39/生物
ジョーは志麻の表情が一変したのを見て、瞬時に何かが起こったのだと察知した。
「『機構的な再契約』」
志麻が片手をテーブルの端に置いてあったタブレット端末に向けてかざすと、青い光の波が迸った。存在変動律。ジョーが認識する僅かの間に、タブレット端末は瞬時に光の粒子に分解されていく。分子か、原子か、はたまた近年の科学が証明し始めているより小さな構成単位なのか、タブレット端末は一旦そういったレベルの構成素子に解体される。そして瞬く間に光の粒子は動きを変え、粒子を構築し直し、新しいカタチを作り出す。生み出されたものは、鋭く光るサバイバルナイフであった。タブレット端末が、ナイフに「組変わった」という表現になるだろうか。
志麻は青い波動を拡散させながら、俊敏に立膝になって身体を伸ばすと、そのナイフでもって、テーブル越しのジョーの喉元めがけて突きを放ってくる。
しかしジョーは、めまぐるしい事態においても、どこか冷静であった。一定期間、柔道という格闘技の修練を積んだ身である。志麻の目線、殺気の向かう先。それらがジョー本体とは僅かにズレていると感じ取る。動かない方がイイ。ジョーが歯を食いしばってそう決断を下すと、案の上、志麻が放ったナイフの突きは、ジョーの首筋からは数センチ離れた空に向かって放たれた。
志麻のナイフが捉えたのは、小さな異形の生物。ナイフの一撃を受けて身体が分断されたその生物は。
「蜂?」
アスミが事態の急変に取り残されまいと思考を巡らせるのと、志麻の状況判断がなされたのは同時である。
「アスミ、つけられていたわね」
痙攣している分断された蜂からは、微弱な存在変動律が感じられる。
縁側の先の庭の方から大きな音が上がったのはその時である。
「あれ、私の見間違い?」
縁側に出たアスミが念のために、というようにジョーに向かって確認してくる。庭の外円の石垣を崩して侵入してきたその巨大な生物は。
「熊、よね?」
闇夜に目を光らせた大熊は、両手を天に振り上げると、こちらの身体の芯に響くような咆哮をあげた。この大熊からも存在変動律が迸っているのをジョーは感じ取る。
「さっきのアスミの話の続きだけどね」
志麻が、もうこうなってはしょうがないというようにジョーに告げる。
「私達が追っていた、この街に侵入している敵の存在変動者のコードネームは『超女王』。生物を使役して強化する本質能力を使うわ」




