18/不思議な世界
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宮澤ジョーは不可思議な空間に佇んでいた。
牛人の暴力の中にいた喧騒はそこになく、ただ、寂しいばかりの静寂があった。
世界の色は灰色で、ありていに言えばガラクタ置き場。ただ、散乱している存在は大きなものが多く、皆、どこかで知っているような姿をしていた。
遠くには、この国の多くの人間も知っている異国の巨搭がそびえていて。
見回せば、由緒ある寺院が。学校の教科書に載っている異国の大きな王の墓が。大陸に境界を引いた作られた道が。
近代的なビルディングも観られるし、何やら動的なフォルムの兵器。洗練された尖塔。シンボリックな形状の巨大構築物。そう、構築物だ。この場所には、とても様々な人に寄って作られた「構築物」が、時間・空間を問わず、雑多なままその光を失い、散乱している。
「右手に橋を。左手に塔を。胸には祠。私を作っていたのは、なぁに?」
背後から妖艶な声がしたので振り向くと、そこには少女が浮遊していた。
紫の髪を長く伸ばして、民族衣装を纏い、目を細めてジョーを見つめている。
サラファン。その少女が着ている美しい刺繍が施されたジャンパースカートのような民族衣装の呼称を自分が知っていることに、ジョー自身が驚いた。とある邦の民族衣装である。
「ここは『構築物の歴史図書館』。図書館だから、ご入り用の構築物があれば、貸出ましてよ」
浮遊する紫の髪の少女は、慇懃な態度でそう告げる。
そう言われても、実は言ってることはよく分からなかった。だが、自分が不可思議な現象と関わっているのは、牛人が現れたりアスミが火球を放ったりした時点で既に理解していた。そうだな。だとしたら、世界の方が不可思議なら、世界の一部である自分の方に、不可思議なことが起こらない、という道理がない。
「力を、探しているんだ。大事な人がピンチで」
民族衣装、サラファンを纏った浮遊する少女は、こめかみに指をあてると、少し思案した後、
「それなら、あなたの横にある、ソレがいいと思います」
と、指差した。
少女がくるりと一回転すると、スカートのようなひらひらが優しく舞った。
ジョーの横、一番近い場所にあるのは、古びた巨大な船だった。
ただし、既に大きく破壊の跡が残ってもいる。これが「力」なのだろうか? と意識に過る。だが一方で、周囲の沢山の構築物に比べて、言い知れぬ存在感もまたこの船から感じてもいた。
「この世界はあなたの本質能力ですから、『始まり』の言葉はあなたが決めて下さい。その言葉を発した時が、その船を供にした、あなたの『次』の物語の始まりです」
浮遊する少女はくるりと踵を返した。伝えることは伝えた、とでもいった風に。
「あのさ」
「まだ何か?」
少女が振り返る。
「お金とか、イイのか?」
意外そうな顔の少女。
「図書館ですからね。信用さえあれば、イイと思いますよ、ただ……」
少女は少しだけ言葉を続けると、構築物の影に立ち去って行ってしまった。
「いつか私のことも思い出してくれたら、嬉しいですかね」
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