芽を出したリナリア
唯に先に帰ることを告げた紅葉は、一人うつむいて家へと帰ろうとしていた。あの人にだけは、見つからないよう祈りながら。
(今会っても、笑って話せない・・・)
「あ、紅葉ちゃーん」
そうそう、あの人ならそんな風に私を見かけたら突っ込んで…。
むぎゅっと後ろから抱きつかれ、現実だと分かる。あぁ、どうしてこの人はいつも間が悪いのだろう。
気取られないようにため息を吐き、振り返るとそこには目を輝かせた梓がいた。
「あらあら、どーしたの!?酷い顔してるじゃない」
「あ。いえ、大丈夫…」
「大丈夫に見えないの!とにかく、うちに来て、話しましょ」
紅葉の声は遮られ、強引に腕を引かれる。こうなった梓を止めることはできないと分かっているため、小さく肩を落とすことしかできなかった。
「はい。ココア」
「ど、どうも…」
気まずい雰囲気を出しているのは紅葉のみで、梓はテーブルの向こうからキラキラの笑顔でこちらを見ていた。
明るい梓の様子は、紅葉を苛立たせ、耐えきれなくなった紅葉は、帰るべく席を立つ。
その瞬間、梓の笑顔が微笑みに変わった。
「…それで、何かあったの?」
「っ」
言葉に詰まった。優しい声に、紅葉の目には涙が溜まる。俯いたまま再びイスに座る。
気持ちを落ち着け、少しの間を置いてから、口を開く。
「…恋って、難しいですね」
「そうねぇ、でも、簡単だったら、つまらないと思わない?」
梓の言葉に、うっ、と紅葉は言葉につまる。
「片想いしてるときが、一番楽しいものよ」
そんなことを言いう梓の顔に影が宿ったが、一瞬で元の笑顔に戻る。その様子に気づきながらも、紅葉はそれに触れなかった。
「あ。そういえば、芽が出てない花って売ってますか?」
「ん?ないわよ~。蕾の状態だったら、たまに売るけど」
ニヤニヤとしながら梓は紅葉に視線を送る。このままでは危ない質問がくる!と、本能で悟った紅葉は、笑顔で勢いよく立ち上がり、脱兎のごとく逃げ出した。
「あらあら。焦っちゃって」
梓も椅子から立ち上がり、店へと向かう。種売り場で在庫を確認し、梓は1人微笑んだ。
▼▼▼
一方、梓から逃げ出した紅葉は、店の前で盛大に人とぶつかっていた。
「痛~っ」
「ごめん!って、紅葉!!」
「あ…」
本日会ってはいけない人二人目に遭遇。なんて運の悪い日なのだろうか。
「あ!おい!」
考えるより先に、体が動いていた。無意識に走り出した紅葉だが、数十メートルも進まないうちに達彦に捕まった。
コンクリート壁に背中をくっつけ、目の前の達彦は壁に手をつけているため、紅葉は完全に動けない。
「…泣きながら帰ったって」
「っ。そ、それは…」
「確かに、目元が赤い。どうした?」
達彦の指が紅葉の目元に優しく触れる。心臓がドキドキと高鳴りながら、ギュッと締め付けられるような感覚に、再び目頭が熱くなる。
「っなんで!や、優しくなんか、するのっ」
「??紅葉?」
「自分はか、彼女とかっいるくせにっ。触んないでよ!」
「彼女??」
何のことだか、話の見えていない達彦は、泣きながら喋る紅葉の言葉を只々聞くばかりである。
暫くは、話を聞いてはくれないだろうと諦め、紅葉の言葉を聞く体制にはいる達彦。
5分ほどそうしていただろうか。言葉が消え、ぐすぐすと鼻を啜る音だけになったのを見計らい、達彦が口を開く。
「…あのさ、まず言っておくと、俺今彼女いないから。紅葉の勘違いだから。あと、渡した花、なんだか分かる?」
「??わ、わかんない」
言葉を挟めないように間を置かずに喋る達彦に、紅葉はおどおどと返事をする。
「…ヒントやるよ」
「??…!それ!!」
紅葉が俯いた顔を上げたとき、達彦はスマホの画面をこちらに向けていた。
そこに写っていたのは、幼い紅葉が花に囲まれている写真だった。
自分の幼少期の写真ではなく、紅葉のものを持っている、そのことを考えると頬が熱を持つのを感じてしまう。
「あー、もー、とりあえず、学校戻るぞ!」
「え、なんで!?」
いいから!と強引に手を引きながら顔を赤らめる達彦。その斜め後ろを歩く紅葉は、繋がれた手を見つめ、笑顔になった。