20/愛と勇気のデンジャラス・ドライバー
意味はよく分からなかった。「陸奥」というのが、この地方を指す古来の呼び名だというのは知っている。だが、戦艦と言ったか。陸奥という言葉と戦艦の繋がりが、そしてそんな陸奥が自分を守ってくれる因果の繋がりが、現時点のジョーには見いだせない。
「『召喚』の本質能力? 初めて見た」
アスミはアスミで、彼女なりに何かの知見を得ているようだ。
「おっと、お、おふぅ、これは」
今度は、悠然と髪と和装をなびかせていたその少女、陸奥が両膝をついて、頭を押さえはじめる。
「ふぇぇ、これ、入ってきてる。色々、入ってきてますねぇ」
牛人に一撃を食らわせた堂に入った態度とは異なり、今度は可愛い気な声をあげる。
「はい、宮澤ジョーさん。今、あなたの魂を通して、この時代のこの世界の情報が私にも入ってきました」
そして、急に我に返ったように冷静な態度でジョーに告げる。
「色々と驚いたことがあります」
改めて見てみると、陸奥と名乗った少女は、ジョーやアスミと同い年か、やや幼いくらいに見える。後ろに結んだ髪と、小柄な体躯も相成って、清楚な印象を受ける。
「とりあえず、この国という限定的な場ではありますが、戦争、終わったんですね。私ちょっと、感動しています」
そこで、バク宙。そのまま腰衣から大胆に太腿からふくらはぎに至るラインを見せながら、オーバーヘッドキックを撃ち込む。立ち上がり、背後にまで迫っていた牛人にだ。
「でも、世界に闘争は続き、世界の一部を生きるあなた達も今、巻き込まれていると」
陸奥は向き直り、両手をかざして空手の中段のような構えを取る。
「ジョーさん、あなたも混乱してるようですが、とりあえず私はあなたの味方です。この牛人を、まずは押さえこんでしまいましょう」
「あり得ない」
踉めく牛人は、忌々しげに激昂する。
「私の方が力に優れ、知識に優れ、そう、私は世界で三番目に優れた存在なのに、この偏角のゴミのような人間数名に後れを取るなんて、あり得るはずがない!」
牛人は、今度はこれまでのような剛腕に頼った一撃ではなく、コンパクトに脇を締めて連撃で陸奥に向かって行った。
しかし、その連撃が陸奥には当たらない。全て紙一重でかわし、空を切らせる。
何撃目かの牛人の拳が流れた時、陸奥は左のローキックを繰り出して牛人の足を止める。ジョーが全身をかけたタックルでもとまらなかった牛人の足が、衝撃で揺れる。
そのまま、左のローを軸に、陸奥は宙を舞う。スカートと胴衣が旋回し、廻る花のよう。そのまま、右の後ろ回し蹴りを牛人の顎に叩きこむ。
着地した陸奥は、顎を撃ち抜かれ下がった牛人の頭を、脇に抱えるようにロックし、相手の脇の下に自身の頭をねじ込む。
ジョーは、ピンとくると同時に、無茶な、と思った。
(あの巨体に、ブレーンバスターをかける気か!)
数秒、陸奥は牛人の首を締め上げるものの、牛人の身体は持ち上がらない。
陸奥はジョーをみやると、茶目っ気を携えてちょっと舌を出した。
「これ、上がりませんね」
ジョーは駆け寄ると、右脇で牛人の首をロックしている陸奥に対して、左脇で牛人の首をロックするポジションについた。
「あ、共同作業ですね」
軽い口調と裏腹に、瞳をギラつかせる陸奥。
「頭、抜け。持ち上げるより、このまま地面に落とした方がイイ」
「おおっ、今の時代にはそんな技も!」
先ほど陸奥が見せた旋回する蹴り技は、古武術の技だった。よくは分からないが、先ほどの言動といい、陸奥は昔の人なのだろうか。召喚というアスミの言葉もよぎる。
だがまあイイ、どうやら、ジョーの記憶から、最近の技術の知見も取り出しているようだ。
「DDTって言うんだよ!」
ジョーと陸奥は左右で牛人の首をロックしたまま、全体重をかけて、牛人の頭部を地面に落としてめり込ませる。
響わたる轟音。
そして、頭部が床にめり込んだ牛人。
牛人は何度か痙攣すると、やがてそのまま動かなくなった。盛り上がっていた股間が、萎れていく。
「成敗」
陸奥が、和歌を詠むような流麗な調子でそう口にした。
危機は脱したのか?
動かなくなった牛人を横目に、ジョーが色々とこの陸奥という少女に問いただそうとすると、忙しいことだ。陸奥の回りに、また立体魔法陣が出現していた。
「あれー、これ、どうやら私がこの世界に存在するのには、時間の制限があるようですね。ギリギリオッケー。その牛、倒せて良かったですね」
立体魔法陣は数秒で収縮し、その存在の消滅と共に、陸奥と名乗った少女も消えてしまっていた。立体魔法陣と彼女の身体が重なった時、いわゆるサムズアップをこちらに向けて、「また」と口が動いたのが印象に残った。
残ったのは、地面にめり込んだ牛人と、倒れている進藤真由美と、壁にもたれかかったまま陸奥とジョーの共闘を見ていたアスミだ。
アスミも、何が起こったのかを咀嚼するのに時間がかかり、適切な言葉を失っているようだった。
よく分からないことだらけで。たぶん今から知ってる範囲のことは彼女が説明してくれるのだろう。ただ、そういう細かい事情は今は一旦横に置いておく。
「マッチ、残ってるか?」
「え? あ、うん、一本ね。ホント、ギリギリ」
壁際に座してもたれ掛かったアスミは、疲弊した体を休めたまま、立ち尽くしているジョーに向かって顔をあげた。そうだ、まずは彼女にこれだけは言っておこう。
「なあ」
謎の和装の少女、陸奥はもういなかったし。進藤真由美は意識を失っているし。今、ジョーの瞳に映っているのは彼女だけ。
だからこれは、ジョー個人がアスミに伝えたいことだ。
「何?」
いつからか、言葉を出すのが億劫になっていた。でも、言わなきゃならないこともある。
「アスミは、欠陥商品なんかじゃ、ない」
/第一話「思いがけない助力」・了
第二話へ続く




