ。
極め付けに、かろうじて判読できる日本語の部分のほとんどが、ごりの観察日誌である。
「ごりさんかっこいい」の記述を何度も見ると正直頭が痛くなってくる。
「カオスな脳みその子なのはわかったわ」
ぱらぱらと見て、文も頭が痛くなってきたのだろうか、眉根を寄せてノートをそっと閉じた。
「もっと、あのー……外見とかは? 背の高さとか髪型とか……」
そしてライトな情報に切り替える。
「あっ、外見ですか。身長は小柄な方ですね。それで、長い白髪の女の子です。ゆるふわなツインテールにしていて、かわいらしい感じの」
「えっ、白いの? なに、外国人?」
「日本人だと思いますけど……そう言われると何人なのか謎ですね……髪は頭を使い過ぎて白くなったって言ってました。
頭部の栄養はぜんぶ脳がもっていくから髪に栄養がいかなくて、白くなっちゃうらしいです」
「なにその謎エピソード……」
「興味深いな、恐怖体験で白くなるのと同じようなやつかね」
「てか、ほんとに幽霊とかなんじゃ」
「校則違反だとか言われるから行事のときだけ黒く染めて出てるらしいです。
で、授業はつまらないからほとんど保健室登校で、図書室の本を読んだりノートパソコンを持ち込んで文章を書いてることもありました。論文か難解な小説みたいなものを書いてたみたいです。
漢検一級みたいな漢字がめちゃめちゃ羅列されててちょっと私にはハードルが高かったので、あんまり読んではいないんですけど……小説の中で、感情表現で数式が入ってるような個性的な小説でした」
ノートを見ればそんな感じなのだろうと想像はつくが、読める人間はいるのだろうか……
「ほうほう……真子よりそっちがライター候補っぽいな」
ごりは興味深そうにうなずいているが、仮にそんな脚本でどんな映画を撮るつもりなんだ……
「そんな目立つ子なら、先生に聞いてまわれば素性はわかるんじゃないの? 保健室登校なら、まずは保健の先生じゃないかしらね」
「あ、そ、そうなんです……」
だがいままで進展しなかったのもわからなくはないな。
真子はずっと、ムフフン❤幼女村の話ができるごりとしか打ち解けて話せなかったし、ごりの顔を見るともう無条件でゲームの話をしたくなってしまうようだったから、本来の目的がどっかにいってしまうやつだ、しゃべれることばかりしゃべってしまう、コミュ障あるあるだ。
「正直、最初にここに来るだけで人間不信の私にはものすごくハードル高かったので……」
真子は居心地悪そうに少し縮こまる。
「しかもいまの保健室の先生、臨時の男の先生じゃないですか、私ちょっと苦手で……怖くて……」
「うんうん、幽霊かもしれないもんな、怖いよなー」
「ちょっともう、シラタキちゃん幽霊説から離れてくださいよ!
前の先生はシラタキちゃんとけっこう仲良かったはずなんですけど……でもそっちの先生も寡黙な感じの先生だったから私には取っ付きづらかったですけど……」
「ああ、奏ちゃんか。産休で休んでるんだっけ、いま?」
「うわ、なにその馴れ馴れしい呼び方……ちょっと引くんだけど」
前の保健の先生は、名前を青司 奏と言う。
短めの髪で清潔感のある雰囲気ではあるが、口数が少なくミステリアスで、美人のわりには男子から派手に取り巻かれる風ではない感じの教師である。
「無口だけど白衣の下はわりといい肉付きしてんだぜ!」
胸を張って言うごりに、文は呆れたようにのけぞった。
「誰でもそういう目で見てるのねまじであんたって……しかも堂々と……」
「って、見たのかよ!」
「視姦だ視姦。手は出してねえ。だがロマンが詰まっているのは間違いない。服の上からで充分だ、見ればわかる、見れば。すわ!」
そう言って唐突に立ち上がったから、なにか思い出し興奮でもしたのかと不安になったが、
「よし、じゃあ俺、奏ちゃんの連絡先聞いてくるわ」
と部室を飛び出していった。
急に静かになった部室に、ぽつりと真子の声。
「ごりさんの行動力がうらやましいです」
「いつもああだと突発的すぎて困るんだよ、まあ人には人のペースがあっていいんじゃないかね」
「あー坂はなんかなぐさめようとしているのかしらー? 下手くそなりにーいっちょまえにー」
文が茶々を入れながら
「まあ元気でいいわよね、私も見習いたいと思うわ、あの瞬発力だけはね。野生児というかなんというか」
ごりの好感度が上がっているような気がする……いいのか……?




