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花屋と幼馴染み  作者:
1/8

ムーンダストの種

夕陽が差し込む教室に1人、鬼灯紅葉ほおずき もみじはいた。窓際の一番後ろの席に座り、机に頬杖をついて赤い空をぼーっと眺めている。その横顔は、すこしどこか寂しそうだった。


 ピピーッと甲高い独特のホイッスルの音が、窓から風と共に入ってきた。その音は紅葉の耳にも同様に入り、意識を現実に引き戻してくれた。

はっとして椅子から立ち上がると窓から体を少し乗り出して、グラウンドを見下ろし、きょろきょろとあたりを見渡す。無駄に広いグラウンドではまだ野球部やサッカー部が大きな声を出しながら部活に励んでいた。目的の人物はグラウンドの中央、部活を終えた陸上部のなかにおり、自然と目が合った。


「あれー?紅葉、まだ教室にいたのー?」


 大きく手を振りながら、グラウンドから大きな声を飛ばしているのは、椎葉唯しいば ゆい。紅葉と同じく2年で親友と呼べる存在だ。11月だというのに、陸上のあの短いユニホーム姿で、汗を流していると、見ているこっちが寒くなってくる。


「ゆっちゃーん!お疲れ様!今から行くー!」


 こけんなよーと冷やかす唯の言葉に内心頬を膨らませながら、机の脇に掛けていたカバンを持ち、教室を後にした。こけない、と文句を言えないのは、かつて焦って階段を駆け下りたときに足を滑らせて落ちたことがあるからだ。そのときはたまたま下に居た友人に受け止めてもらえたため、大事には至らなかったが、その肝の冷える恐怖を味わったため、いつでも階段は意識して降りようと心掛けるようになった。

 紅葉が例の2階の階段の踊り場を通り過ぎようとしたところ、後ろから声がかかった。

「あ、紅葉!」

「?どうしたの、達彦」

 手すりを掴んで横から覗き込むように二階を見上げると、そこには紅葉の幼馴染の須藤達彦すどう たつひこがいた。コートを着ていることから今帰りだろう。とんとん、と階段を降りてきた達彦は、紅葉の横に並ぶと、両手を顔の前で合わせて頭を下げた。


「突然で悪いんだけど、明日から1週間、バイトしない?」

「バイト?この時期って忙しかったっけ?」

「いや・・・母さんが風引いちまって。俺と奏江かなえさんだけだと色々大変だからさ」


 奏江さんとは、40代のパートのおばさんのことである。達彦の家は花屋を営んでおり、従業員は母とパートの奏江さん、そして時々達彦の三人しかいない。達彦は美術部の部長をしているため、いつも手伝えるわけではないが、お盆などの忙しい時期には達彦も部活を休んで手伝いに明け暮れていた。紅葉も店が忙しいときには近所で幼馴染ということもあり、手伝いをしている。


「いいよ。明日からでいいんだよね?」

「おう。さんきゅ」

 ふっと微笑んだ達彦に、顔に血が集まる。紅葉はばれないように視線を戻して階段を降り始めた。

階段を降り切ると、目前に昇降口が見える。下駄箱の前で座り込んでいる唯がそこにいた。既に制服に着替え終えた唯は指先出ている手袋を付けてスマホをいじっていた。

 

「あ!ゆっちゃん!ごめんね!遅くなっちゃった」

「もー寒かったんだけどー」

 紅葉の言葉に振り向いた唯は、マフラーの隙間から白い息をこぼす。


「そんじゃ、紅葉明日からよろしくな」

「あ、う、うん!また明日」


 紅葉と唯の脇をすっと抜けて達彦はバッグから取り出したマフラーを首に巻くと、昇降口から出ていった。


「おやおやおや~。おじゃまだったかな~」

「なっ!そんなんじゃないもん」

「これは紅葉のおごりで肉まんだね~」


 紅葉は顔を真っ赤にしながら下駄箱から取り出したばかりの外靴をにやにやと笑う唯に向かって投げた。

しかしかわされた挙句、紅葉の片靴は唯によって校門近くまで履くことを許してもらえなかったので、肉まんを奢ることになったのは、自業自得だろう。



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