194/ヒビ割れの心
アスミは、少し離れた街灯に、腰を下ろしてもたれ掛かかっているジョーを見て、歩む足を速めた。彼女の心は、弱い人間が強い人間に暴力を振るわれるのを、見過ごせないという、立ち上がることができない立場の人間へ寄り添う気持ちに満ちていた。
(ああ、インヘルベリア先生の時は、ジョー君が私を守ろうとしてくれたんだった)
あの時点では、本質能力にも目覚めていなかったのに、ジョーは立ち上がってくれた。ああ。あの時のジョー君の気持ちも、こんな感じだったのかな。
アスミはさらに歩みを速めると、やがて駆けるほどに速度を上げていく。死地へ、向かって行く。
そういえば、もう一度だけお母さんに会いたかったのに。
(それでも、私は走り出している)
父と紫の少女の「決断」に関しての見解は少し異なっていた気がするけれど、今、まさにその時を迎えて、本当に重要な決断っていうのは、こうして「何となく」なされてしまうのかもしれない。そんなことをアスミは思った。
頼りない心での決断だ。バッサバッサと劣った選択肢を切り捨てて、自分を利する選択肢を選び続けるような、強靭さは持てなかったアスミの心。それどころか、アスミの心は、バラバラにならずとも、ずっとヒビが入っていたのだ。
他人の分の奇跡で生きながらえている欠陥品の自分に慈愛を向けてくれた幾人かがいた。そのことを考えると温かい気持ちになれた。だけどどこかで、そんな自分は「みんな」の方が助かる時が訪れたら、ちゃんと消えないといけないんだと、自分で自分の心を冷やし続けていた。
(うん、でも)
この血も体も、あるいは心さえ偽物だったとしても、良かったことが一つ。自分の後に、自分がこの世界で愛したものを託せる人間がいるっていうのは、とてもありがたい。ジョーと志麻なら、絶対に何とかしてくれる。七日間しか贈ることができないけれど。あとはお願い。




