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one
今日は来ないのかな。
ここに座って、二時間が経過しようとしている。
満開に開いたソメイヨシノの花びらは冷たい雨つぶに打たれて、時おり、風に乗ったしずくが、ホームまで運ばれてくる。
待合室のガラスのかこいの中では待たないで、ソメイヨシノが見えるホームのはし。マヨはベンチに掛けて、無数と開いて雨に打たせつつある一本の大木に目をやった .........
サトヤマ ママヨ。
少し難しく書けば、
里山 眞萬世。
みんなは、
マヨ、とか、
マヨちゃん、と。
本当は、自分でも「真代」ぐらいが良かった。「眞萬世」とは、お父さんがつけた。
何を思って、そんなゴッツい名前をくれたのか。ききたくても、ききようがない。
生まれてすぐに、名付け親のお父さんは蒸発した。たぶん、女の人と。
おばあちゃんが事件を思い出しているときは、決まって情けない顔になっている。