取り残された一粒のプラム
紅葉が泣きながら帰るの見た唯は、イライラを隠しきれずに、廊下をずんずんと進んでいく。そんな唯の雰囲気に耐えられない生徒たちは、ひそひそと話をしながらそっと廊下の端に寄るため、自然と道が開けていった。
当の本人はそんなことなど考えておらず、頭にあるのは今会おうと思っている、つまり怒りの矛先の人物のことだけであった。
ぴたりと唯の足が『美術室』の前で止まる。1度ドアを睨み付け、深く一度息を吐くと、バン!と凄い音を立ててドアを開け放った。夕日が差し込む教室の中には絵の具等の独特の匂いと共に二人の人物がいた。乱暴に開けられたドアに二人の視線は向けられており、必然と視線が合った唯は怒りのボルテージが最大まで一気に上がった。驚く二人に近づき、押さえきれない思いをぶつけるために男子生徒の胸倉を勢い任せに掴みかかった。
「ふっざけんなよ、てめぇ」
唯自身が驚くほどドスの効いた声が、静まり返る美術室に重く響く。一方掴まれた男子生徒は理解できない様子できょとんと掴み上げてくる唯を見下ろしている。そんな態度にイラつき、隣でなぜかニヤニヤとしている女子生徒をキッとにらみつける。
「達彦と話がしたいので、外に出ててもらえませんか」
「はぁーい。じゃあ頑張ってね、達彦君」
なんなのだろうか。どいつもこいつも、口を開けば「達彦」「達彦」と・・・。語尾にハートでも付きそうなねっとりとした声色に唯の中で何かが切れる音がした。
「うるせぇんだよ。女子だからって調子に乗ってると…」
「唯。…斎藤先輩、すいません」
齋藤はひらひらと後ろ手に手を振りながら美術室を後にする。二人になることはできたが、唯はまだ達彦を掴んだまま視線は鋭い。
「んで、お前がそんなに怒るなんて、俺…何かした?」
「…今の人は?」
唯は達彦の質問に質問で返した。暫しの沈黙。しかし、話が進まないことを理解して達彦は唯に手を離すように視線で訴える。
「さっきの人は美術部の先輩で、…絵を描くのを手伝って貰ったんだ。以上だよ」
「絵…??」
ふぅ、と首をさすりながら端的に話す達彦に唯が疑問符の付いた視線を送ると、すっと隣にあったキャンパスを指差した。
達彦が示したキャンパスを正面に回りこんでみると、唯は時が止まったように視線が釘付けになった。夕日が差し込む美術室に、真っ白なキャンパスに浮き出る少女…。思わず見とれてしまうほどの可愛らしい笑顔を向けている。
「こいつを完成させたくてさ」
「…」
優しい声が、頭上から聞こえる。 キャンパスと達彦を交互に見て、唯は魚のように口をパクパクと動かすが、声が出ない。というより、言葉が出てこなかった。一気に冷静になった唯の様子に達彦は笑った。
「ははっ。鯉みたいだな。これで答えになったよな?」
「・・・!そうだ!!」
ハッと現実に戻ってきた唯は、先程あった紅葉のことを話した。達彦は話を聞くと顔を強張らせた。