225/過去編――一九六一年・二~構築物の歴史図書館
過去編――一九六一年・二/
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気が付けば、スヴャトは砂塵の中に立っていた。目を凝らすと、遠くには彼の民主主義の起源の国の神殿が。あるいはヒンドゥーの国を初めて統一した王の石柱搭が。または故国の古き和の搭が。それぞれがアンバランスなまま、点在していた。
「これは、構築物、か」
やがて砂の嵐が止むと、スヴャトの目の前に、まさに先ほど見送った現人類における最新の構築物が、天を見据えた形で設置されているのが目に入った。
(なるほど、確かにコレも構築された存在だ)
スヴャトが憧憬したその偉大なる姿は、スヴャトの視線に反応するように紫色の光に包まれると、その姿を変容し、とても小さな存在へと凝縮された。可憐なる、その小さな存在とは――少女だ。
「私が、あなたの最初のお供に」
穏やかな声の少女は、長い紫の髪に、ソビエト連邦の民族衣装、サラファンを纏っていた。
スヴャトは直覚した。幼い頃から見えていた不思議な光とは。新たなる時代の中核となるであろうと推察していた、そのエネルギーとは。この不可思議な「能力」の源となるために存在していたのだ。
「君が僕が傾倒した構築物だということは分かる。僕が観ていた不思議な光を用いれば、構築物を人間化できるということなのか?」
「私は構築物であって構築物ではないし。人間であって人間でもない。その表現はちょっとあなたの能力の『本質』とズレるかもしれません」
「『本質』?」
「『本質能力』。オントロジカ――あなたが不思議な光と呼んでいたエネルギーを元に、生命が己が存在の『本当の』意味――本質能力を開花させる世界。この世界は初期段階を終え、間もなくそういった中期段階に入っていくでしょう。あなたは、他の人々よりもだいぶ早くその段階に入った人間だということです。あなたの『本質』は『構築物の人間化』とはちょっと違う」
「僕の本質って何だ?」
「それは、人間化ではなく、『擬人化』です」
「『擬人化』? 聞かない言葉だ」
「ではそもそも、『構築物』を作るためには、何が必要でしょうか?」
「それは、鉄や金銀、場合によっては木材、まず材料となるものが必要だ」
「それはもちろん、必要です。でもそれ以上に必要なものがあります。作ろうとしている『構築物』の完成形のイメージです。まず、その姿を思い描けなければ、何に向かって材料をくべていけば良いかも分からない、そもそも作ることができない。そして、そういった未来のイメージを思い描くことができるのは、人間の『たましい』のみなのです。
スヴャト。あなたの本質能力、『構築物の歴史図書館』は、膨大なオントロジカを蓄積した歴史的な構築物にアクセスすることができる。そして、縁ある『たましい』の描写力を借りて、その存在を人間の姿に『描き換える』ことができる」
「それが『擬人化』か。少し、腑に落ちたよ。逆に言えば僕の『本質』は、『創造者』ではなかったわけだ。僕は自分自身で何か新しいものをゼロから創ることはできない人間なんだ」
紫の少女は頷いた。
「だからここは『工房』ではなく、『図書館』。あなたにできるのは、既にあるものにアクセスして、借り受けた『たましい』の力で『描き換える』ことだけ」
「全て借り物か。とても、偽物的な人間だ」
「ですがあなたは、そういう人間として生まれてきました。自分が創り出したものを波及させて世界を導く、そういう『優れた人間』としての『本質』を持って生まれてくる者もいます。あなたがそういう人間じゃなかったことが悲しいですか?」
「少しね。何を勘違いしたのか。僕は自分を他人より優れた人間だと思っていたから」
「でもそもそも、何故地球の外、宇宙を目指そうと考えられたのでしょう?」
「水槽に閉じ込められた魚達の内部では、イジメが発生するんだけどね。これが、広い海に解き放ってやるとイジメはなくなるんだそうだ。現在の人類は、水槽に閉じ込められた魚だから。外の世界へ、広い世界へと解き放ってやることができたなら。内輪同士の争いなんてなくなるんじゃないかって。そう思ったんだ」
「だとするならば、『宇宙の果て』を目指す力は、科学技術だけではありません。オントロジカもそうです」
「へぇ。そう言われると、科学技術の頂点には乗り込めなかった僕でも、甲斐がある気がしてくる。なるほど、異なった系統が確保されているということは、安らぐんだ」
「ソビエト連邦第一宇宙開発局には、人、物、あらゆる優れた存在が集積していました。その引力に導かれるように、あなたもやってきた。でも、オントロジカは。例えば力の集積とは距離を置いた何気ない石造りの街角に。大好きな人から貰った飴玉一つに。森に。山に。そして、あなたの故郷を流れる穏やかな河の岸部に。そんなところにも見つけることができます」
頃合いな気がした。
ある目標を目指して一つの道を進んだ果てに、その願いが叶えられなかったとして。それで終わりということではないらしい。この世界は、そういう時に、当初の道とは違う道が、当人の見方次第で見えてくるように作られているらしい。一つに限られないという「余裕」。この世界にまだそういったものがあるのならば、今は感謝して受け取る類のものに思われた。
(人類の救済を願ってしまう、僕本来の気持ちに変わりはないけれど)
少し、やり方は変わりそうだ。
「なるほどね。ではちょいと、これからはそういった『オントロジカルな』方向で『宇宙の果て』を目指してみようかな」
この世界で一番優れた場所を目指す、という生き方とはちょっと異なる、世界中を旅して「探す」というような生き方。
それもイイのかもしれない。少しずつ、分けて貰いながら回ろう。
「あなたの旅路に、祝福あれ」
紫の少女がほほ笑むと、やがてまた砂の嵐が吹き始めた。
砂塵の中で少女のことが知覚できなくなる頃、そっと目を閉じると、自分の中に抱いていた心の風景に気づく。
これまでは、荒野の心象を抱いていた。
でもこれからは、時々は晴れて、時々は雨が降って、時々は雪が降るような気がする。
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その日のうちに、スヴャトはソビエト連邦第一宇宙開発局を後にした。
ちなみに、後にまとめられるソビエト宇宙開発の歴史の中に、スヴャトポルクの名前は記されていない。
新たなる旅立ちの時、スヴャトは自分の背骨の部分に紫色の線が通っているのを感じるようになった。その「つながり」の線を通して、あの物知りな紫の髪の少女に問いかけてみた。
「なあ、『宇宙の果て』には、何があるんだい?」
少女の声がする。
「すべての『たましい』が辿り着く場所です。全ての人々の認識が水槽から解放されて、その場所を知覚しながら星々の海を泳げるようになれたなら、あなたの言う通り、人類の争いは終わるかもしれません」
平和か。もちろんそれは、スヴャトが、宮澤新和が自分の核心から追い求め続け、今でも追い求めたい夢で。
ただ、ある逆説に気づきつつもあった。容易に達成できないからこそ、より強く、より速く、より大きくと、平和の実現には進展の力が必要だと考えたけれど。そもそも、平和という概念自体が、進展を渇望する焦燥を手放した時に得られる、穏やかさのようなものと不可分な気もするのだ。
(とりあえず、今は)
急ぎ過ぎてこれまで見落としてきたような街角の「日常」を拾いながら歩んでいくのが、少し楽しみだったりする。
スヴャトの新しい旅が始まった。
/過去編――一九六一年・二




