220/電話の向こうの同盟者(2)
志麻は電話の向こうのジョーに返答した。
「どうして、分かったの?」
同時に、ジョーなら気づくかもしれないとも思った。宮澤ジョーという男は、物事の繊細な部分を解する。これまでも何度かそういう場面に出くわしてきたから。
「最初から、アスミと志麻に何か距離があるのは感じていた。ずっと一緒にやってきた仲間なのに、お互い何か大事なことを隠し合っているような。女同士の友情の形なんてよくわからないから、そんなものかとも思っていたけど、アスミの身体の秘密を聞いた今なら、ちょっと分かる。アスミは、本当の身体を持っている志麻が羨ましくて。逆に志麻は」
そこに触れられるのは、志麻としてはちょっと痛い。
「本当の。当たり前に娘を愛しているお母さんを持っているアスミが羨ましかったんじゃないかって」
ジョーは、淡々と、絡まっていた糸を紐解いてゆく。
「加えて。今から振り返れば、志麻、一つおかしな事言ってた。『アスミの誕生日にプレゼントを準備してる』って言ってたんだ。本当に次の誕生日にアスミは消滅してしまう。それ『だけ』が定まった運命なら、志麻はそんなこと言わない。だから、志麻は何か別の未来があり得ることを知っていたんじゃないかって。例えば」
「アスミのお母さんが今、アスミの十三体目の義体を準備してるんじゃないか、とか?」
ジョーは沈黙で、彼の推察もその点にあることを示した。
「ご明察」
電話越しの同盟者二人。
宮澤ジョーという人間は、当たり前に母親に愛されてここまで生きてきた。
山川志麻という人間は、道行く他者が当たり前のものだというその母親からの愛を、受け取れずにここまで生きてきた。
「アスミは、あんた側だから」
志麻にも、真実を告解する時がきた。
アスミの志麻への過度の気遣いはひけ目からきていた。アスミが母に愛されていた人間だとしたら、そうではない志麻が可哀そうだから。それが、優しすぎるアスミという人間の志麻への気持ちの奥にある感情。同情は志麻の尊厳を傷つけると自罰するアスミと、その同情に気づかないでいるには感受性が強過ぎる志麻との、核心はお互いに触れないままいたわり合う。そんな人間関係のゲーム。
それでも、アスミが志麻を可哀そうだと思っている限り、アスミは志麻の側にいてくれる。アスミだけが拠り所だったから、そのゲームに興じ続けた。でも。
「一番は、アスミのお母さん本人から口止めされていたからなのだけど。少し私の話も聞いてくれる?」
「ああ」
「最後にアスミのお母さんが私に会いに来た日。いくつかの伝達事項を私に残しながら、何故彼女は欧州へ行くのか。その決定的な理由までは私に伝えなかった。その隙間を、こう思いたい私がいたの。アスミも、お母さんに捨てられたんじゃないか。って。それなら私と同じで。だったら、ちょっとイイなって。だから私達は、お互いの内面をやり取りするツールに『非幸福者同盟』と名付けた」
「あのグループ名。きっかけはあったんだ」
「私は。ダメな人間なんだ」
「そんなことはない」
「本当に? 宮澤君にでも、そう言ってもらえると。ちょっとだけ落ち着く」
実際に、ジョーの声は志麻に穏やかさをもたらすものだった。すると志麻は自然と、今は故国に帰ってしまったエッフェル塔さんに自分が誓った言葉を思い出した。私はなんと言ったのだっけ。
――ただ、こんな私なりに、何故か与えられたこの力をどんな風に使っていきたいかっていったら。壊したり、傷つけたりよりも、助けたり、守ったりするように使っていきたいです。本当、どちらかというと、くらいなんですが。
そうだ。この夏に手に入れた気持ちだ。偽りはない。
だとしたら、私には得られなかったものだけど、アスミにはあるソレは、守ろう。
「この妄想も、そろそろおしまいにしないとね。だってあの時のアスミのお母さんは、大事なものを守るっていう決意に満ちた強い瞳をしていたのだもの。前を向いていたのだもの。たぶん、稀代の人形師・空瀬アリカは何らかの形でアスミの十三体目の義体を準備しようとしている。それがきっと、ホントウ」
そうして、志麻はあの時アスミの母・アリカから聞いたいくつかの事柄をジョーにも伝えた。
「二つ、壁があるわ」
志麻の心が研ぎ澄まされ始めた。
アスミの気持ちが、自身を犠牲にして街を守ることで報われるなら、私にできるのは最後まで寄り添うことだけ。先ほどまで志麻を引きつけていたその考えは、「恐れ」から来ていたのだ。ジョーと話しているうちに、志麻は「恐れ」とは違う別な原動力で心が動き始めていた。今、魂の源流から湧き出ている気持ちがある。きっとこっちが、私のホントウなんだ。
(アスミを助けたい)
すると、その一点に向かって明晰に頭が回り始めた。
「一つ目は、仮にアスミのお母さんが十三体目の義体を準備できていたとしても、アスミの『たましい』を義体に移すことが、『再臨』ができないこと。アスミの指輪の力は切れてしまってるのだから」
「それは、『可能性の断片』がある。姉ちゃんが持って来てくれたんだ」
「カレンさんが? 分かった。後で聞かせてもらうから。だとしたら、二つ目」
こちらの方が、問題の本質だと言える。
「真実大王。あの『地球最強の存在』を持つ男を、アスミが『マグマ』を使う以外に、どうやって打ち倒すのか。仮にアスミの命が繋げたとして、街を捨てて三人で世界の果てまで逃げ続けるの?」
「それは、正直まだアテがない。だけど、信じてほしいんだ」
「信じる?」
志麻という人間は、自分一人ではアスミを助けられないことに、ずっと苦しさを感じて生きてきた。一番大事なものすら守れない自分が嫌いだった。
思えばどこかで、共に大事な存在を守ってくれる人を探し続けていた気がする。だからあの日、サインを出したんだ。
――でももし、宮澤君がアスミの本当の願いに気づいたら。その時は、一人で叶えようとしないで、私にも連絡頂戴ね。
連絡はきた。返事が返ってきた。分断され、孤立したこの場所に。暗い海の向こうから通信はきた。同盟船は向かっているぞと伝えてきた。たぶん志麻もジョーも、本当にアスミを助けたい。私たちは同盟者なのだ。
電話の向こうの宮澤ジョーは力強く言い切った。
「真実大王は、俺が倒す」
この少年となら、私は、大事なものが守れる世界に行けるのかもしれない。




