192/機構小竜
ジョーが己の肉体を武器にした最後の攻撃を仕掛けようとしている時、一方でアスミは志麻の方を振り返り、眼球運動による暗号を送っていた。全てが終わる前に、仮説の二つ目を確かめておかなくてはならない。
逼迫した事態において、アスミに全幅の信頼を寄せる志麻は、暗号の内容を訝しみながらも、すぐに行動に移る。
「『機構的な再契約』」
フェラーリの窓を再構成して生み出したのは、硝子の小竜である。幼少期の志麻の破壊衝動が生み出した、機構怪獣ガンディーラ。この小竜は志麻が作った設定上はそのプロトタイプで、名を機構小竜ジーラスと言った。だが、そんなことは勿論、真実大王は知らない。
先の愛護大橋の戦いで使用したガンディーラは、蝶女王から大王に報告されている可能性がある。だが、この小竜は、大王にとって初めて目撃する存在であるはずである。その点に、アスミの仮説の検証の核がある。
雄たけびをあげて飛び掛かってきた小竜に対して、大王は一時ジョーから視線を外し向き直ると、これまでと同じ様に、掌を掲げ、大王に接触する直前で制止させた。
アスミが見逃さなかったのは、ここでまた、大王は一度大きく息を吐いた点である。
「硝子を元にした竜型の細工」
機構小竜ジーラスをそう言い換えた大王は、続けて同じように返しの拳を撃ち込む。
「その存在よりも、我は強い!」
すぐ様ジーラスは爆散し、キラキラと硝子の破片が風に乗って舞った。
「もはや、大型の機構怪獣も作れぬか」
大王が、志麻に射抜くような視線を向けた最中、アスミの心は、希望と絶望に揺れた。
(ああ、この仮説は、いけそうだ。少しだけ、糸口……)
恐らくは、大王本人も気づいていない、『地球最強の存在』の死角。しかし、どうするのか。全てを志麻とジョーに伝える時間がない。伝えたとしても、大王の能力を攻略できるまでに準備する時間もない。間もなくジョーにはその生命を絶つ大王の一撃が振り下ろされ、続いて、アスミも志麻も葬り去られてしまうだろう。猶予期間は、とうに終わっているのだ。
アスミは、こんな時でも冷静に思考できる自分という人間を皮肉に思った。
(でもまあ、これしかない)
アスミは左胸に手を当てた。自分という仮初の構造物。母、空瀬アリカ作の義体のその部分には、最後の「切り札」が隠されている。
母に感謝の念を捧げた。この義体のおかげで、最後に「街アカリ」のためにできることがありそうだと。
そっと志麻を見やる。
(見破って、対策を立てるのは、あんただからね)
結局アスミは、いかにその内に澱みを抱えていたとしても、昔の志麻も好きだったのだけれど。それでも、最近の志麻の柔順な様子は、世界を明るく照らす出来事でもあるようで。ああ、棘が取れた志麻とも、千一夜でも、語り合いたかったな。
(今から、七日間だけ時間を贈るからね)
アスミは、ゆっくりと大王に向かって歩を進め始めた。




