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非幸福者同盟  作者: 相羽裕司
第四話「サヨナラの色」(後)
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94/模造の水晶

「ジョー、そのアザどうしたんだい?」


 マンションの一階の玄関を出ると、車がとまっていて、傍らにジョーの父親が立っていた。言及されている目の回りのアザとは、おそらく天魔のパンチを受けた箇所にできているものだ。ひい祖父は何も言わなかったので、ジョー自身はどの程度のアザが出来ているのか把握していなかった。


「父さん。もしかして会社終わったりする?」


 カレンとアンナお祖母ちゃんのことはひい祖父に任せたものの、父親もいるならなお心強いと思ってジョーは尋ねた。


「いや。ちょっと忘れ物を取りに来ただけなんだ。帰りはまた夜遅くなる。いやはや、マンションの修繕費もローンで払ってるしねぇ」


 たはは、と黒縁眼鏡の父親は苦笑いを浮かべている。良く見れば車は既にエンジンがかかっており、忘れ物とやらも取り終えてもう出発する所といった体である。


「じゃあ、イイ。アザはたいしたことないよ。ちょっと、揉めただけだ」

「へぇ。最近だとめずらしいな」


 父があまり驚かないのは、ジョーがもう少し幼い頃、時々暴力的な事柄に巻き込まれて帰ってきたことがあるからだろう。アザどころか、ジョーの方も、相手の方も病院の世話になることもあった。


「ジョー。世界史に目を向けると、街角でアザが出来るくらいの闘争が起こるっていうことは珍しくも何ともないことで、そういうことがとりわけ表面的には平和だと言われるこの国で起ころうと、俺は大して驚かないんだが。それはそうと、父親としてはちょっと心配でもあるから、これをやろう」


 相変わらず独特のテンポで話す父は、そんなことを語って、ワイシャツの左胸のポケットからチェーンと尖端に青い小さな水晶が付いたものを取り出した。キーチャーム、をネックレスのようにした物だろうか。


「お守りみたいに、首にかけてるとイイよ」

「これは? 我が家に伝わる由緒ある宝石とか、そういうヤツ?」


 ジョーは真顔で尋ねたが、父は半分笑って応えた。


「いや、俺が若い頃に秋葉原(あきはばら)で買ったプラスチック製の模造品だ」

「そ、そうか」


 伝説のアイテムなどはなかった。我が家はアスミの家とも志麻の家とも違う。父はロボット開発の技術者であるが、ありていに言えば普通のサラリーマンであった。しかも、よく見れば、その水晶っぽいものには見覚えがある。件の、父親が若かりし頃から大好きで、家にコレクションが揃ってるゆえにジョーも観たことがある、フランスが主な舞台の九十年代のアニメーション作品に出てくるアイテムであった。要するに、ただの古いアニメグッズであった。


「だが、あのアニメにハマってフランス好きにならなかったら母さんとも出会わなかったし、そうしたらジョーもカレンも生まれてなかった。そういう意味では、縁起がイイものかもしれない。愛は宝石(ジュエル)より、全てを輝かせると思うからね」


 そう言えば、父さんと母さんが出会ったきっかけとか、知らないな。ジョーは律儀に言われた通りにチェーンを首にかけてその模造水晶を身に付けながら、そんなことを考えた。


「じゃ、父さんはそろそろ仕事戻らないといけないから。健闘を祈る」


 そう言い残すと、父は車を発進させて会社に戻って行った。


 時は既に周囲が暗くなる頃であり、ジョーもいよいよ戦いに赴かなくてはならない。歩み出し、灯り始めた電灯で照らされた街を眺めながら心に過ったことを少し。


 あのアニメは幼い頃にカレンも一緒に観ていたはずだが、何だか記憶が曖昧で結末がどうなったのかを覚えていない。今宵、全てを終わらせて帰ってきたら、カレンと一緒にもう一度DVD―BOXを観てみようか、と。

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