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冷静

「トルネードォォォォォォォォォ!」

 どきんに吹っ飛ばされてきりもみ状になりながらも、《インカの目覚め》は張り付いたような笑みを消さない。

 逆にどきんは疲労の色を濃くしていた。肩で息をして、はじめの勢いがなくなっている。

 墜落した《インカの目覚め》がゆらりと立ち上がる。

「ひひっ。そろそろ終わりかァ?」

「しぶといやつね……!」

「ああー、男爵の叔父貴に身体いじくってもらったんだよォー。強化と痛覚の鈍化さ。あんたは単純なパワー型だからな、疲労してぶっ倒れるまで、耐えて待つ作戦なのさァー」

「なるほどね……あたしのことよくわかってるじゃない……」

「あんたが一番の障害だったもんなァー。でもよーやっと、今日こそハルキの生き血をいただけそうだぜー」

「そうは、させない、わ……」


「なあ、いつまで隠れてるつもりだよ!」

 俺は茂みから二人を観察している半兵衛を小声で突ついた。

「静かに……」

 二人に気付かれる前に、半兵衛は気配を消してから近付く手段を選択した。

 助けに来たぜ、どーん!みたいのをやるきまんまんだった俺はちょっと拍子抜けだった。

「半兵衛でも勝てる自信がないってことなのか?」

「いえ……ええ、単純に力では私はどきんさんに大きく劣ります。そしていま聞いた通りですよ……敵がどきんさんの力を耐えうる肉体ならば、真正面から加勢して二人がかりで攻撃しても、おそらく敵わない……」


「ど、どうすんだ? どきん連れていったん逃げるか?」

「いえ、倒します。ですから我々が取るべき行動は、奇襲ですよ」

 力で敵わないと言いつつも、半兵衛は落ち着いてそれを断言した。

「な、なるほど……」

 奇襲、だからこうして隠れているわけか。

 本当に恐ろしいほど落ち着いた目をしている。実際やり合ってるのを眼前にして、焦りまくっている俺とは対照的だ。

「うん……作戦を決めました」

 人差し指を口元に当ててしばらく考えてから、半兵衛は作戦とやらを俺に話しはじめた。


 俺はよろよろと進み出た。ひとりで。

「た、助けてくれ、どきん……」

 できるだけみじめっぽく……そんな演技をするまでもなかった。

 異形の二人に割って入ったのだ、鋭い視線を向けられたら、あごが震えてしまってまともに声も出ていない。俺は思ってた以上にビビりだな、情けない。

「坂くん!?どうしたの!」

 どきんがどすどすと駆け寄って来る。

「あ、赤い髪の女が来て、みみんなやややらられちまった……どどどうしよう俺……」

 どもりすぎだろ俺……

「まさか、ごり……!」

「おォーおめーはさっきごりといっしょにいたやつじゃねーか。なァーんだ、いもばばあのやつ終わらせちまったのかよ、つっまんねーな!」

 ……ああ、あの女、身内にまでそのあだ名で呼ばれてるんだ……それは同情を禁じ得ないな……

「じゃあんたもなかよくあの世へ行きな。とどめさしてやんぜェー」

 ビビりすぎて俺は足をもつれさせて転んだ。どきんが抱き留めてくれた。筋肉に包み込まれる。汗くさい。

「ごり……ごりを……ごり……」

 なんて言おうとしていたのか忘れてしまったじゃないか。俺はとりあえずごりの名前を呼んだ。

「ええ、ごりはあたしが助けに行く。あなたのことも守る。絶対、絶対よ」

 大意は伝わったようだ。どきんは俺を切り株にもたれさせると、再び《インカの目覚め》に向き合った。

「ぅぉおおあああああああああーーーーー!!!」

 雄叫び。どきんに闘気がよみがえる。空気が振動した。木々がざわざわと揺れる。

「へっ、無駄だぜェー」

 《インカの目覚め》は歪んだ笑みでどきんに弓の先を向けた。


「ぁぁああああああああああーーーー!!!」

 どきんの気合いが極まった。飛び出す寸前。揺れた木々が、先ほどのどきんの攻撃で幹をえぐられていた大木が何本も倒れ込んで来る。

 《インカの目覚め》は視線をどきんからはずさないまま、その木を避けた。


「縛」


 静かな声と澄んだ柏手が響いた。

 白い枝のような光が《インカの目覚め》を絡め取っていた。

「ぁあ!? なんだこりゃ!?」

 瞬く間にその枝は少女をがんじがらめにした。猿ぐつわのように口にも食い込み、《インカの目覚め》は声も発せなくなった。

 とん、と軽い音で半兵衛が身動きとれない少女のすぐ脇に立つ。

 倒れてきた木の高い枝先に潜んでいたのだ。

 幹の損傷具合から倒れる方向を読み、自身は動くことなく《インカの目覚め》との距離を詰めることに成功したのである。

「さて、天使の羽根には感覚神経が集中していると本で読んだことがありますが……貴方はどうなのでしょうね」

 横になって丸まった少女を踏み付けて押さえ、はみ出ていた黒い片翼を無造作に掴む。

 半兵衛はそのまま表情も変えずに、それを根元から折って千切った。

 まるで雑草でも摘み取るように。

「ーーーーー!!!!」

 《インカの目覚め》の声にならない悲鳴。跳ね上がる血飛沫。

「おいおいおい待て待て!」

 あまりに痛々しかったので、俺は慌てて止めに入った。

 気合いを空振りさせたどきんがもう豆鉄砲を食らったゴリラなのを尻目に、半兵衛に駆け寄る。

「あんな物騒でも、まだこんな小さい女の子だぞ!? ちょっとやり過ぎだろ!」

「坂さんそれは、いたぶらずに即命を奪えと言うことですか?」

「そうじゃねーよ! 殺すなんてもっと駄目だ!」

「ならばまずは戦意を奪わなければいけません」

「それは、その……気を失わせるとかあるんじゃないのか?」

「身体を強化していると言っていたではありませんか。通常の方法で気絶させられない可能性が高い。そのリスクは負えません」


 事情をようやく察したのか、どきんが歩み寄ってきた。

「待って。この子はもう終わりよ。半兵衛くんの判断は正しいわ」

 《インカの目覚め》の傍らに片膝をつく。頭を撫でた。

「ーーーー!」

 その目線が不自然にがたがたと上下する。痛みだけではないように見えた。

 やがて、大きく痙攣したかと思うと、がくっと力が抜けた。

「気絶、したのか……?」

「それだけではないわ。やつらの戦兵は、一定以上の、ひどいダメージを負うと……記憶が消されてしまうのよ。邪雅一族の秘密を外部に漏らさないためでしょうね……」

「そうなのか……かわいそうだな」

「戦うためだけに生み出された子たち……仕方がないわ。いえ、命があってこれから生きられるだけいいのかも……もっとも、いろいろ身体をいじられているらしいから、どれだけ命が持つのかはわからないのだけれど……」

「どきんはもしかして、いままでにもこういう?」

「あたしは六人倒した。そのうち三人は数ヶ月もせずにしんでしまった……特殊な薬を投与されなければ生き続けられない身体だったそうよ。残りの二人は数年で……生き残っているのは一人だけね」

「過酷だな……」

「邪雅一族の情報がなかなか得られないせいで、あたしたちはいつも後手後手……こうするだけで精一杯。悔しいわ。でもごりを守るためなら、あたしはなんでもするわ」

 どきんは物思うように目を閉じた。

「ごりはあたしの命の恩人なのだから……あたしはごりを、愛しているのだから……」

「そ、そうか」

 真面目にこんな風に言われると、けっこうドキドキするものだな……

「あなたたちはせめてこの子の友達になってあげて。あたしもこんな小さい女の子ははじめてだわ。まだ十歳もいってないでしょうに」

 どきんは《インカの目覚め》から手を離し、立ち上がった。

「それで、ごりは、無事なのね?」


「まだ無事だ……おそらく」

 俺はかいつまんで状況をどきんに話した。

「まったくごりらしいわ。じゃあ半兵衛くん案内して」

「ええ。……手当てはすませました。もっとも、自己治癒力が半端ないです、この子」

 見れば出血は完全に止まっており、傷口もふさがりかけている。

「行きましょう」

「坂くんは残って、この子が目を覚ますまでそばにいてあげて」

「お、おう。わかった」

 俺がうなずくのも待たずに、二人は学校の方へと疾風のように駆けていった。

 土煙がおさまったあとには、俺と横たわる少女だけが残された。


 梢の風に鳴る音の中、五分も待たなかっただろう。

 身じろぎをしたかと思うと、少女はもっさりと顔を上げた。

「ここ……だれ。どこ。おまえ」

 目つきは悪いままだが、敵意は感じられない。

 いろんな意味で一応安心する。

「ここは学校の裏手の雑木林だよ。って言ってもわかんないか……」

 どこから説明したものか悩む。記憶を失うとはどの程度のものなのか。

「えっと、ニッポン。サイタマ。オーケー?」

「サイタマ……?」

 難しい顔で首を傾げている。わからないようだ。てかなんでカタコトなんだ俺。

「自分、誰。なに」

「えっと……俺は板田谷……いいや。坂。さ、か。な?

 でおまえは、インカの目覚め」

「いん……かの……め?」

 長いよな、俺もそう思う。つうか名前っぽくないしわかりにくいことこの上ない。

「インカ。い、ん、か」

「いんか。俺、いんか。わかった。おまえ、さか」

「そうそう、それでいいそれで」

「で、おまえ、なに?」


「俺はおまえの友達だよ」

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