seventy and two
.........と、愛こそ全てと信じたいらしいマヨに付き合って人影もまばらなプラットホーム、ソメイヨシノを散らす雨を恨んでみた我々だけれども、飽きず読んで下さった諸氏にはこのあとどのような展開を見るのか、特別に明かしてから御開きにしようと思う。
またぞろすっぽかされるのではと心配したのも杞憂だった。これから十五分もするとヤスダ君は現れるのである。しょんぼりうつむいて目を閉じているところへやって来、隣に腰をかけるのだ。そうして「お待ち」の一言でマヨはびっくりする。うたた寝していたようだ。
聞けば、午後からヤスダ君も井澤に呼び出しをくった。そこへ牧師様が加わり三者面談がもつれにもつれた。井澤と牧師様が言うのには、近々サトヤマさんは転勤するはずなので、ついては今後ヤスダ君も彼女と距離を置いて差しつかえないこと。ゆくゆくヤスダ君にはグループホームの幹部になってもらうつもりだから、まずは「初任者研修」を受けに学校に通ったらどうか。勤務扱いにするし費用も出すから、週に一度のペースで受講しに登校すればよいこと。これはヤスダ君にとって又とない話なのでお母さんだって喜ぶに違いないこと。
はじめこそ大人しく聞いていたヤスダ君、あろうことか、自分もグループホームを辞めると言い出した。サトヤマさんが辞めると決まった以上自分も辞める、と。たった今辞める、明日からは出勤しないと宣言した。
だものだから、二人してヤスダ君をなだめたりすかしたり。一体全体サトヤマさんとどのような関係になっているのか、サトヤマさんを一人の女性として見ているのか、など、さまざま聞く。ヤスダ君は、例の「関係ないっす」みたいな返事に徹したのだろうけれど、さすがの牧師様も困った。なんせヤスダ君の母親は教会の中心メンバー、ヤスダ君が反抗したとなると、教会員たちの手前牧師様の顔がつぶれる。
なんであれ言い出したら梃子でも動かない彼ゆえ、結局ロッカーを整理して『認知症対応型共同生活介護 高齢者グループホーム アガペの楽園』を出てきたのである。そうしてマヨが居眠りする駅に向かった。
これを聞いたマヨは半ば感激し、半ば責任を感じた。翌日辞表を書いて出したものだから、楽園では一遍に従業員二人を失った。
まあ、ヤスダ君は牧師様の教会をも辞めたので、しまいには彼の母親まで ─ 婦人コーラスのリーダーをしていた母親まで ─ 教会へ来なくなった。牧師様は一遍に信者二人を失う羽目になり誰よりも結局カッコ悪い思いをしたのは牧師様だったろう。
で、満開の紫陽花が雨に濡れるころにはマヨとヤスダ君が一緒に暮らし始めた。これは例の失敬かつ毒舌職員・秋城おばさんの発案によった。秋城は都内に一件を借りて姪っ子と二人暮らしをしていた、というのが、その一件はシャッター商店街に面した家作で、姪っ子はそこを高齢者向けのカフェに仕立てた。秋城も暇な時には手伝っていたのだけれど、このたび姪っ子が故郷へ帰って嫁ぐことになったためおばさんも引っ越しを考えている最中だった。出て行く姪っ子の代わりマヨとヤスダ君に下宿させて、ついでにカフェを任せたい。もっとも、秋城自身が良い人を見つけて結婚にでも漕ぎつけたら二人には出て行ってもらうわよ、との条件付きだったが、どうやったって毒舌おばさんに相手が見つかるはずもなく、ずっと「無傷」を称しとおすのが不満のたまる現実だった。ちょうど、マヨの母親が頚椎症を理由にスーパーを退職し、おばあちゃんの世話をする以外に生きがいがなくなったのでマヨも独立するチャンスではあった。
今やマヨとヤスダ君には二人の息子がいる。あべこべに出て行った秋城は、現在どこで何をしているのやら、筆者としても情報がない。ただ、秋城のアドバイスが図に当たり、入籍を折にマヨは体重削減に励んだので50キロ台に戻すことに成功した。先日亡くなった島田陽子氏が若いころを思わせる美人ママちゃんになっていった里山眞萬世なのである。




