74/紅(くれない)
ジョーは、戦わなければならない気がしていた。牛人と戦った日に思った、アスミを守るというのとは、また少し違う動機で。全ての立ち上がれない立場の人達のために、奇跡はとっておくべきだと思うから。
超女王はゆっくり立ち上がると、指揮者のように両手を広げ、自身が使役する生物の群れを、自身が魅了し、支配下に置いた男達を統率し、ジョーと志麻に向かって前進させる。蝶や蜂、鴉の群れは数えることすら不可能。男達に至っては、見える範囲で百人以上。
この状況においても、強い気持ちを抱き続けていられるのは、自分一人では無理だったかもしれない。それでも自分より強い側の人間に向かって、自分の言葉を口にすることができたのは、魂の奥で繋がってる彼女が、背後で私もその気持ちを信じましょうと、支えてくれているから。
――すべてが壊れてしまったと思った夜。波をかき分けてこちらに向ってくる同盟国の軍艦は、何を思って来てくれたのだろう。
その答えはまだ分からないけれど、彼女はあの時の新鋭艦の荘厳さとは違う、幾ばくかの陽気をたたえて今、ジョーの元に向かって来てくれていた。志麻から通信が入るや否や、乱立するビルディングの壁面をショートカットで走り抜けるという荒業を行いながら。
駆ける足音は、もうそこまで迫っていた。
勢いよく、ホール上方のガラスの壁を突き破りながら、空中で前転し、彼女は地に降り立った。少女的な現代風の衣服が、光の粒子に代わりながら、紅の和装に変わっていく。
「はいな。私は沈没戦艦ゆえ、奇跡の恩恵は受けられなかった身の上ですが……それはそれとして」
陸奥は懐から取り出した菊の徽章を親指で宙に跳ね上げると、徽章は赤い稲妻を発し、一振りの日本刀に変わる。名を、菊一文字。その刀を受け取り、鍔から刃の先まで指でなぞると、古流格闘術と剣術を合わせたような独自の後屈の構えを取る。そのまま、轟然と迫りくる強者の群れに向かって、陸奥は言い放った。
「奇跡を願って最後まで尽力する人のあり方こそが徳高きものゆえに。弱き存在たちに開かれし拠り所の光、守ってみせましょう」
/第三話「拠り所の守り人」・了
第四話へ続く




